生成AIを導入したものの「現場で使われない」「効果が見えない」と悩む企業は多い。活用が広がれば、今度はガバナンスの問題に直面する。単なるツール導入から抜け出し、AIを全社のインフラとして定着させて業務改革を推進するには、どのように取り組みを進めるべきか。生成AIによる業務変革のエキスパートが明かした。
ビジネスの現場で生成AIの導入が進む一方、「期待したほど現場で使われていない」「導入効果を明確に説明できない」と頭を抱える担当者はいまだ多い。活用が広がり始めた組織であっても、機密情報の漏えいリスクやガバナンスといった統制の問題が顕在化している。生成AIの活用は、単に便利なツールを導入するフェーズから、いかに全社の共通基盤(インフラ)として取り入れ、日々の業務に組み込んでいくかが問われるフェーズへと移行しつつある。
見方を変えれば、これは組織全体の業務プロセスを根本から見直し、変革する絶好の機会だ。定着と統制の壁を乗り越え、生成AIの全社展開を進めるにはどうアプローチすべきか。JTPの清水怜美氏(インテリジェント・トランスフォーメーション部課長)が実践的な解を示した。
清水氏は、生成AIが登場する以前より、同社のプラットフォームサービス「Third AI」(サードアイ)を通じてチャットbotなどによる企業のAI活用を支援してきた。年を経るごとにAIができることは増え、技術者・非技術者を問わず日常業務でAIに触れる機会が増加しているという。
だが、現場の実態を見ると、順調に全社展開できている企業ばかりではない。特定の関心が高い人しか使っていない、あるいは効果検証を目的としたPoC(概念実証)の段階で止まるなどして、現行業務の延長線上での活用にとどまっているケースが散見される。
帝国データバンクが2026年3月に発表した「生成AIに関する企業の動向調査」によれば、生成AIを「非常に活用している」(4.4%)、「やや活用している」(30.2%)と答えた企業は合計で34.5%となり、3社に1社が活用を進めている状態だ。企業規模別で見ると大企業が46.5%と先行しており、中小企業は32.4%、小規模企業は28.0%と、組織の規模によって導入の進み具合に差が見られる。
また、すでに利用している企業の86.7%は「業務に効果あり」と回答し、「悪影響なし」とした企業も67.7%に上った。現状は判断そのものをAIに委ねるのではなく、文章作成や要約、校正、情報収集など、人の作業を楽にする補助役としての使い方が中心だ。一方で、同じ質問をしたはずなのに回答が変わったり、モデルのバージョンが上がったら以前と同じプロンプトで異なる回答が返ってきたりするなど、AI特有の正確性や出力の癖に課題を感じている企業も一定数存在する。
こうした停滞感を打ち破り、AIの全社展開を推進するための大前提として清水氏が挙げたのは、AIを単なる便利ツールではなく、組織のビジネスインフラとして捉え直すことだ。
「AIがインフラになるとは、単に新しいツールを1つ入れるという話ではなく、仕事をする上でそれが大前提になるということです。インターネット普及後のWebやメール、チャットツールなどと同様に、企業活動を支える全社の共通基盤として位置付けるのです」(清水氏)
一部の推進担当者だけが使うのではなく、多くの従業員が日常の業務で当たり前のように使う状態を目指さなければならない。それに向けたポイントは大きく4つある。
1つ目は、必要な従業員が必要なときに使える環境の整備だ。一部の部署しかアクセスできない状態や、社内稟議(りんぎ)を経なければ使えない状態では、現場の従業員にとっては特別なツールのままであり、インフラとは言えない。誰もがタイムリーに、役割に応じた権限で利用できる仕組みが求められる。
JTPでは、自社のプラットフォームであるThird AIを社内の共通基盤として活用した。「Microsoft Azure」のセキュアな環境で、「GPT」や「Claude」「Google Gemini」などの多様かつ最新のAIモデルを業務で安全に利用できる環境を提供している。従業員が業務効率化のため、個人で利用する社外のAIサービスに会社の機密情報を入力してしまうといったリスクを防ぐためにも、安全に使える会社公式の環境を用意することが不可欠だ。
2つ目は、安全に使えるルールと運用の策定だ。現場へ定着させるには、情報漏えいへの不安だけでなく、AIの出力結果をどう扱えばよいかという戸惑いも払拭しなければならない。JTP社内でも、セキュアな環境が用意されているのにもかかわらず、「ここに情報を入れて本当に大丈夫なのか」と不安がる従業員を見かけるという。
清水氏は、「ルールが曖昧なまま活用を呼びかけても、従業員を戸惑わせるだけです。利用可能なツールを明示するとともに、『AIの生成物はあくまでも下書きとし、最終的なアウトプットの確認と判断は従業員一人一人が責任を持って行う』といったルールをガイドラインとして整備し、セキュリティ教育とセットで展開していく必要があります」と語る。
3つ目は、業務の中で日常的に使える仕組み作りだ。単にAIプラットフォームを社内に開放するだけでは、検索エンジンのように調べ物をしたり、アイデア出しの補助に使ったりする程度の活用で止まってしまう。現場の業務プロセスのどこで使えるかのヒントを示し、「週に1回の定期業務で使ってみよう」といった具体的な落とし込みを行う。
JTPの場合、汎用(はんよう)的なチャット形式の機能だけではなく、Third AI上で議事録作成やドキュメント翻訳などの各業務に特化した機能を持つ「ミニアプリ」を作成し、従業員に提供している。業務特化型のAIアプリを共通基盤上に用意すれば、実務での活用を直接的に後押しすることができる。
4つ目は、教育や支援、改善の仕組みを設けることだ。「ツールを提供するだけでは、指示の出し方一つで成果に大きな差が生じます。うまく使いこなしている従業員のナレッジを全社で共有し、『こういう使い方もあるのか』と目線を合わせ、なおかつそれを継続的にブラッシュアップしていくような体制が必要です」と清水氏はアドバイスする。
もう一つ留意すべきことがある。AIを使える環境を整えれば、自動的に現場の業務改革が進むわけではないということだ。環境を提供するだけでは使う人と使わない人に二極化してしまい、実質的な利用者が全体の3割程度の低い水準にとどまりかねない。
AIを利用する各人のスキルに成果が依存してしまうと、有益なテンプレートやノウハウが共有されず属人化が進む。
「JTP社内でも、AIを使って議事録のフォーマットを作り、一瞬で記録を終わらせる人もいれば、現在も手書きで議事録を書き、抜け漏れのチェックに時間をかけている人もいます。AIを使いこなす人の業務スピードが飛躍的に上がることで、使える人と使えない人の常識が大きく乖離(かいり)していきます」(清水氏)
このような状態を放置すると、AI活用を推進していたコアメンバーが担当を離れた途端、それまでに築き上げたやり方が全く使われなくなるといったことが起きる。結果として業務プロセスは従来と変わらず、AI導入の費用対効果も見込めないまま、これまでの仕事のやり方に戻っていってしまう。真の業務改革を実現するには、「『便利だから使う』という段階から抜け出し、『業務課題を解決するために使う』という視点で仕事の流れそのものを見直さなければなりません」と清水氏は話す。
業務改革を進める際は、部門単位などの大まかなくくりではなく、業務や工程の単位で細かく現状分析を行う。まず時間がかかっている作業や反復作業を特定し、次にAIが担う部分と、最終的な判断と責任を人が担う部分とを明確に切り分ける。
そのうえで、効果測定の指標(KPI)を何にするかが重要となる。明確な指標を定めずに導入した場合、「作業を30分短縮できた」といった漠然とした評価になりがちだ。そうではなく、作業時間を短縮した結果として「案件の受注件数がこれだけ増えた」「残業時間が何時間減った」など、ビジネス成果にひも付く明確な指標を設定して取り組むとよい。
もし業務への落とし込みが曖昧なまま進めてしまうと、失敗のリスクが高まると清水氏は指摘する。
「例えば、営業担当者の提案活動を支援しようと、営業先企業の基本情報を調べたり、過去の商談履歴を管理したりするツールを作ったとします。アイデアとしては魅力的ですが、それが毎日のルーティンとして行う作業でない場合、使われなくなる可能性が高いでしょう。本当にAIが必要なのはどの部分かをしっかりと見極めて実装しなければ、プレゼンテーションの場では見栄えがするアイデアも、現場のユーザーに毎日使ってもらうのは難しいのです」(清水氏)
業務への落とし込みが不十分なまま進めた結果、現場での活用が行き詰まってしまう企業には、共通して次のようなつまずきが見られる。
1.現場の課題を置き去りにして「何ができるか」という機能起点で考えている。これでは現場のニーズと合致せず、使われないシステムになってしまう
2.社内で活用アイデアのコンテストなどを実施して面白い案が出ても、本格導入の担い手や運用体制が決まらずPoC止まりになっている
3.具体的にどの業務をどう変えるかの設計がなく、AIが毎日の業務ルーティンに組み込まれていない
4.推進の責任者や成果を測る指標が曖昧になっている
5.優秀な個人の成果を、他の人が再現するための教育や標準化の仕組みがない
これらのつまずきから見えてくるAI活用の本質がある。導入の成否を分けるのは、単にツールを配布したかどうかではない。いかにAIを業務に組み込み、誰もが同じように成果を出せる「再現性」を組織内に構築できるかどうかにかかっているのだ。
また、組織全体へAIを普及させるには、段階的にチャレンジを広げていくためのマイルストーンの設定が不可欠だ。まずは基盤整備を行い、誰もが安全・安心に使える土台を作る。次に特定の重点業務で成果を出して成功モデルを示す。さらに、その成果を特定の個人のものにとどめず標準化し、他の業務や部門へと横展開していく。そして最終的には、それを日々の業務として定着・改善するサイクルを回していく。
AIの全社展開において、ツールの選定はゴールではなく、スタート地点にすぎない。成否を分けるのは、こうした一連のマイルストーンを描く「導入後の推進設計」だ。
「単にAIを提供するだけでなく、業務の単位で実装し、マイルストーンに沿って普及と定着を進めていく。常に自社の現在地はどこか、どの部分を重点的に押していくべきかをしっかりと見極めて取り組むことが、AI活用の成果を大きく左右するのです」(清水氏)
本稿は、2026年6月2日に開催されたカンファレンス「Al Market ExCon 2026」(主催:BizTech)のJTP講演「生成AI全社展開、そこで止まっていませんか?」における内容を基に、編集部で再構成した。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
製品カタログや技術資料、導入事例など、IT導入の課題解決に役立つ資料を簡単に入手できます。