検索
特集

SAPが推奨する「クリーンコア」は本当に正しい選択なのか? CTOが疑問に答える

本Q&Aでは、SAPのCTO(最高技術責任者)であるユルゲン・ミュラー氏が、SAO S/4HANA Cloudへの移行でクリーンコアが不可欠な理由と、新たな支援ツールについて説明した。

Share
Tweet
LINE
Hatena

 多くのオンプレミス型ERPユーザーが存在する中で、SAPは、「SAP S/4HANA Cloud Public Edition」への移行を促している。

 この取り組みの中心は、2021年に開始された「RISE with SAP」だ。これは「SAP S/4HANA」(以下、S/4HANA)のクラウドリフトと管理の簡素化のために設計された。SAPによると、クラウドリフトを成功させる鍵は「クリーンコア」への移行だ。企業は、SAPシステムに対するカスタマイズをクラウドプロセスに沿ったものに変更するか、完全に排除する必要がある。


SAP ユルゲン・ミュラー氏

 しかし、クリーンコアの実現には複雑な作業が伴う。それは、多くのSAP顧客がクラウドへの移行に消極的な理由の一つだ。2024年6月に米国で開催されたSAPの年次イベント「SAP Sapphire」(以下、Sapphire)で、SAPは移行のためのアーキテクトを追加すると発表した。これによってクラウドやクリーンコアへの移行を支援する。

 SapphireでSAPのユルゲン・ミュラー氏(最高技術責任者《CTP》兼執行役員)が、「顧客にとってクリーンコアが意味すること」「SAPがエンタープライズアーキテクトの役割をRISE with SAPに導入した理由」「SAP Business Technology Platform(BTP)が製品エコシステムで果たす役割」について語った。

本当にクリーンコアが正解なのか? CTOの回答とは

――Sapphireでは、クリーンコアとその重要性がSAPのクラウド戦略の中心的なテーマとして話題になったが、多くの顧客がこの概念を理解していないようだ。SAPの観点からクリーンコアとは何か、簡潔に説明してほしい。

ミュラー氏: まず、なぜそれが重要なのかを説明しよう。私たちは企業に対して、当社が提供するアップデートや新しいイノベーションを継続的に導入できる環境を構築してほしいと考えている。顧客は私たちが構築したものを利用して初めて満足を得られるのであり、そうでなければ何の価値も生まれない。過去には、顧客に対してアップデートを継続的に利用できるようにするためのツールや方法論を提供していなかった。

 そこで私たちは、「クリーンコアアプローチ」と呼ぶ手法を開発した。これは、特定の企業のニーズに合わせてシステムをカスタマイズしても、常にアップグレード可能な状態を維持するという意味だ。具体的には、全ての機能の拡張は一般に公開されているAPIを使い、これらのAPIを安定稼働させることで、システムをアップグレードしても拡張機能やプロセスの自動化、統合フローが引き続き機能するようになる。

――なぜ、それが重要なのだろうか。

ミュラー氏: これによって企業がアップグレードする際の労力が大幅に軽減される。SAPは世界で最も重要なシステムの一つであり、サプライチェーンや製造の業務において、これらのシステムが停止すると大きな問題が起こる。

 具体的な例を挙げると、SAPの顧客である日立製作所は、これまでオンプレミスシステムを7〜10年ごとにアップグレードしていた。現在はSAPが主要なリリースをするたびに1年ごとにアップグレードを実施し、アップグレードの作業期間が1年半から約6週間に短縮された。これは、クリーンコアアプローチに従い、必要なテストと再作業を大幅に削減または排除した結果だ。

――クリーンコアという用語はSAPが生み出したものなのか、それとも一般的な業界用語なのか。

ミュラー氏: 恐らくその両方だろう。私たちがこれらのコンセプトを説明したとき、世の中には異なる用語が存在していたかもしれない。この用語は顧客やパートナーにとって非常に分かりやすいものとなっている。

――SAPはRISE with SAPの全てのプロジェクトにエンタープライズアーキテクトの役割を導入した。なぜ今エンタープライズアーキテクトが必要なのだろうか。

ミュラー氏: 私たちは、顧客のクラウド移行を確実に実現したいと考えており、同時に、正しい方法で実現したいと考えている。多くの場合、クラウド移行は実現されるだろうが、移行に関するさまざまな側面を顧客が完全に理解した状態を構築したい。これはS/4HANAを中心とした話であり、顧客はしばしば1つまたは複数の「ERP Central Component」のインスタンスから、1つまたは少数のS/4HANAシステムに移行する。例えば、この移行にはS/4HANAだけでなく、「SAP SuccessFactors」や「SAP Fieldglass」といった人事領域のものや、「SAP Ariba」を使った調達、「SAP Concur」を使った出張や経費に関する内容も含まれる。

 また、統合能力については、統合プロセスのオーケストレーションから統合スイートへの移行が含まれる。さらに、アナリティクスの領域では、「SAP BusinessObjects」から「SAP Analytics Cloud」への移行が考えられる。拡張機能の構築に関しては、「ABAP Classic」から「ABAP Cloud」への移行が含まれる。ビジネス計画機能をオンプレミス版からクラウド版へ移行することも重要だ。他にも、データ変換やマスターデータのクレンジング、データエステートに関する取り組みもあり、BWシステムからBWと「SAP Datasphere」のハイブリッドへの移行、非SAPデータの統合などが考慮されている。

 これらは複雑な作業だ。プロセスを現在の状態からあるべき状態へと変化させることになる。多くの顧客は、この転換の時期を利用して自社のプロセスを見直す。そして、「SAP Signavio」を活用して現在のプロセスと、あるべきプロセスのモデルを作成し、それをビジネス戦略に割り当てる必要がある。つまり、どこで差別化を図り、どこで標準的なソフトウェアを使ってゼロから設定すべきかを考えることになる。

 これは多面的な問題であるため、このようなトピックについて幅広い理解を持つSAPの担当者を配置することが理にかなっている。

――人材は十分にそろっているのか。そして、その複雑な作業を全て実行できるエンタープライズアーキテクトは十分にいるのか。

ミュラー氏: おそらく、十分な人材がそろっているとはいえない。しかし、当社には優れたエンタープライズアーキテクトがそろっている。また、コンサルティングチームもコンサルティングや実装の経験が豊富な人材を採用している。彼らは、顧客と連携するプリセールスやポストセールスの職種から採用されている。全ての分野にわたる幅広い知識を持つ人材はほとんどいないため、全員が特別な教育を受けている。これは、独立した専用チームとして編成されている。

――SAPは、SAPの方法論に従うというコンセプトを強化するために認定パートナーを活用する予定か。

ミュラー氏: 当社はパートナーに対して非常にオープンだ。Sapphireではパートナーと人材プールを増やす方法や、顧客の基準がどのように高まっているか、そして顧客がより多くの認定人材を求めるようになるかについて話し合った。SAPでは非常に多くのイノベーションが起きているため、パートナーエコシステムがそれに追い付く必要がある。そのため、学習および認定プログラムを変更し、認定を受けると知識が更新されるようにした。これは、これまでは実施していなかったことだ。

――これらの取り組みは、SAPが期待したほど早く顧客がS/4HANA、特にパブリッククラウドバージョンに移行していないことを意識しているのか。

ミュラー氏: 私なら別の言い方をする。RISE with SAPは、SAP史上最も急成長を遂げた事業の一つで、BTPも同様だ。企業が総合的な変革に取り組むことを支援する。

――SAP BTPはSAPの製品エコシステムのどこに位置付けられるのか?

ミュラー氏: BTPは、当社やパートナーがアプリケーションを構築し、非SAPシステムとSAPシステムを統合し、データ管理と拡張を行うための戦略的プラットフォームであり続ける。

 SAPは本質的にアプリケーション企業であり、今後もそうだ。企業が抱えるアプリケーションの技術課題は非常に深刻であり、これらの課題を解決する市場は、インフラストラクチャサービス市場に次ぐ市場だ。これは、個々のアプリケーションバーティカルよりも大きい。従って、SAPにとって強力なビジネステクノロジープラットフォームを持つことは非常に重要だ。

――SAPをコアERPとして使用せず、開発環境や統合環境としてBTPを使用している顧客はいるのか。

ミュラー氏: 基本的にBTPのみを使用するお客さまもいるが、少数派だ。通常は、S/4HANAのPublic Edition、Private Edition、またはSuccessFactorsなど、アプリケーションの視点からお客さまはBTPにアプローチし、学ぶ。

 顧客の中にはBTPに懐疑的な人も存在する。しかし、ITチームがBTPを導入すると、彼らはもう他のプラットフォームや古いテクノロジーを使いたくなくなるだろう。ITチームは、新しいものは全てBTPで実施するようにプレッシャーをかけるようになる。

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

ページトップに戻る