米国の元サイバー防衛トップが警告 AIが発見する脆弱性の悪夢とは
生成AIは人間を上回る速さでソフトウェアの欠陥を見つけ出すことが可能だ。これは人手不足、専門家不足に悩む企業にとって良い知らせに聞こえる。このような見方に反対する専門家の意見を紹介する。
生成AIがサイバー攻撃やサイバー防衛とは切っても切れない関係になってきた。
サイバー防衛に生成AIを利用すると、技術者とは比較にならないほど高速にソフトウェアやシステムを分析、対応できる場面が増えてきた。これは一見好ましい状態に見える。だが、そうではないと主張する専門家もいる。
米国の元サイバー防衛トップが警告 AIが発見する脆弱性の悪夢とは
米国の元サイバー防衛トップは2025年9月22日に次のような警告を発した。
サイバーセキュリティの専門家はAIがソフトウェアの脆弱(ぜいじゃく)性を発見できるようになったことを過度に歓迎すべきではないという。なぜならば、脆弱性を見つけることは問題の一部に過ぎないためだ。
この発言をしたのは国家安全保障局(NSA)に34年以上勤務し、NSAのサイバーセキュリティ局長や、同局でサイバー戦を実行する情報収集部隊「Tailored Access Operations」(TAO)の責任者などの要職を務めたロブ・ジョイス氏だ。1期目のトランプ政権において大統領直属の上級顧問を務めて、サイバー領域を担当していた。
同氏はワシントンD.C.で開催されたGoogleの「Cyber Defense Summit 25」で次のように語った。
「これから次のようなことを述べる人たちが出てくるだろう。『大規模言語モデル(LLM)』が全てのソフトウェアをスキャンして大量のバグを見つけ、攻撃者が悪用する前に修正できるようになるのは素晴らしいことだ」
Googleのような大手テクノロジー企業であれば、AIが特定した脆弱性を迅速に分類してトリアージを実行し、パッチを適用できるかもしれない(注1)。一方、ジョイス氏は「現在の技術エコシステムには、すでにサポートが終了していたり、レガシー化していたり、そもそもパッチを適用できる担当者が存在していなかったりするシステムがあまりにも多い」と述べた。
ジョイス氏によると、ソフトウェアの脆弱性においてAIはすでに人間を上回る発見能力を有しているという。2025年6月には「XBOW」と呼ばれるAIエージェントが、バグ報奨金プラットフォーム「HackerOne」のランキングで首位に立ち(注2)、史上初の人間以外の脆弱性報告者となった。XBOWはその後もランキング上位を維持し続けている。
XBOWは何に役立つのか
本文ではXBOWの高い脆弱性発見能力について触れた。論理的な推論と探索が可能であり、まだ公になっていない新しい脆弱性(ゼロデイ脆弱性)を自力で特定する能力がある。ではXBOWの機能はそれだけだろうか。
XBOWは見つけ出した脆弱性について検証できる。つまり、脆弱性をスキャンした後、攻撃と検証を一貫して自動実行できる。技術者が長時間をかけて侵入テスト(ペネトレーションテスト)を実行しなくてもよくなる。これにより、目的のシステムをより堅固にできる。見つけ出した脆弱性に対して実用的なPoCを作成して、誤検出を減らすこともできる。
このように利用できるため、ソフトウェア開発のライフサイクルにXBOWをシームレスに組み込むことができる。新しいコードを開発者がプッシュすると、その瞬間に自動的に侵入テストを実行して、開発速度を落とすことなく、継続的にセキュリティを確保できるメリットがある。つまりDevSecOpsを実現しやすい(キーマンズネット編集部)。
「AIはあらゆるネットワークに焦点を当てて、いわば世界中のドアノブを絶え間なく揺らしている。睡眠や食事、家族との時間を必要とする人間には不可能な数の脆弱性や欠陥を見つけ出してしまうのだ。AIが人間よりも迅速に脆弱性を発見できるようになった世界では、サポートが終了したソフトウェアや適切に保守されていないソフトウェアが、最大のリスクになっていくだろう。私たちは西海岸の山火事のような大事件を目の当たりにすることになるかもしれない。全てを焼き尽くしてしまわない限り、より強く、より良いものを築き上げることができないという状況に陥る恐れがある」(ジョイス氏)
AIエージェントで効率的に企業の弱点を把握
サイバーセキュリティ事業を営むMandiantのジョン・ハルトクイスト氏(チーフアナリスト)との基調対談の中で、ジョイス氏はAIエージェントを自社の電子メールプラットフォームやナレッジベース、その他の業務システムに接続している企業に対して、深刻度の高い新たなリスクにさらされていると警告した(注3)。
「最近、企業内部でAIが悪用される事例が出てきた。攻撃者が企業システムに侵入した後、AIエージェントを使ってランサムウェア攻撃や恐喝攻撃の対象として利用価値のある情報を自動的に探し出すのだ。企業データに対してLLMクエリを実行して、攻撃に転用できそうな情報を抽出する初のマルウェアが登場しているほどだ」(ジョイス氏)
ジョイス氏は「企業の重要なシステムへの新たな侵入口をAIが見つけ出している現在、金銭目的で活動する北朝鮮の攻撃者グループは、今後AIシステムへの攻撃を得意とするようになるだろう。そこには金があるのだ。北朝鮮の攻撃者は自らの創造的な姿勢をすでに示している」(ジョイス氏)
出典:AI-powered vulnerability detection will make things worse, not better, former US cyber official warns(Cybersecurity Dive)
注1:DARPA touts value of AI-powered vulnerability detection as it announces competition winners(Cybersecurity Dive)
注2:The road to Top 1: How XBOW did it(XBOW)
注3:NSA sounds alarm on AI’s cybersecurity risks(Cybersecurity Dive)
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