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迫るSAP ECCサポート終了 「S/4HANA」移行の3つの選択肢とSAPの本命を聞いた

大企業を中心に広く導入されてきたSAP ECC6.0のサポート終了が2027年に迫っている。依然として方針を定められていない企業もある。SAPが用意している製品ラインアップの概要や選び方、移行プロセスの選択肢を紹介する。

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 SAPのオンプレミス型ERP「SAP ECC6.0」(以下、ECC6.0)のメインストリームのサポートが2027年に終了することを受け、多くの企業でECC6.0からの移行が進められている。大手企業を中心にこれまで数多くの企業で使われてきたERPだけあって、移行後も引き続きSAPの製品を利用する企業も多い。SAPも企業のニーズに合わせたさまざまな選択肢を用意し、移行をスムーズに進めるためのサービスも提供している。

 本記事はSAPジャパンへの取材を基にSAPが用意している製品ラインアップの概要や選び方、移行プロセスの選択肢を紹介する。SAPが特に注力している製品も分かるので、将来を見越してERPを選択する上での参考にしてほしい。

SAPが用意する移行先はオンプレ1つとクラウド2つ

 まず、2027年のサポート終了を前にしたECC6.0ユーザーの全体的な動きについて、SAPジャパンの増田 剛氏(Enterprise Cloud事業統括本部 S/4HANA クラウド事業部 事業部長)は次のように説明する。

 「国内では既に移行を済ませた、あるいは移行作業中のECCユーザーが増えています。その結果、SAPビジネスについて日本市場とグローバル市場を比較すると、約2倍のスピードで成長しており、ERPの移行が順調に進んでいると認識しています」

 SAPが移行先として用意している「SAP S/4HANA」には、オンプレミス版の「SAP S/4HANA On Premise」(以下、S/4HANA On Premise)とクラウド版の「SAP S/4HANA Cloud」(以下、S/4HANA Cloud)の2種類が存在する。さらにS/4HANA Cloudはプライベートクラウド版の「SAP S/4HANA Cloud Private Edition」(以下、Private Edition)、パブリッククラウド版の「SAP S/4HANA Cloud Public Edition」(以下、Public Edition)の2種類がリリースされ、計3つの選択肢になる(図1)。


図1 ライセンスごとのアプリケーション、アップデート、インフラにおける企業とSAPの担当領域が分かる(出典:SAPジャパンの提供資料)

 「どれを選択すべきかは企業のITの方針によって異なる」と増田氏は話す。「従来オンプレミスでECCをご利用いただいていたお客さまのほとんどは、そのままオンプレミスで新しいS/4HANA On Premiseを利用するか、クラウドに移行してS/4HANA Cloudを使うかどうかをまず検討します」

 ほとんどの企業が何らかの形でクラウドを利用していると考えられる中で、あえてERPをオンプレミスのまま使いたいと考えている企業には特殊な事情があると同氏は説明する。

 「全社的なITアーキテクチャの方針があったり、特定の業種・業界の中でセキュリティポリシーの問題でクラウドを選択できなかったりするなど、自社の管理下でインフラを運用しなければいけない場合にオンプレミスにとどまるケースがあります。そうした企業の場合、当社はソフトウェアを販売し、実装や運用は全てお客さま側で対応いただくこととなります。しかし、そうした業界でもクラウドの利用が進んでおり、ERPについてもクラウドへ舵を切る企業は増えている状況です」

 SAPとして推奨しているのはS/4HANA Cloudへの移行だ。SAPはクラウド製品への投資を拡大しており、AIなどの新たなテクノロジーの導入はクラウドを前提にして開発を進めている。AIエージェントの「Joule」(ジュール)をはじめ、さまざまな機能が搭載されている。Private EditionとPublic EditionのAI機能に差はないという。

Private EditionとPublic Editionの違いは?

 次に、S/4HANA Cloudの選択肢であるPrivate EditionとPublic Editionの違いについて考える。まず2つの製品の機能面の違いについて、増田氏は次のように説明する。

 「Private Editionは、ECC6.0で従来使っていたERPモジュールの全てをクラウドで利用できます。ERPのフルモジュールをクラウドに移行したいと考えるお客さまにとって安心感のあるパッケージといえます」

 一方、ECC6.0でコアERPに直接アドオン開発してカスタマイズを施してきた部分については、Private Editionでは通常のアドオン開発は可能なものの、ERP自体に直接手を入れるアドオン開発は難しいため、全ての開発したアドオンによる業務プロセスを引き継ぎたいと考える企業は、ERPの周辺システムを開発することになる。

 「ただし、オンプレミスからクラウドへの移行を進めるお客さまは、移行時に業務プロセスを見直し、ERPのコア部分は標準機能を利用するケースが増えています。当社でもERPのコアをきれいに保つことで最新の機能と高いパフォーマンスを得られる『クリーンコア』という方法をお客さまに提案しています」

 SAPはクリーンコアを推進するために、ERPの周辺機能をサポートするクラウドサービスである「SAP Business Technology Platform」(以下、BTP)を提供し、顧客の個別要件に対応する。

 従来、オンプレミスのERPにおけるアドオン開発は大きな負担となっていた。個別要件に対応するために積み上がったアドオンが、運用負荷と修正時の開発負荷を生んだ。そのため、ERPの移行を機にカスタマイズを継続せず、標準プロセスによるERPの運用を目指そうという企業も多いという。

 SAPではこのような新規のERP導入を「新規構築導入」と呼んでおり、その際にS/4HANA CloudのPublic Editionが採用される傾向にある。

 Public Editionは財務、会計などのコアモジュールを中心に、製造分野などのモジュールを利用できるが、Private Editionと比べて使えるモジュールの数が少ない。Public Editionではモジュールが足りない企業はPrivate Editionを選択することになるが、全体の数ではPublic Editionを選択する企業が多いという。

 「Public Editionは、ERPをSaaSとして利用するエディションです。そのため、お客さまはインフラやアプリケーションを管理する業務から開放され、IT部門の負担を大幅に削減できます。オンプレミス版では、これまでS/4HANAのソフトウェアアップデートを5年ごと(2023年リリースからは7年ごと)に実施していましたが、Public Editionでは半年ごとになります。しかも、SaaSのように自動でシステムを更新しますので、お客さまは何もしないで常に最新の機能を利用できます」

 一方、Private Editionではシステムの更新は企業側のタイミングで実施することになる。「7年に一度、メインストリームのバージョンアップが必要ですが、それを待たずに毎年登場する新しいバージョンへのアップデートをすることができます。実際に、Private Editionをお使いのお客さまで、小まめな更新を短期間で済ませる企業もあります」と増田氏は話す。更新タイミングが短いほど変更箇所も少なく、工数の削減、コストダウンにつながる。

SAPのイチ押しは「Public Edition」

 導入期間に関しても、S/4HANA Cloudは従来のERPと比べて大幅な短縮が可能になるという。

 「特に新規構築導入の場合、当社があらかじめ用意している業務プロセスをお客さまが選定することになります。従来のERP導入は通常1〜2年、長ければ3年以上かかることが多かったのですが、Public Editionは要件定義の工数が少なく、最短4カ月、長くても1年程度で導入できます」

 SAPは、S/4HANA Cloudの導入に当たり、既存ERPの移行については「RISE with SAP」、新規導入について「Grow with SAP」という2つのオファリングを用意している。いずれも、SAPが推進している「Fit to Standard」(ERPの標準機能に業務を合わせる手法)をベースにしたERP導入のフレームワークであり、過去の事例を踏まえて構築した標準的な導入手法を顧客が採用することで、スムーズな導入と稼働、運用をサポートする。

 RISE with SAPにおいて基本的にPublic Editionが推奨されるが、既存ERPの要件でどうしても残すものがあり、それをPublic Editionでは実現できない場合はPrivate Editionを利用することになる。一方、新規導入であるGrow with SAPではS/4HANA CloudのPublic Edition一択となる。また、RISE with SAPとGrow with SAPにはBTPの試用エディションも含まれている。

 これらのオファリングによって、ECC6.0ユーザーをクラウドERPに誘導し、できるだけ多くの企業をPublic Editionに導こうというのが、SAPの狙いだ。

 また、これまでSAPが提供してきたERPのパッケージには、中堅・中小企業向けの「SAP Business ByDesign」、さらに小規模な事業者に向けた「SAP Business One」も存在する。これらの対象である事業者についても、小規模な導入にも適したPublic Editionへの切り替えを推奨している。また、中堅・中小マーケット向けの販売パートナーに対しては、Public Editionの提案を働きかけているという。

どうしても2027年までに移行が難しい企業の選択肢

 以上のように、ECC6.0のユーザーにとってS/4HANA Cloudへの移行には幾つかのメリットが存在する。しかし、どうしても移行が難しい企業も存在する。そうした企業に対してSAPは、ECC6.0のサポート期限を有償で2030年まで延長すると発表した。

 また、大規模で複雑なシステムを使用する企業で、移行に相当な時間を要するとSAPが認めた場合に限り、ECC6.0のサポートを2033年まで延長するオプションを提供する予定だ。ただし、あくまでSAPが認めた企業に向けたサポートであり、全ての企業が対象ではないことは注意したい。基本的には、有償の延長サポートを契約しても2030年がECC6.0の使用期限だと考えておくべきだ。

 企業の根幹を支えるERPの更新は、現状の業務を停滞させず、さらに発展させるために多角的な視点が求められる。導入や運用のコスト、業務の効率化、データやAIの活用など、検討要素は多いが、各種製品やオファリングの内容も吟味して、自社に最適な方針を定めてほしい。

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