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5000人のトヨタ従業員がローコード/ノーコード開発 市民開発推進の"草の根活動"に迫る

デジタル戦略に本腰を入れるトヨタ自動車。Power Platformを用いた市民開発の活発化にはボトムアップ活動を含めると3年間の長い道のりがあった。全社展開までの道のりと、実際にプログラミング初心者のチームがPower Platformで開発した遊休設備のマッチングアプリの内容とは。

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 トヨタ自動車がデジタル化に本腰を入れる。同社はデジタル戦略のけん引のため、会社直轄組織を設置し各本部やカンパニー、センターに推進役や支援部隊を配置。インフラ強化や各種啓蒙活動、人材育成など、マネジメント層を含む全ての階層、職場を巻き込んで多様な施策や活動に取り組む。その一環として同社が注力するのは「市民開発」だ。日本マイクロソフトが2022年5月17日、公式ブログにてトヨタ自動車の市民開発推進の取り組みを紹介した。

 市民開発とは、IT部門に依存せずローコード/ノーコードの製品・サービスを活用して業務部門が自ら業務デジタル化を実現することを指す。市民開発を推進すればIT部門では予算のつきにくい小規模案件でも、現場の担当者が自らの課題解決に向けたサービスを開発できるようになる。トヨタ自動車では「自分たちが現場で業務改善をやりきる達成感」や「ITリテラシーの底上げ」といった副次的な効果も期待されている。

トヨタ自動車にPower Platformでの市民開発が定着するまで

 トヨタ自動車の市民開発に向けた活動を社内での正式活動になる以前から地道に続けてきた人物が、現在同社のデジタル変革推進室に所属する永田賢二氏だ。

 2019年、R&D部門の管理部署で老朽化したレガシーシステムのOS更新や不具合対応などを担当していた永田氏によると、当時すでにITシステムのサーバレス化やクラウド活用が注目されていたものの思うように社内活用できておらず、「自社のデジタル化に関しては諦めの心境だった」という。

 2020年1月、永田氏は業務改善のヒントを求め、大阪で開催されていたイベント「Microsoft Ignite」に参加し、そこで「Microsoft Power Platform」(以下、Power Platform)を知る。永田氏はマイクロソフトのインタビューに対し、「Power Platformによってアプリケーションの開発が劇的に効率化できると感じました。サーバも必要なく、維持や運用で疲弊することもありません。またクラウドサービスなので、アプリケーションのミドルウェアの管理なども削減できるはずです。機能も豊富で、エンドユーザーが自らアプリを開発することも可能だと感じ、『使える』と直感しました」と話す。

 日帰り出張の予定を変更した永田氏は自費で延泊を決め、一晩かけて、アイデアをノートにまとめた。「社内で技術コミュニティーを立ち上げ、自らエバンジェリストとして活動しよう。情報システム部門やマイクロソフトと連携して活動を進めよう」と永田氏は決意し、ノートに記したメモを活動のベースとした。


写真 永田氏が一晩かけてまとめたノートのメモ(出典:日本マイクロソフトの公式ブログ)

 出張から戻った永田氏はまず「Microsoft Teams」(以下、Teams)で社内技術コミュニティーを立ち上げ、業務時間外には「YouTube」で自ら学習、社外の技術コミュニティーが主催する勉強会にも足を運んだ。インタビューでは「あまり人前に出るのは得意ではない」と語る永田氏だが、社内の技術系有志団体にPower Platformを紹介した他、同僚や上司をはじめさまざまな人に「嫌がられながらもPower Platformの良さをアピールしてまわりました」と振り返っている。

 2020年6月、ようやく社内でも市民開発活動本格化の契機が訪れる。ローコード/ノーコードツールに関する新聞記事を見た当時のカンパニープレジデントが、トトヨタ自動車社内でも活用できないかと問いかけたのだ。

 当初は社内でのPower Platformの認知度も低く、スキル習得や仲間集めも単独で進めていた。ノウハウがないまま立ち上げた社内技術コミュニティーを試行錯誤しながら運用し、地道な活動を続けていると少しずつ人が集まるようになった。トップダウンではなく、永田氏個人がボトムアップで進めたこの活動により、社内コミュニティーの規模は約5000人にまで拡大した。今では「Power Apps」「Power Automate」「Power BI」といった各ツールの全社活用で、社内DX(デジタルトランスフォーメーション)推進の大きな役割を担うようになった。

 これらツールの全社展開を推進したDXプラットフォーム部の湯浅智仁氏は、「おそらく従来のやり方であれば、このようなツールを展開する際にはまず情報システム部門で機能や仕様を調査してサポート方針を検討し、石橋をたたくように全てを精査してから展開していたと思います。しかし、変化の速い時代にあわせ、先進IT企業に負けないレベルのスピード感を持って取り組むことが重要だと考えました」と話す。有益なものは早め早めにユーザー展開し、細かな課題等は後追いで対応する上Power Platformの有用性が浸透したこともあり、多くのアプリケーションを約半年から1年近く前倒しでリリースするようになった。

Power Platformで遊休設備マッチングアプリが誕生

 デジタル化を進めるにあたり、トヨタ自動車ではアプリ開発や自動化、データの可視化を実現するツールが必要だった。Power Platformは、それらを全て実現する機能が備わった統合ツールだ。学習のハードルは低く、プログラミング経験のない人でもすぐに触れるようになるという利点を持つ。Power Platformの利点を生かし、実際にアプリ開発に取り組んだ例もある。

 以前ユニット部品調達部に所属していた同社のデジタル変革推進室、森 友紀氏は、工場に部品を作る設備が大量に余っていることが気になっていたという。「遊休設備の多さに驚き、『もったいない』という気持ちでいっぱいでした。しかし、その情報は個々の担当者持ちになっておりオープンにされていない。その情報を共有するコミュニケーションプラットフォームがないことに課題を感じていました」と森氏は振り返る。


写真 森氏のチームが開発した「とまっち。」(出典:日本マイクロソフトの公式ブログ)

 その課題観を数年間抱えたままデジタル変革推進室に異動してきた森氏は、日本マイクロソフトが2021年11月から約1カ月間Power Platformのワークショップを開催することを知り、その機会を利用して遊休設備が有効活用できるアプリを作ろうと思い立ったという。全員Power Platform初心者の5人編成チームを即席で作り資料作成のような感覚でアプリを作成したという。かかった期間は2週間と短期間だ。

 こうして完成したのが、遊休設備マッチングアプリ「とまっち。」だ。「遊休設備を捨てる前にちょっとまって」という意味が込められており、部署内に転用できそうな設備を検索し出品する機能や、出品中の設備情報をまとめておくマイページ機能、アプリ内に登録されている設備の状況が把握できる見える化ボードなどが備わっている。

 湯浅氏は、今後も Power Platformの活用は広がっていくと見る。「トヨタ自動車は従来よりカイゼン意識の高い企業です。Power Platformにより、カイゼン意識とデジタル化がうまく結び付き、業務効率化が大幅に進みました。今後も情報システム部では市民開発者をサポートしていく考えです。これまでは、ユーザーが情報システム部門に開発してもらいたいものをリクエストするスタイルでしたが、これからはユーザーが市民開発者となり、自らのカイゼンマインドで作りたいシステムやアプリを作っていくことになるでしょう。そのためにも、当部門でサポートして市民開発者の質と量を高めていきたいです」(湯浅氏)。

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