第1回では、中堅・中小企業のIT導入がツール選定から始まりがちな構図を整理した。では、課題を整理した後、実際に何をどう選べばよいのか。生成AI、SaaS、ノーコード/ローコード、外部情シスと選択肢は増えているが、重要なのは「どれが正しいか」ではない。自社の課題や伸ばしたい領域に応じて、どこにどれだけ配分するかだ。
専任の情報システム担当者がいない。いても総務や現場との兼務で、日々の運用に追われている。そんな中堅・中小企業にとって、IT導入やDX(デジタルトランスフォーメーション)推進は、「何かを入れなければならないのに、選択肢が多すぎる」という悩みを伴いやすい。
第1回では、こうした企業ほど課題整理より先にツール選定へ進みやすく、その結果として「うちには合わない」という結論に戻りやすいことを整理した。では、従業員が持つべき仕事と、そうでない仕事を切り分けた後、企業は何を基準に手段を考えればよいのか。一般社団法人日本デジタルトランスフォーメーション推進協会の森戸裕一氏は、AIやSaaS、ノーコード、外部委託を二者択一で比べる発想自体が、中小企業には合いにくいと指摘する。
生成AIやSaaS、ノーコード/ローコードツール(以下、ノーコード)に外部情シス。弱い情シスの会社がIT導入を考える際、こうした選択肢が同時に目の前に現れる。どれを選ぶべきかと問いたくなるところだが、森戸氏は、どれか一つの正解を探す発想ではなく、複数の手段をどう配分するかで考えるべきだと整理する。
「どっちか良いかという考え方になると、どちらかを捨てなければいけなくなります。そうではなく、自分たちの会社にとって何が重要課題なのか、逆に考えなくてもいいことは何なのかを整理するべきです」
例えば、今まで読み解けていなかった市場や業界の変化を探りたいなら、生成AIに寄せる比率は上がる。逆に、会計や営業管理、人事労務のように、日々の業務プロセスを整えたいならSaaSへの比率が高くなる。森戸氏は、「どれを選ぶか」を先に決めるのではなく、自社の課題と目的を踏まえて「どこにどれだけ寄せるか」を考えるべきだと説明する。
その際の判断軸として、森戸氏が挙げたのは、今抱えている課題と今後伸ばしたい領域、そしてコストだ。特に中堅・中小企業では、初期費用だけでなく、月額課金や運用負荷まで含めた継続コストを見落としやすい。どの手段が自社の目的に対して投資に見合うのかを見極める視点が欠かせない。
SaaSは基幹業務に近い領域で使うため、投資の効果が比較的見えやすい。一方、生成AIは現時点では、中小企業にとって常時使い続ける基幹業務の道具というより、調査やたたき台づくり、業務効率化のための手段という位置付けが強い。この違いは、費用のかけ方にも影響する。
では、それぞれの手段はどんな役割を持つのか。まず生成AIについて、森戸氏は「完成品をそのまま受け取る道具」として見るべきではないと話す。
文書作成や情報整理の効率化で生成AIを使う例は増えている。だが、そこで出てきた結果は最終成果物ではなく、あくまで人が仕上げる前のたたき台だという位置付けが重要だという。
「正解が決まっていないもの、例えばマーケティングの方向性や業界動向の整理、新規事業のたたき台づくりのようなものには向いていると思います。中小企業はそういう部分をセミナーやコンサルで補ってきましたが、そこはAIでかなり補完できます。最終的に判断するのは経営者や担当者ですが、ゼロベースからたたき台を作ってもらうところには向いています」
ここで言う「たたき台」は、“完成済みの答え”ではない。例えば、業界動向の整理や新しい事業の方向性、外部環境の変化を踏まえた打ち手の候補、経営者に示す説明資料のたたき台などだ。森戸氏は、こうした材料をAIに作らせることで、中小企業でも「今まで見えていなかった世界」を見やすくなると考える。経営企画室のような専用の部署を持たない企業ほど、この使い方の効果は大きいという。
一方で、生成AIを「正解を教えてくれる存在」として使う発想には一貫して慎重だ。生成AIは、人が最終判断する前提で使うべきであり、機密性が高い情報や責任を伴う判断をそのまま投げる対象ではない。この点は、第1回で示した「アルバイトに任せられるか」という考え方の延長にある。
これに対して、SaaSは役割が異なる。森戸氏は、SaaSの価値を「業務プロセスを整えること」に置く。
「SaaSは、世界の超一流企業や大きな組織が使っている業務プロセスを中小企業でも取り入れられるところに価値があります。自分たちなりのやり方でバラバラにやっていた業務を整えたいなら、AIではなくSaaSの方が向いています」
具体的には、SFA(Sales Force Automation)やCRM(Customer Relationship Management)、会計、人事労務、経費精算、問い合わせ管理といった、業務の型がある領域だ。こうした領域では、自社独自のやり方を守るよりも、SaaSが用意した標準機能に業務を寄せた方が、結果として運用しやすい。第1回でも触れたように、中堅・中小企業では業務の標準化が十分でないことが多いからこそ、SaaSを入れる意味は「便利な機能を使うこと」より、「業務を整えること」にある。
もちろん、こうした取り組みが直接競争力に結び付くとは限らない。だが、業務プロセスが整っておらず、部署ごとにやり方がばらばらな企業にとっては、まず業務の型を整えること自体に大きな意味がある。森戸氏は、こうした「整えるための投資」は、日々の業務で使う分だけ中小企業にも納得されやすいと説明する。
一方で、ノーコードはSaaSとは逆方向の発想になる。SaaSが既にある型に業務を合わせる道具だとすれば、ノーコードは現場からボトムアップで業務を整えていく道具だ。
「今まで『Microsoft Excel』や表計算ソフトで工夫しながらやっていたものを、みんなが共有できる形にする。しかも、現場の担当者が少しずつ手を入れてシステムを育てていける。そういう意味では、ノーコードは現場主導の業務標準化に向いています」
向いているのは、申請フォームや台帳、案件管理、備品管理、日報入力、現場ごとのチェックリスト、部門内だけの小さな承認フローなどだ。SaaSほど大きな仕組みは不要だが、Excelや紙のままでは属人化が残る、という領域にフィットしやすい。
ただし、森戸氏は「ノーコードは安い」という見方には注意が必要だと話す。市民開発を前提にノーコードを導入した企業が、ライセンス費や運用負荷の積み上がりによって、想定以上にランニングコストがかかっていたと気付き始めていると指摘する。
「最初はスクラッチで作るより安い、自分たちで直せるから柔軟だということで入りますが、運用していく中で、全従業員分のライセンスや、そこでシステムを作っている従業員の工数がかかっていることに気付くという流れです」
特に見えにくいのは、従業員が内製しているコストだ。外部委託であれば金額が顕在化するが、社内で作っていると「人件費」や「本来やるべき仕事から奪っている時間」が見えにくい。この視点はノーコードに限らず、中堅・中小企業のIT投資全般に共通する論点だろう。
外部情シスについても、単なる人手不足の穴埋めではない見方を森戸氏は示した。自社だけでは担いにくいセキュリティ運用やデータ管理の信頼性を、外部の力を使って組み込むという考え方だ。
「セキュリティ管理やデータ保全のように、自社だけではなかなか対応しきれないところがあります。そういう時に、上場企業で、ISO認証も持っていて、データ管理でも評価されているような会社に一部の運用を任せると、その会社の信頼性を自社の中に組み込めるわけです。自前では難しいところを、外の力で補うという考え方は十分あると思います」
外部情シスを利用する場合でも丸投げにはせず、自社で握るべき判断や情報は持っておく必要がある。だが、弱い情シスの会社にとっては、単に「人手不足を補う」以上に、「外部の信頼を借りる」こと自体が戦略になり得る。
こうして見ると、生成AIやSaaS、ノーコード、外部情シスは、競合する選択肢ではなく、役割の違う手段だと分かる。では、弱い情シスの会社はどこから考えればよいのか。
会計や人事労務のように毎日回る基幹寄りの業務なら、SaaSへの投資は合理的だ。紙の申請や現場日報、簡易な管理台帳のように、現場で少しずつ精度を上げたい業務ならノーコードが合う。業界動向や新規事業、経営判断の材料づくりのように、正解のない領域を広げたいなら生成AIの出番になる。セキュリティやデータ保全の信頼を補いたいなら、外部情シスを使う余地が大きい。
例えば、繁忙期と閑散期の差が大きい業務では、繁忙期だけ膨大な伝票処理や電話対応が発生することがある。そうした領域は、常時SaaSを厚く入れるより、AIで一次処理や整理を自動化する方が合理的な場合がある。一方で、会計や営業管理のように、日々の手順を安定して回すこと自体が重要な領域では、SaaSで業務を整える方が優先される。
「どっちが正しいかを比べるのではなくて、両方使う前提で配分を考えることです。自分たちの会社の重要課題は何か、考えなくていいことは何かを整理すると、その配分が見えてきます」
弱い情シスの会社に必要なのは、流行の手段を一つ選ぶことではない。課題や目的、コストを見ながら、複数の手段をどう配分するかを考えることだ。その視点を持てるかどうかが、「またツール選びから始める」の先へ進めるかを分けそうだ。
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