接客ができない! コロナ禍の逆境をLIXILはどう乗り越えたか、CIOが語る
ショールーム閉鎖、直接接客不可を突きつけられた住宅建材メーカー。ニューノーマル時代に住宅用建材はどう売れるのだろうか。DXを急ぐLIXILが進める、新常態の接客、新しい評価手法、今後の働き方を聞いた。
作っただけでは売れない時代の顧客接点を考えた
SAPジャパンの年次イベント「SAP NOW」ではLIXILのCDO、CIOを務める金澤祐悟氏が登壇し、コロナ後の働き方とLIXILが目指すデジタルトランスフォーメーションの方向性を語った。
LIXILは、2011年にトステム、INAX、新日軽、サンウエーブ、東洋エクステリアの5社が合併して誕生した企業。住宅やオフィス、商業施設などの建材、設備機器を一気通貫で供給するメーカーだ。現在ではAmerican Standard Brands、GROHE、Permasteelisa Groupといった海外企業の買収・統合も進め、海外市場にも積極的に挑戦する。同社グループの最終ユーザーは世界で10億人に達するという。衛生環境が悪い地域への支援として、数ドルで提供できるトイレなどを開発する社会貢献活動にも積極的だ。
今回のイベントで講演した金澤氏は住友商事で務めた後、事業者向け工場用間接資材の販売を手掛けるMonotaROで執行役企画開発部長などを歴任、2016年からLIXILに合流した人物だ。金沢氏は現在のLIXILの課題を次のように語る。
「LIXILは今、大きく変わろうとしている。従来は新築住宅の部材を中心に販売しており、製品を作っていれば家が建つたびに自動的に売れていった。ところが人口が減少に向かい、新築が減ってきたため、これからはリフォームが重要になってくる。リフォームの場合は勝手に需要が生まれるというわけではなく、施主が複数の商品を比較したときに選んでいただかなければ需要が発生しない」
そこで同社では、マーケティングの方向性を大きく転換した。従来、同社と顧客との関係は、全国にある工務店などのパートナーを介したコミュニケーションが中心だった。だが、現在はリクシル自身が製品を実際に使うエンドユーザーに向けた情報発信やマーケティング活動に力を入れている。
「そこにデジタルを使うことで最終顧客にいかに近づくかがわれわれのチームのミッションだと捉えている」と金澤氏は語る。
デジタル化を試してみたものの、実際の効果が分からない
LIXILは顧客接点の最前線としてショールームのデジタルトランスフォーメーション(DX)に力を入れる。「エンドユーザーに近づきたいというビジョンを掲げても、当社の場合、接点が限られる。われわれの商材は頻繁に買うものではなく何年かに一度買い替える性質のものだ。この買い替えのタイミングで現物をご覧いただくショールームは最も重要な顧客接点といえる。そこでショールームでの体験をより良くしたいという思いで、いろいろなデジタル施策を打っている」(金澤氏)
例えば従来、ショールームで顧客に提案した商品は接客を担当した従業員が順に型番などをメモしていき、それを後で入力して見積もり書に起票していた。このプロセスをデジタル化して、取り扱い商材の型番情報だけでなく、その場で、実際の形状を3次元モデルで閲覧しながら案内できるサービスを開発した。閲覧した情報はそのまま見積もりにもすぐに反映できる。
「こうしたデジタル施策をしながらも、これらが実際に顧客に響いているかどうかを判定する方法が当初は分からなかった」と金澤氏はDXによる顧客体験改革の効果測定がいかに難しかったかを振り返る。確かに便利そうだが、本当に顧客よい体験をできているのかが分からなければ次の施策を検討できず、改善する手掛かりをつかめない。そこで、金澤氏はこの先の顧客接点改善に向けた評価方法の検討を進めた。ここで目についたのが、顧客体験、従業員体験などを管理する統合プラットフォーム「Qualtrics Experience Management Platform」(Qualtrics)だ。「これは使えるのではないかということで検討を始めた」という。
ショールーム閉鎖でどう接客? 急ごしらえの接客ツール展開の裏にあった「裏付け」
ショールームでの顧客体験をデジタル化して終わりではなく、施策の成果を定量的に評価して継続的に改善し続けるプロセスを作り込む目的でQualtricsに目を付けた金澤氏だが、そもそもショールームでの対面接客が難しい状況が生じてしまった。対面接客での顧客体験の定量評価どころではない状況の中で、金澤氏らが挑んだのは全く新しい接客の手法だった。ここで、金澤氏らの新しいチャレンジを数字の面で支えたのがQualtricsだったという。以降では、LIXILが挑戦した新しいデジタル体験とその評価の手法、成果を見ていく。
金澤氏がQualtricsを知ったのは、SAPが買収を完了した直後、2019年5月のことだった。米国で開催されるSAPの年次イベントでQualtricsを知った金澤氏は、帰国早々にSAPの協力のもと、LIXIL社内で100人規模の「エクスペリエンス勉強会」を数回開催、ショールームへのQualtrics展開を決定し、2019年9月には3店舗でパイロットプロジェクトを実施した。
Quaitricsはもともと顧客エンゲージメント管理を得意とするSaaSだ。「NPS」(Net Promoter Score)を使った顧客からのフィードバックなどを一元的に管理できる(関連記事:「NPSは顧客満足度(CS)と何が違うか? KDDIが採用した法人顧客エンゲージメントの新指標、その意味と意義」)。2018年11月にSAPが買収を発表、2019年1月に買収を完了してからはSaaS型タレントマネジメント「SAP SuccessFactors」と連携した従業員エンゲージメントへの展開にも注力する(関連記事:「SuccesFactorsとは何か HRMやHCMとの違い 人材マネジメントのトレンドまとめ」)。
だが新型コロナウイルス感染症の流行はLIXILの事業にも大きな影響を与える。顧客接点の大事なポイントであるショールームは閉館を余儀なくされ、顧客の声を聞く場を失ったのだ。だが、この逆境の中でも何かできないかと金澤氏は模索を始める。既にVR(仮想現実)の技術とオンラインのコミュニケーションツール(Zoom)、見積もり機能は個別に持っていた。
金澤氏は「これらを組み合わせてリモートでショールーム体験ができる仕組みを作りたい」とチームメンバーに投げかけ、早速試作品を作ってみた。
「実は私自身、現在新居を建てていて、キッチンや水回りの検討をしていた。このリモートショールームの試作品を妻と一緒に自宅から試してみることにした」
Zoom越しにLIXILのコーディネーターが接客をし、PCの画面に浮かび上がる3次元画像を画面共有しながら、イメージを確認できる。
「初めての取り組みだったので、どうなるか思ったが実際はすごく良かった。例えば気に入ったキッチンがあったとしても、ショールームにいると今使っているキッチンと比較するのは意外と難しい。だが自宅にいれば寸法などはその場で測ればいい。『いまのキッチンでどこか不自由はないですか?』とコーディネーターも提案がしやすくなって、より現実的なやりとりができることが分かった。『これはいける』と判断して、早速本サービス化した。既に1000件以上のリモート接客を実施している」
金澤氏らはこの新しいリモート接客の取り組みでもQualtricsを使って顧客の満足度などを調べた。その結果を「リアル接客」と「リモート接客」とで満足度を比べてみると、実はほぼ同等という結果だったという。この結果に金澤氏らは自信を深め、さらにリモート接客体験の改善を進めているといころだという。
「Qualtricsのいいところは、満足度を調べるだけでなく、どこを改善すれば満足度が上がるかを教えてくれる点だ。それによって具体的な修正を加えて改善できた。偶然コロナ禍で始めた新サービスだが、Qualtricsが使えたことで顧客のフィードバックを得ながら改善を進められる状況にある」
Qualtricsで集めた情報を元にサービス改善を進められる点はもちろんだが、同社の場合、早期にQualtricsを試していたことから「リアル接客」時の顧客満足度を指標に持てた点も、施策推進には有利に働いただろう。
一斉テレワーク移行は成功したけれど……7万人の従業員を一斉調査してみたら?
顧客接点だけでなく、LIXILはここ数年全社的なデジタル化に力を入れている。基幹システム、マーケティング、また従業員の働き方改革にも取り組む。
「2年ぐらい前から、ネットワークに関していえば、ゼロトラストを目指すことを掲げ、アカマイのEAA(Enterprise Application Access)など、VPNに代わる次世代ソリューションの導入を進めていた。また『Facebookワークプレース』やZoomなどを早くから採用し、従業員間のコミュニケーションのデジタル化にも力を入れていた」
環境の整備は進めていたが、多くの日本企業と同様、LIXILの場合も実際にはほとんどの従業員が在宅勤務を経験したことがない状況だった。新型コロナウイルス感染症の流行をきっかけとした緊急事態宣言下では、一気に大半の従業員んを在宅勤務に振り切ったが、前述のような事前準備が奏功して比較的スムーズにテレワークに移行できたという。
だが経営陣からすると、「テレワークが本当にうまくいっているか」「従業員は不安に思っているのではないか」が心配だった。同社はコロナ禍への対応に際して、7万人以上の従業員に一律5万円を支給するなどの支援をしてきたが、そうした施策の反応も知りたかった。
ここでも同社はQualtricsを利用して、従業員のエンゲージメントを調査した。元々、ショールームで顧客の声を集めるツールとして導入した後、このツールが顧客接点管理に閉じた製品ではない点を生かして従業員向けのアンケートにもQualtricsを使っていたことから、一斉テレワーク実施前の状態も把握できていた。テレワーク中の従業員に調査をしてみると、結果はむしろ良くなっていることが分かったという。従業員のエンゲージメントは一斉テレワーク実施前の2019年11月の調査よりも10ポイントも向上していたのだ。「これまでのデジタル化の準備がコロナ禍の緊急事態で力を発揮したことが確認できた」と金澤氏は説明する。
「われわれがいままで積み上げてきた改善の取り組みが、緊急テレワークの実施で、経営陣にも従業員にも、はっきりと理解してもらえたことが調査で分かった。また、最近分かってきたのが、従業員が会社に戻れる状況になってもリモート環境の満足度が高いため、多くの従業員が出社しないという選択をしている点だ。ニューノーマル(新常態)の働き方が定着しつつあると感じている」
金澤氏は、顧客体験の向上と、従業員の満足度には関連があると考えている。
「LIXILは単なるメーカーでなく、住まいを通じて最終顧客の幸せを追求するパートナーになりたいと考えている。その目標に向かって事業を進めているが、従業員の体験が良くならないと最終顧客の体験も良くならない。従業員の働き方のどこを改善すれば顧客満足度の向上につながるのか、Qualtricsを使った2つの調査システムをつないで、この関係を解明していきたいと思っている。顧客のあらゆる接点でエンゲージメントを上げていくために、このツールをさらに活用していきたい」
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