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横河電機がECCからS/4HANAへ移行 Business AIを見越したERP導入とは

横河電機はSAP ECC6.0からSAP S/4HANAへ移行している最中だ。Business AIの活用を見越した、クリーンコアにのっとったERP導入についてを紹介する。

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 SAPは毎年、最新テクノロジーの情報を共有するオンラインイベント「SAP TechEd」を開催している。2024年10月に開催した本イベントの日本版として、SAPジャパンは「SAP TechEd Japan」と題したオンラインイベントを2024年12月に開催した。

 オープニングキーノートでは、SAPが推進する「クリーンコア」と「Business AI」に関する取り組みが紹介され、これらを実践する企業として横河電機の担当者が登壇した。横河電機は「SAP ECC6.0」から「SAP S/4HANA」へ移行する中で、どのようにBusiness AIの活用を見越したERP導入を実現しているのだろうか。

AI活用のためにはクリーンコアが不可欠

 オープニングキーノートにはSAPの織田新一氏(カスタマーアドバイザリー統括本部 統括本部長)と岩渕 聖氏(Business Technology Platform事業部 事業部長)が登壇し、特にSAPが昨今力を入れて推進するクリーンコアとBusiness AIについて説明した。

 SAPの製品ポートフォリオは現在、企業の基幹システムを担うクラウドERPを中心に据え、その周囲にSaaSのビジネスアプリケーションを配置する構成だ。さらに、これらの製品全ての基盤として、「SAP Business Technology Platform」(SAP BTP)が存在する。

 この中心に存在するERPを標準状態のままで利用し、カスタマイズをしないというのが、クリーンコアの考え方だ。従来のオンプレミスERPが、企業のビジネスプロセスをアドオンによるカスタマイズで実現してきたことに対し、クリーンコアでは標準プロセスに業務を極力合わせる必要がある。その点ではユーザー企業側の意識改革も求められる。

 織田氏は、SAPがなぜクリーンコア戦略を重視しているのかを説明した。「一番大きいのは、日本企業の実態に対する危機感だ。Business AIをはじめとしたクラウドベースの新しいテクノロジーは、クリーンコアを前提にしている。つまりクリーンコアを実現できないと、企業は新しいイノベーションを活用できず、成長できない恐れがある」

 織田氏は、SAPのAI展開は、3つの領域に分かれていると話す。1つ目は、SAPの各製品に組み込まれるAI機能の「Embedded AI」だ。製品を使用する際にAIによるアドバイスを参考にして、生産性を向上させられる。次が「Custom AI」で、企業がAIを使った機能を開発するための基盤を指す。そして3つ目が、SAPが「Boost Cloud ERP Transformation」と呼ぶソリューションで、オンプレミスからクラウドERPへの移行の際に、AIの支援によって計画から分析、実行の効率化を図り、移行期間の短縮と品質向上につなげるアプローチだ。

 Boost Cloud ERP Transformationの重要性について、岩渕氏は「業務を一貫して成果を挙げるためには、AIをどう組み合わせてプロセスをつないでくかが大きな挑戦になる。AIはさらに進化しており、お客さまとはデータの保持の方法やモデルの運用方法など、企業システムとしてどう扱っていくかに焦点が移っている」と言及する。

 織田氏は、SAPが提供するBusiness AIの精度を高めるためには、AIが学習するデータもエンド・ツー・エンドで一つに集約する必要があると話す。「設計プロセスやデータモデル、ユーザー体験、セキュリティなど、SAPが個別に進化させてきた技術が統合され、スイートとして完成段階にきている。それによってビジネスプロセスの連携品質は大きく高まっている」(織田氏)

Jouleが全ての業務プロセスをつなぎ、自動化する

 SAPのBusiness AI戦略について、同社の本名 進氏(カスタマーアドバイザリー統括本部 SAP Business AI Lead)より説明があった。

 SAPでは、クリーンコアとクラウドアプリケーションの組み合わせで、複数のビジネスプロセスをつないだエンド・ツー・エンドのビジネス価値を提供できると説明する。そして、これら複数のプロセスで共通のユーザー体験を実現するのが、SAPのAIコパイロットである「Joule」だ。

 また、SAP BTPにはAIのプラットフォームである「AI ファンデーション」が稼働しており、企業がカスタムAIアプリケーションを開発する際に標準機能をベースにした開発を可能にしている。AI ファンデーションに参加する開発パートナーは100社を超えているという。「2024年に日本で開催したAIハッカソンには40社以上の参加をいただいた。日本でもBusiness AIの盛り上がりを感じている」(本名氏)


AIをカスタマイズできるようになる予定だ(出典:本名氏の講演資料)

 AIファンデーションを基盤にしたSAPのサービスも拡大している。現在「AIサービス」「AIライフサイクルマネジメント」「ビジネスデータ&コンテキスト」の3つが稼働している。AIサービスは、SAPの用語に特化した翻訳サービス、AI-OCRなどの標準機能を提供する。AIライフサイクルマネジメントは、外部の生成AIサービスと接続するAPIなどを用意する。ビジネスデータ&コンテキストは、自社の固有データを生成AIサービスと組み合わせるためのデータ統合を可能にする。

 本名氏はJouleの機能強化についても説明した。JouleはSAPのWebアプリケーション画面に組み込まれた形で提供される。「従来は画面を操作して業務プロセスを進めていたが、将来はJouleに指示を出すことで業務が回るようになる。そんな世界が近づいてきている」と本名氏は話す。業務の遂行だけでなく、データを分析してグラフ化する工程もJouleによって自動化できる。

 さらに、Jouleは企業のエンドユーザーだけでなく、Jouleを企業に導入するコンサルタントや開発者にも役立つ。2025年から、SAPコンサルタント向けに要件からパラメーター設定を自動化する機能、SAPの開発言語であるABAPのコードを自動生成する機能が相次いでリリースされる予定だ。

 本名氏は、今後リリースが予定されるJouleのAIエージェントとしての機能について「SAPの強みは業務プロセスを全てカバーしたシステムであるということだ。各プロセスに組み込まれたAIが連携して、昨今注目されているAIエージェントとして機能する」と説明した。

 例えば、顧客からの誤請求の対応を、担当者に電話で連絡せずに経理、営業、調達などの部門のAIエージェントが連携して自動的に処理を進められる。AIエージェントのパイロットプログラムには日本の旭化成が参加しているという。

横河電機がクラウドERP移行でクリーンコアを実践

 本講演では、クリーンコアを実践する日本企業として、横河電機が登壇。同社の藤田洋行氏(デジタル戦略本部 グローバルアプリケーション&データマネージメントセンター長)が、2021年から取り組んでいるクラウドERPの導入プロジェクトについて説明した。

 横河電機は1915年に創立した計測、制御、情報機器メーカー。連結売上高5402億円、従業員数1万7365人で、国内13社、海外は60カ国に113社を展開する。売上の海外比率が75%に達しているグローバル企業だ。

 同社が2008年から利用してきた基幹システムのSAP ECC6.0は、46カ国、70社を1つのインスタンスで運用しており、ユーザー数はグローバルで約1万2000(国内5000、海外7000)となっている。現在、このシステムをSAP S/4HANAへ移行するプロジェクトを進めており、最終段階だ。

 藤田氏は「今回のプロジェクトは、単なるクラウド移行でなく、Fit to Standerdの考えで、ビジネスプロセスの標準化、統合、自動化を目指している。具体的には、SAP関連のコストを25%削減、生産性25%向上、加えてキャッシュコンバージョンサイクルと標準リードタイムの改善を目的としている」と話す。


プロジェクトのテーマとゴール(出典:藤田氏の講演資料)

 業務プロセス変革の中心はERPに組み込まれたアドオンの削減だ。「従来のシステムで約2600あったアドオンを分析すると、およそ半数が需給調整の最適化に関するもので、管理会計の簡素化のためのアドオンを加えると全体の4分の3に迫っていた。この2つの領域にメスを入れることにした」と藤田氏は話す。これらの業務プロセスを標準化することで、アドオンをおよそ80%削減し、約500本まで減らすめどが立ったという。


クリーンコアを保ったアドオンのイメージ(出典:藤田氏の講演資料)

 アドオン削減の方針は、SaaSの適用、RPAの適用を検討し、それらが不可能な場合にアドオンを残す形をとっている。追加開発の際もSAP BTPを活用してコアをクリーンに保つことに成功している。標準化した業務プロセスは「SAP Signavio」によって管理している。プロセス数はレベル2が10本、レベル3が142本となっている。

 「新システムの導入は、一度にグローバルで新旧を切り替えるビッグバン方式を計画している。段階導入では、新旧のシステムを平行稼働させるインタフェースの開発が必要で、運用の負荷も大きく増えるからだ。導入直後の移行処理とサポート対応は、入念な準備をして臨みたい」と、藤田氏はプロジェクト成功へ意気込みを語った。

SAP BTPの開発は人材確保がポイント

 藤田氏は、今回のプロジェクトでは「SAP BTPの開発にかなりの苦労した」と話す。「はじめて開発するテクノロジーであり、まず人材の確保が問題だった。社内には開発人材がおらず、社外も人材が枯渇していた。最終的に、当社のバンガロール(インド)の拠点に、SAPの現地ラボから3人のエンジニアを派遣してもらい、現地メンバーと開発を進めた。また、SAPのセミナーでSAP BTPに強そうな開発会社を見つけると、講演後すぐにアプローチして関係を構築し、数名のエンジニアに協力いただけた」(藤田氏)

 藤田氏のチームは外部人材の確保に奔走する一方で、SAPのサポートプランを導入し、それに含まれるトレーニングプログラムを実施。社内人材のSAP BTP対応力向上も進めている。

 藤田氏は、SAPが導入を計画する、開発へのAIの支援機能にも期待している。「技術革新のスピードは速く、社内に大量の開発リソースを確保することは難しい。AIが開発のかなりの部分を自動化してくれれば、開発者は新技術に対応する検討を進められる。リリースしたら積極的に活用していきたい」と話した。

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