災害の教訓を今こそ生かせ、強靭で柔軟なサプライチェーン構築:すご腕アナリスト市場予測(2/5 ページ)
東日本大震災や熊本地震など、災害によるサプライチェーン断絶を防ぐための柔軟で強靭(きょうじん)なサプライチェーン構築の考え方を大解剖。
ジャストインタイム方式が原因なのか?
トヨタの生産方式として有名なのが、「ジャストインタイム(カンバン)」方式であり、必要な部品は必要な数量だけ部品メーカーから調達し、在庫は最低限しか持たないというのがその特徴だ。これが今回のライン停止の要因とする説がある。それはその通りかもしれない。しかしトヨタが今回の損害を受けて、部品在庫を大きな余裕を持って確保するような決断をするだろうか。答えは明白にノーだ。
ジャストインタイム方式はトヨタの世界的成功を支えた戦略の一部。一時的、特異的な事象に対応するためにその大方針を曲げた上に在庫を増やして巨額なコストを積んでしまうと、平時の競争力をたちまち失う可能性が高い。トヨタほど厳密な方式をとっていなくとも、コスト削減、適正在庫はどんなメーカーにとっても存続に関わる課題だ。その上で災害時のBCPをどうすれば良いのか、悩む企業は多いだろう。
その対策の主なポイントは2つだ。1つはある工場が停止しても別の工場で部品生産を継続できる「代替生産」が可能な体制を整えること。もう1つは、専用部品を汎用(はんよう)化、標準化し、できれば地理的に互いに離れた複数のメーカーから調達できるようにすることだ。
こうした対策については2000年初頭から、自動車業界や航空機業界のような多種類の部品数を必要とする業界で熱心に取り組まれてきた。当初主眼とされたのは、BCPではなく、グローバルな需要変動を吸収できる仕組みとしての側面だ。具体的には、専用部品の汎用化や、サプライチェーンの各段階での在庫適正化、サプライチェーン全域を通した情報共有の仕組みの構築などの施策が取られてきた。
2015年に発表されたトヨタのTNGA(次世代車両プラットフォーム:トヨタ・ニューグローバルアーキテクチャ)や、フォルクスワーゲンのモジュール戦略などはこのようなトレンドにも対応した代表例だ。
TNGAでは、複数車種の同時開発(グルーピング開発)による部品の共通化、購入部品の基準を「グローバル基準」にして調達コストを引き下げる、仕様を標準化して部品種類を削減するといった取り組みが行われる。いずれもグローバルに調達先を拡大し、品質とコストのバランスが良く、しかも柔軟に調整が効く部品調達実現を狙っている。
こうした取り組みに特に日本で拍車を掛けたのは、2011年の東日本大震災だ。このときも地震とその後の原発事故、計画停電といった困難な事態が相次ぎ、サプライチェーンの再整備は特に大企業の大きな課題として取り上げられた。
トヨタでは2次請け3次請け企業ばかりか、10次請け企業までの部品供給パートナーを調べ上げ、戦略にのっとった標準化や適正ストック化、万一の場合の代替生産の仕組みづくりなどの対策を取ってきた。それでも新たな大災害には完璧に機能しなかったというわけだが、約2カ月で生産ライン復活にこぎつけたのはこうした努力の成果でもあるだろう。
このような生産ラインの複線化、あるいは水平統合への取り組みは、もちろん自動車産業ばかりでなく、さまざまな業界の大規模企業で行われている。それは国内にとどまらない。例えば米国市場とアジア市場とで需要状況に応じて部品を融通しあうようなSCMを実現している企業もある。
中堅・中小メーカーではなかなか自社の主導で複線化を実現するほどの投資はできないが、サプライヤー同士が協力し、たとえ競合相手であっても特定部品の生産ラインを貸し合って不測の事態に備えたり、お互いの生産品を融通しあったりする連携プレーが可能な企業間での体制作りを図るケースも出てきている。
もともと日本製品の国際競争力は、最終製品流通に至るまでの各段階に関わるさまざまな企業が単に個別の取引で利益を得るのではなく、協力し合って技術を高め、アイデアも競い合い、高品質かつ低コストな製品づくりに貢献する一種の文化によって成り立っている部分が大きい。この強力なサプライチェーンは、最終製品の需給調整力の源にもなっている。従来は大企業主導による垂直的なサプライチェーン形成が支配的だったが、現在はよりグローバルな需給調整に対応し、災害などによる寸断をカバーすることも可能な、水平分散したサプライチェーンに変わらざるを得なくなってきている。SCMも、このトレンドに合わせた変革が必要だ。
そこで重要になるのが、生産の下請け構造の変化に見合った情報共有の仕組みだ。発注企業は従来、1次請け企業との間の情報共有は緊密に行ってきており、2次請け企業の情報も1次請け企業を介して共有可能なケースが多い。しかし3次請け、4次請け企業、さらにそれ以降の下請け企業との情報共有はできていないケースがほとんどだ。
大災害のときには、3次請け以降の、発注元に見えていない部分がボトルネックとなることが容易に予想される。他企業からのサプライを受ける場合には、SCM構造の全体像を把握し、できるだけ幅広い情報共有ができる仕組みの構築がますます大切になる。
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