「食える情シス」になるための技術“以外”のスキル
経営層がデジタル人材に求める要件は上昇傾向にあります。今回は「食える情シス」になるための技術“以外”のスキルを解説し、2025年のキャリア戦略についてお話します。
情シスのキャリア戦略
エンジニアリングマネージメント社長の久松氏が、情シス部長を2社で担当した経験を基に、情シスのキャリア戦略で役立つ情報を発信します。
2015〜2022年に続いたエンジニアバブル。エンジニアの需要が供給を大幅に上回り、エンジニアの給与や待遇が急上昇しました。その後の余韻が続いた2023年の状況から一転し、2024年はかなり渋い転職市況になりました。
情シスはDXの文脈の中で継続して需要はあるものの、経営層がデジタル人材に求める要件は上昇傾向にあります。今回は需要のある情シスになるための技術以外のスキルに注目し、2025年の情シスのキャリア戦略についてお話します。
2025年のIT人材に求められる「事業貢献」の正体
弊社は常時10数社のエンジニア組織作りに関わっており、この1年で急上昇した採用要件や評価軸の一つが事業貢献性でした。
プログラマーなどの場合、「良いソースコードを書く」「高い技術力を保持する」といった方向ではなく、そのアウトプットをどう売上につなげるのかという姿勢が問われています。
加えて、その前段には利他性が存在しています。利他性の対義語はエゴイズム(利己主義)だそうですが、自己の利益を優先するような姿勢は好ましく思われなくなりました。エンジニアバブル下ではITエンジニアの数を確保することが何よりも重要視されていたため、働き方も待遇も上ブレしました。エンジニアバブルが去った現在は、アウトプットやバリューがそれらに見合うものかどうかをシビアに判断する企業が増加しました。
自社サービスを提供している企業ではプロダクトエンジニアの求人が注目されました。2024年11月末にはYOUTRUSTによるプロダクトヒストリーカンファレンスが開催され、これはテックカンファレンスの位置付けである一方で、事業作りやPMF(プロダクトマーケットフィット)におけるエンジニアの取り組みが語られる場になりました。
事業貢献というキーワードが重視される中で、情シス部門もその視点を持つことで、より良い評価を得たり、円滑な業務遂行が期待できたりするといえるでしょう。
情シスには何が求められるか
まず情シスに何が求められているのかについて整理しておきます。私は業務を通じて、目標設定やそれに対する評価のレビューに関わることがあります。多くの企業や職種において、最終的な目的は売上や粗利への貢献に結び付くのが一般的です。情シスについては直接売上を上げるものではないため、間接的な貢献が求められます。
コストカットは粗利の確保につながります。徹底したSaaSやアカウントの管理で成果が上がりやすいため、「情シス目線での粗利貢献」として挙げられやすいです。しかし、コストカットは必要ではあるものの、あまりクリエイティブな作業ではない殺伐とした作業です。コストカット対象は有限であるためいつかネタは尽きます。
業務効率化や、社内の困りごとを解決するような社内満足度を向上させる取り組みが建設的でお勧めできます。
情シス社内満足度向上のためのソフトスキル
それでは情シスが社内満足度を向上させることにつながる技術以外のスキル、「ソフトスキル」についてお話していきます。
利他性
利他性とは自分だけが得するのを避けて他者の利得を尊重する傾向を指します。利他性の対義語はエゴイズムとなり、自分だけが良ければそれでいいというものになります。
エンジニアバブルではエンジニアの数を確保することが重要で利他性はあまり重視されなかったのですが、エンジニアバブル後はこの利他性が重視されています。
よくある例としては、採用面接の最後に「逆質問」と呼ばれる候補者から面接官に対する質問時間に「テレワークの頻度はどの程度でしょう」などの質問をすると利他性が疑われ、お見送りされやすい傾向にあります。
情シスも利他性の姿勢を意識しましょう。自己の都合ではなく組織全体の利益を尊重する考え方を持つことによって視座も上がります。
ITリテラシーが低いからといってマウントしない
従業員のITリテラシーが低いとPCやソフトウェア、社内システムに関する質問が多発します。同じ人物が同じ質問を繰り返すこともあり、情シス担当者やヘルプデスク担当者に余裕がなくなっていくことも多々あります。私もヘルプデスク担当者が「従業員のレベルが低い」と怒っているところに遭遇したこともあります。
このように社内のITリテラシーの低さを嘆き、罵るだけでは先に進みません。周囲から見ても「自分たちよりも少しPCに操作が詳しいからといって、売上に貢献していないのに偉そうにしている人」と思われると損です。
そもそもの情シスの捉え方ですが、ITリテラシーが高くないことで産まれている仕事やポジションもあるということを理解しておきましょう。自分の仕事がここから湧いていると意識することで留飲が下がります。
しかし、こうした状況を野放しにしておくとDXは進みません。新しくシステムを導入しても使われるまでに時間がかかるでしょう。
ある大型医院はPHSの代わりに「iPhone」と「Slack」を導入しました。集団での教育も検討したそうですが、従業員一人一人の時間を抑えて個別にガイダンスすることでシステム利用が促進されたとのことです。
ある程度のITリテラシーがあれば、社内ポータルを充実したり、社内向け「Zendesk」を導入したりすることで業務効率化も図れます。一定のITリテラシーを持つことを全社の評価制度に入れる方法も考えられます。ある企業ではITパスポートの合格を総合職の必須条件にしていました。社内教育や研修を担当している人事と話をしてみてもよいでしょう。
各職種の状況を踏まえて振る舞う
情シスである以上、他部署に対して何かをお願いすることも多いでしょう。Windows Updateであったり、何かしらのソフトウェアのインストールや、PCの入れ替えのお願いもあるでしょう。
席替えのときのLANやディスプレイの変更や、法定停電対応のような全社を巻き込む対応のお願いは事前告知を入念にすれば問題にはなりにくいのですが、それ以外の突発的なものはお願いするタイミングが非常に重要です。
営業であれば売上の状況、バックオフィスであれば月末月初、開発であればリリースや障害対応といったものがありますので、差し込みのタスクを依頼するタイミングは配慮しましょう。
脅さない、長々と説明をしない
セキュリティの対応をする際、他職種の社員に対して「○○をしないと大変なことになります。どうなっても良いのですか?」と脅すタイプの情シスがいます。
インシデントが起きると大変なことを伝えたいのは分かりますが、どうしてもヒステリックな印象が先行してしまいます。また、かつて私も経験したのですが、なぜ危ないのかという技術的なことを詳細に解説することもあまり意味がありません。
セキュリティ対策などは下記のように伝えるのが望ましいです。
- シンプルに重要であることを伝える
- セキュリティ対応について業務に影響のないことを確認後、情シス側で資産管理ツールなどを利用して作業をしてしまう
- 従業員による手作業が必要な場合、前述した各部署の状況を踏まえた上で期日を決める
- 何か問題があったら連絡してもらう
予算を取るときも同じような問題があります。特にセキュリティソリューションについては緊急度や重要性に濃淡があることに加え、粗利を圧迫するようなものは歓迎しにくい側面があります。「べき論」だけではなく、自社の共通言語である利益を引き合いに出して建設的な提案をする姿勢が必要です。
無駄な疑心暗鬼を産まないオープンコミュニケーション
社内の人が誰でも閲覧できるオープンチャネルではなく、関係者にDMやDMグループで話しかけるコミュニケーションを頻繁に見かけます。オープンチャネルに投稿する際は「誰に見られるか分からないので恥ずかしい」「ためらいがある」といった心理が働きがちです。ただ、あまり放置すると都合の悪いことを少人数で隠匿する体質になることがあります。
私が見たケースでは、請負契約の納品物に不備が見つかり、関係者がDMグループでこっそり対応していたというものがありました。その後、全員が退職したため誰も感知できなかったのですが、顧客からの対応で一連のものが分かりました。
人事データや経営データなどを扱う際はやむを得ませんが、原則オープンチャネルでコミュニケーションをとるのが望ましいでしょう。心理的安全性を損なう可能性があるため、経営層や人事に働きかけてみてもよいでしょう。
対人影響力を意識して円滑な情シス運営を
私は複数の企業で評価制度の設計に携わりました。その経験上、多くの企業の評価項目に「対人影響力」が含まれていました。これは「意見が対立したときに、先方の立場をおもんばかりつつ企業にとって建設的な着地をする」という意味合いで設定されています。
IT組織を巡る市況感は大きく変化しています。対人影響力をヒントに丁寧に立ち回り、仕事を進めやすくして、社内評価も上げていきましょう。
著者プロフィール:久松 剛(エンジニアリングマネージメント 社長)
エンジニアリングマネージメントの社長兼「流しのEM」。博士(政策・メディア)。慶應義塾大学で大学教員を目指した後、ワーキングプアを経て、ネットマーケティングで情シス部長を担当し上場を経験。その後レバレジーズで開発部長やレバテックの技術顧問を担当後、LIGでフィリピン・ベトナム開発拠点EMやPjM、エンジニア採用・組織改善コンサルなどを行う。
2022年にエンジニアリングマネージメントを設立し、スタートアップやベンチャー、老舗製造業でITエンジニア採用や研修、評価給与制度作成、ブランディングといった組織改善コンサルの他、セミナーなども開催する。
Twitter : @makaibito
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