福山市にデジタル人材が引き寄せられる理由
全国の自治体で初めて兼業や副業の制度を取り入れた福山市。近年は地方の中堅、中小企業における「人がいない」「お金がない」「何からやればよいのか分からない」を解決するために、デジタル人材の招致と育成に力を入れている。どのような取り組みを進めているのか。
コロナ禍により社会全体がデジタル化に向けた対応を迫られている。しかし現状では大都市圏が中心であり、地方での取り組みは限定的だ。
広島県福山市には多くの中堅、中小企業が存在する。地方の中堅、中小企業にとってデジタル化のハードルは高く、特に「どこから手を付けたらよいのか分からない」「トータルコストがいくらかかるか分からない」「デジタル化を担う人材がいない」の3点が大きな課題となっていた。
しかし、今では市外からもデジタル人材が集まり、企業やコミュニティーで育成する土壌ができている。その背景にどのような取り組みがあったのか。
福山市の枝広直幹市長とソフトバンクの桑原正光氏(テクノロジーユニット 5G&IoTエンジニアリング本部 副本部長)が、福山市のデジタル化に向けた取り組みを通じ、地方の中堅、中小企業がデジタル化を推進するためのヒントを語った。
デジタル人材を集めるための福山市の秘策
福山市は2018年に「まるごと実験都市ふくやま」を掲げ、社会と地域の課題解決や新たな都市の魅力を創造するための実証実験を推進してきた。枝広氏は「実証実験によって確立された技術が福山市のみならず日本の標準になる、世界の標準になることを夢見て『まるごと実験都市ふくやま』の取り組みを進めてきました」と振り返る。
「まるごと実験都市ふくやま」の取り組みを踏まえ、先端技術の活用における基本的な視点と取り組みの方針、ICTを重点的に推進すべき7つの分野を定めたのが、2020年3月に制定された「ふくやまICT戦略」だ。しかし「ふくやまICT戦略」の制定直後にコロナ禍に見舞われ、「これからの時代は特定の分野のデジタル化ではなく、社会全体のデジタル化を進める必要があると痛感した」(枝広氏)という。そこで福山市は2021年、新たに「福山みらい創造ビジョン」を策定した。
「福山みらい創造ビジョン」では従来の発想を行政、産業、地域でデジタル化を同時に推進する発想に改めた。行政のデジタル化を先行して手がけ、それをベースにして産業と地域にデジタル化を働きかける仕組みだという。行政のデジタル化は「行政サービスをいつでも、どこでも受けられるスマート市役所の実現」を目標に掲げ、市民サービスの向上や行政内部事務の効率化、データの利活用、通信環境の整備、高齢者などを対象としたデジタル活用の支援などをしている。
福山市は「福山みらい創造ビジョン」を実現するために2022年、ソフトバンクや関係団体、大学などと共同で官民組織「デジタル化推進会議」を立ち上げた。同市とソフトバンクは2018年に連携協定を結び、ソフトバンクは2020年には西日本の技術開発拠点を、2021年12月には地方都市のデジタル化のための技術を紹介する「せとうち Tech LAB」を福山市に開設。それらを拠点として、福山市と近隣の市町との連携やデジタル人材の育成などに取り組んでいる。
福山市には多くの中堅、中小企業が存在する。地方の中堅、中小企業にとってデジタル化のハードルは高く、特に「どこから手を付けたらよいのか分からない」「トータルコストがいくらかかるか分からない」「デジタル化を担う人材がいない」の3点が大きな課題となっていた。
福山市はこれらの課題を解決する目的で、「びんごICT相談所」「びんごデジタルラボ」「福山ビジネスキャンプ」を立ち上げた。
「びんごICT相談所」は、経営者がデジタル化に関する初歩的な悩みを気軽に相談するための場所として開設された。一歩踏み込んで「成功事例を見てみたい」「具体的なアドバイスに触れてみたい」という経営者のために、デジタル化の課題を議論して事例を共有する場として「びんごデジタルラボ」が開設された。
全国の自治体で初めて兼業や副業の制度を取り入れた
福山市は全国の自治体で初めて兼業や副業の制度を取り入れ、外部の人材を登用してきたことで知られる。枝広氏は「デジタル人材もこの兼業や副業の取り組みで受け入れたいと考えて『福山ビジネスキャンプ』を立ち上げ、現在取り組みを進めています。今後はデジタル人材と市内企業の交流イベントなどを行っていく予定です」と説明する。
福山市は市内における産業の振興だけでなく、市外から人や企業を呼び込む産業作りにも力を入れている。その一例が2022年秋に開業した「iti SETOUCHI」だ。同市が所有する元デパートの1階を活用して、人と人、企業と企業がフランクに交流しながらイノベーションの芽を育てることを目的としている。サテライトオフィスやコワーキングスペースだけでなく飲食スペースやDIY(自分で構築)スペースもあり、マルシェ(市場)も立つ。福山市内だけでなく市外、県外の個人や企業にも利用してもらい、多様な人材や企業が交流するクリエイティブな環境でイノベーションが生まれることを期待しているという。
桑原氏は「iti SETOUCHI」について、「人と人がつながる『iti SETOUCHI』とテクノロジーの部署である『せとうち Tech Lab』をうまく連携させて、福山市の中でシナジーを起こしたいと考えています」と語った。
長期的な視野でデジタル人材を育成するためのステップ
デジタル人材の確保について、枝広氏は「当面の人材の確保は兼業、副業でしのぎ、長期的には福山で人材を育てていくことが重要です。育った人材がさらに次の世代にデジタル化の意識を受け継いでいく。こうした循環をつくっていきたいと考えています」と語る。
そのための場として、福山市はまず「びんごキッズラボ」を開設した。「びんごキッズラボ」では地元のさまざまなものづくり企業やソフトバンクの技術協力を得て、VR(仮想現実)を用いた工場見学など、子どもたちが新しいデジタル技術を体験できるイベントを提供している。
福山市はさらに「子ども未来館(仮称)」の開設も予定している。「子ども未来館」は、子どもたちが新たなデジタル技術を体験して実験できる場になる予定だ。展示は固定せずに順次更新し、常に最新の技術を体験できるようにするという。
ソフトバンクはデジタル人材の育成に関して、市内の4つの大学に所属する大学生への特別講義や子ども向けのロボットプログラミング教室、大学新入生向けのオリエンテーションなどを実施している。現在大学生に向けて実施しているプログラムを、今後は高校生や専門学校生にまで広げて実施していく予定だ。
桑原氏は「ソフトバンクはデジタル人材の育成を重視しています。デジタル人材の地産地消モデルをテーマに掲げており、地域で育成したデジタル人材が地域の企業で働くビジネスモデルをぜひこの福山で支援して実現したいと考えています。今後はわれわれ民間企業だけでなく、産・官・学が連携した形でさらに深く取り組んでいくつもりです」と語った。
セッションの最後、枝広氏はデジタル化社会の実現について次のように見解を述べた。
「私はデジタル技術こそが地方を豊かにすると信じています。東京一極集中の是正、人材不足の解消、格差の是正、医療難民や買い物難民の解消、交通手段の確保。デジタル技術にはこういった課題を解決する力が秘められていると考えています。デジタル社会の実現に大きな期待を持ち、ソフトバンクとも協力しながら今後も取り組みを進めていきます」
本稿は、2022年7月28、29日に開催された「SoftBank World 2022」に登壇した福山市の枝広直幹市長とソフトバンクの桑原正光氏(テクノロジーユニット 5G&IoTエンジニアリング本部 副本部長)のセッション「市長が語る!福山市の『デジタル化の推進』」をもとに、編集部で再構成した。
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