元情シスが物流界の変革「フィジカルインターネット」を応援するワケ:編集部コラム
筆者はアイティメディアで編集記者になる前は、ある酒造メーカーの情報システム部で5年半ほど勤務しました。筆者の主担当がEDIだったころの“ほろ苦い思い出”や、個人的に応援している標準化の動き「フィジカルインターネット」を紹介します。
アイティメディアで編集記者になる前は、ある酒造メーカーの情報システム部(以下、情シス)で5年半ほど勤務しました。業務は基幹システムや周辺システムの保守・運用、ベンダーコントロール、PCやアカウントの管理、ヘルプデスクなど多岐にわたりました。
そんな“何でも屋”状態の中、強いて筆者の主担当を挙げるとするなら、受発注システムの保守・運用、さらに細かく言うなら「企業間データのやりとりに関する部分」、通称「EDI」(Electronic Data Interchange:電子データ交換)です。
今回の編集部コラムではEDI担当者だったころの“ほろ苦い思い出”や、それに関連する、個人的に応援している標準化の動き「フィジカルインターネット」を紹介します。
多くの人に知ってほしいEDI運用の大変さ
まず、EDIについて簡単に説明します。EDIでは、企業間をネットワークでつないで伝票や文書を電子データで交換します。基本的に、業界ごとの標準規格にのっとった形でデータがやりとりされます。
EDIの運用は、「VAN」(Value-Added Network)と呼ばれるネットワーク事業者が間に入ってとりまとめることがほとんどです。VANは企業が送受信するデータをn対nから1対1にまとめてくれるため、企業はデータのやりとり回数を大幅に減らすことができます。
私の所属していた企業は酒造メーカーだったので、酒類・加工食品業界のVANである「FINET」と、清酒業界専用のVANである「SDN」を利用していました。私は自社のEDI担当者として両方のVANの会合に定期的に顔を出していました。
会合ではVANの取り組みの報告といったオフィシャルな内容や、「○○って会社のデータにエラーが起きている」「××という会社がEDIシステムをリプレースするから要注意」といった貴重な情報の共有などがされます。なぜ貴重かというと“汚いデータ”を受注するリスクを事前に把握できるためです。
企業のシステムのつくりにもよりますが、システムは“汚いデータ”を取り込むとエラーを起こして止まります。システムが止まると、EDI担当者は何万というデータから原因を探し出し、データをきれいなものに整形し、システムに取り込み直すことになります。この作業はかなり重労働です。
EDIに関わるシステムでエラーが起きると関連するシステムのデータ更新にも影響が出るため、EDI担当者は会社中から「早く復旧しろ」というプレッシャーにさらされることになります。なんとかシステムを復旧させても「なんで安定稼働できないんだ」と言われる悲しみは、同じような経験をした方にしか分からないでしょう。
そんな企業間データのやりとりですが、実は業界ごとにデータの規格がバラバラだったり、運用文化が違ったりして、意外とややこしい世界です。「規格なんて、さっさと統一しちゃえばいいのに……」と思う方は多いかもしれませんが、実際はそんなに簡単ではありません。
規格を変えるとなると、データをやりとりするシステムの開発やリプレースが必要になりますし、それに伴う切り替えでトラブルが起きるのは目に見えています。また、全ての業界を満足させる規格をつくるには入念な設計が必要になります。
そんな中でも規格の標準化に向けた動きはあります。標準化は多くの人たちが共通の認識を持たなければスムーズに進みません。なので、個人的に応援している標準化の取り組み、フィジカルインターネットについて紹介します。
物流業界希望の光、フィジカルインターネット
NRIによると、フィジカルインターネットとは「トラック等の輸送手段と倉庫のシェアリングによる稼働率向上と燃料消費量抑制によって、持続可能な社会を実現するための革新的な物流システム」と定義されています。
要は、インターネットのパケット交換の概念を物流業界に適応して、輸送や仕分け、保管をデジタル化することです。物流をデジタル化して全体最適な仕組みをつくることで、トラックの空きスペースをなくしたり、適した輸送経路を選択できたりするようになるのが狙いです。ちなみに海外ではすでに実装に向けた社会実験が行われています。
日本の労働人口は減り続けていますが、特に物流業界の人手不足は深刻です。そんな中、フィジカルインターネットによって物流業務を効率化できれば、人手不足対策の一つとして大きな効果を発揮するのではと思います。
経済産業省や国土交通省も本腰を入れて取り組んでおり、2040年を目標としたロードマップをまとめています。国土交通省は発表で、「インターネット通信における、データの塊をパケットとして定義し、パケットのやりとりを行うための交換規約(プロトコル)を定める(以下略)」としています。いわゆる標準化でしょう。
フィジカルインターネットの存在を知ったとき、私は思いました。
「もしフィジカルインターネットが実現したら、EDIデータも標準化が進んで業界ごとの運用ルールもなくなり、なんかすごいディスラプションが起きて便利なプラットフォームが現れ、結果としてEDI担当者の業務が大幅に効率化するのでは。もうEDI担当者が複雑な運用のはざまに立たされて、つらい思いをしなくて済むのでは……」
フィジカルインターネットが進んだからといってダイレクトにEDIの運用に影響が出るかどうかは分かりません。ですが、物流は発送元の企業がつくるデータを基に出荷するため、元データをつくることになるEDI担当者はデータを標準化せざるを得ないのではと思います。
どんなものであっても標準化は、関わる人たちが共通の認識を持つことが重要です。国の定めるフィジカルインターネットの達成期限の目標は2040年とだいぶ先ですが、多くの方々がフィジカルインターネットに興味を持って積極的に取り組むことで、もしかしたらその期間が短縮されるかもしれません。日本中のEDI担当者に思いをはせ、本コラムをその一助(?)にできたらと思います。
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