2025年4月3日の夜、トランプ政権が国家安全保障局(NSA)の局長兼米国サイバー司令部の長官ティモシー・D・ホー将軍を解任したと複数のメディアが報じた(注1)。ホー氏は2024年2月にこれらの役職に任命されており、それ以前はサイバー司令部の副司令官とサイバー国家任務部隊の司令官を務めてきた。
サイバー防御を軽視? トランプ政権の不可解な動き
サイバー司令部は米軍の一部門であり、国防総省のネットワークを防衛するほか、サイバー犯罪グループや敵対国家が支援するサイバー攻撃者に対して攻撃的なサイバー作戦を遂行する任務を負っている(注2)。
ホー氏の解任はサイバーセキュリティ・インフラストラクチャセキュリティ庁(CISA)や、米国国立標準技術研究所(NIST)をはじめとする、サイバーセキュリティに関わる複数の連邦政府機関における大規模な人員削減や幹部の交代に続く動きだ(注3、注4)。こうした一連の動向は、多くの情報セキュリティ専門家や議員の間に懸念を引き起こした。
サイバー防衛におけるNSAの役割とは
NSAは米国のサイバー防衛において不可欠な存在であり、国家の重要インフラを守るための戦略的な役割を果たしている機関だ。
NSAはサイバー防衛において3つの役割を持っている。
(1)シギント情報の収集
NSAは他国の電子信号を傍受して分析することで諜報活動を進めている。これをシギント(SIGINT)と呼ぶ。シギント情報は米国の政策決定者や米国サイバー司令部に対して提供される他、サイバー攻撃やその他の脅威に対する防御に役立つ。
(2)サイバー防衛のリーダー
NSAは米国政府のサイバーセキュリティ戦略の中心的な機関の一つだ。特に防衛産業基盤に対する脅威を防止し、排除することに焦点を当てている。国家安全保障システムを保護するためのサイバーセキュリティ製品やサービスも提供している。
(3)他機関とのパートナーシップ
NSAは他の政府機関や業界、学術機関、研究者と協力して、サイバーセキュリティの意識を高め、成果を高める取り組みを続けている。サイバーセキュリティ協力センター(CCC)を通じて、公共や民間のパートナーシップを促進している。CCCはサイバーセキュリティに関する教育や研究を促進して、業界の専門家を育成することにも力を入れている(キーマンズネット編集部)
報道によると、ホー氏はNSAの副局長で同局の文民幹部のウェンディ・ノーブル氏と共に解任されたという。「Cybersecurity Dive」がNSAにコメントを求めたところ、広報担当者は「付け加えることはない」として、国防総省の広報室へ問い合わせるよう促した。なお、コメントの要請に対して、国防総省の広報室からの回答はなかった。
2025年4月4日の朝の時点で、ホー氏とノーブル氏はNSAのWebサイトに幹部メンバーとして掲載されていなかった(注5)。現在の同サイトでは、NSAの長官代行およびサイバー司令部の長官代行として、ウィリアム・J・ハートマン中将が掲載されている。
Cybersecurity Diveに対する声明の中で、NSAの広報担当者は、同局における幹部の交代を認めたが、ホー氏とノーブル氏の状況に関するコメントは控えた。広報担当者は、「ウィリアム・J・ハートマン中将が米国サイバー司令部の長官代行兼NSAの長官代行兼中央保安局(CSS)局長代行に任命され、シーラ・トーマス氏がNSAの副局長代行に任命された。当局は引き続き国家の防衛と安全な未来の確保に尽力する」と述べた。
NSAは、米国のネットワークの防衛のみならず、脅威の特定や攻撃活動の妨害を目的とした攻撃的作戦においても、サイバーセキュリティ上極めて重要な役割を担う。同局のサイバー部門は公的組織と民間企業の両方に対して新たな脅威に関する情報を提供する他、サイバー犯罪ネットワークや国家が支援するハッキング活動への侵入と妨害にも協力している。
ホー氏の解任をめぐり、複数の議員が非難の声を上げた。上院情報特別委員会の副委員長を務めるマーク・ワーナー上院議員(民主党、バージニア州選出)は2025年4月4日の声明で(注6)、米国のサイバーセキュリティが極めて危機的な状況にある中でホー氏を解任したトランプ政権を強く批判した。
ワーナー氏は声明の中で次のように述べた。
「ホー将軍は30年以上にわたり、軍人として名誉ある立派な働きで国に尽くしてきた。中国によるサイバー攻撃『Salt Typhoon』が明確に示したように、米国が前例のないサイバー脅威に直面している今、同氏を解任することが一体どのようにして米国民の安全につながるのだろうか」
下院情報特別委員会の筆頭理事のジム・ハイムズ下院議員(民主党、コネチカット州選出)は、トランプ政権がホー氏の解任理由について透明性を欠いていることに強い懸念を示した。
ハイムズ氏は、「X」への投稿で次のように記した(注7)。
「NSAの長官の職からホー将軍を解任するという決定に、私は深い懸念を抱いている。ホー将軍は法律を順守し国家の安全保障を最優先に考える誠実で率直な指導者だ。そして、まさにそうした資質こそが、現在の政権における同氏の解任につながったのではないかと懸念する。この決定によって私たち全員の安全が脅かされることになる以上、情報特別委員会と米国民に対する即時の説明が必要だ」
ホー氏の解任は中国をはじめとする敵対的国家によるハッキング活動への懸念が高まる中での出来事だ。2025年3月31日の週に開かれた下院政府改革委員会の公聴会では、米国の通信事業者を標的とした最近の「Salt Typhoon」による攻撃が取り上げられ(注8)、対応策として、ハッキング・バック(報復的サイバー攻撃)を含む選択肢が検討されていた。
出典:Head of NSA and US Cyber Command reportedly fired(Cybersecurity Dive)
注1:National Security Agency chief ousted after far-right activist urged his removal(The Washington Post)
注2:After a brief pause, Trickbot rebounds from takedown efforts(TechTarget)
注3:CISA urges fired probationary workers to respond after federal judge grants order(Cybersecurity Dive)
注4:House members press Commerce Secretary Lutnick on DOGE-related job cuts at NIST(Cybersecurity Dive)
注5:NSA/CSS Leadership(NSA)
注6:Warner, Virginia Colleagues Push DHS to Reverse Cancellation of Crucial Infrastructure Funding(Mark R. Warner)
注7:House Intelligence Committee(X)
注8:In Salt Typhoon's Wake, Congress Mulls Potential Options(DARK READING)
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