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約7000人の従業員に活用を促した、電通のRPA導入成功の鍵

全社約7000人の従業員を抱える電通では、全社を対象とした大規模導入を行い、約600もの業務へのRPA大規模適用させ、継続的な効果を創出している。同社の大規模導入の手法、スケールのポイントは?

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 RPAの導入が進む中で、PoCを終え、本格導入に進もうという企業が増えてきた。しかし、多くの企業が苦心するのは、社内でRPAが普及する環境を整えることだ。

 全社約7000人の従業員を抱える電通では、全社を対象とした大規模導入を行い、継続的な効果を創出している。異例ともいえる大規模導入を成し遂げた鍵は、同社のRPA推進エンジンである「ロボット人事部」だ。本稿では、ロボット人事部のマネジメントを担う電通 ビジネスプロセスマネジメント局 局長の小柳 肇氏に、同社の大規模導入の手法、スケールのポイントなどを聞いた。

約1年で600業務の自動化――類を見ない大規模プロジェクト

 小柳氏は「RPA導入はトップダウンで決まり、全部署に対して一斉にRPAの活用を呼びかけました」と振り返る。2017年3月から同年末までにRPA適用業務を400業務まで急速に増やし、「月間で1万2000時間を創出」「媒体社ヒアリング集計作業が3時間から数秒に短縮」といった効果を発表した。さらに現在も拡大しており、大きな時間が創出されている。

 背景には、働き方改革への取り組みがあった。改革に伴う業務量の実態調査では、業務部門の多くの時間が煩雑で単純なオペレーション業務に費やされていたことが明らかになった。部署によっては実に47%がオペレーション業務だったという。単純作業に追われることで、生産性が落ち、さらに思考を伴う業務の時間が少なくなる。この負のサイクルを抜け出し、思考を伴う業務の拡大によって、付加価値を生むためにRPAが導入された。

 トップダウン型のRPA導入事例は少なくないが、このように初期から大規模導入を実施するケースは類を見ない。また導入後1年に満たない段階で大量のロボットを稼働させ、定量的成果を示すケースもまれだ。

 しかし、同社の導入手法や社内啓蒙への取り組み、運用体制には、RPAのスケールを目指す企業が見習うべき点が多々ある。

プロジェクトの肝は「ロボット人事部」

 RPA導入における1番のポイントは、RPA導入の推進チームである「ロボット人事部(愛称)」を組織したことだ。

 2017年3月に発足したロボット人事部は、ITエンジニアおよび業務部門の経験者から成る約20人のタスクフォース。「テクノロジーの勘所がありつつ、現場経験が豊富で、部門の事情をよく知るスタッフをロボット人事部に集めました」と小柳氏は話す。

 主な業務として、ロボット化の戦略立案や実行といったプロジェクトの推進はもちろん、ロボット化の検討や開発から、社内へのスケール、運用、保守までRPAのライフサイクルに伴走して必要な対応を行う。

ロボット人事部の主なミッション
ロボット人事部の主なミッション,ロボット人事部の主なミッション,ロボット人事部の主なミッション(出典:電通)

 ロボット人事部はRPA導入プロジェクトの全てのフェーズにおいて重要な役割を担うが、導入初期にはまず、現状業務の分析と断捨離を行い、RPA化すべき領域を絞り込んだ。

 具体的には業務を6つのカテゴリー、すなわち「廃止」できる業務、「業務改革」や「簡素化」で削減できる業務、アウトソーシングして「外部化」できる業務、「インフラ再構築」が必要な業務、そして「RPA」が適用できる業務に分け、自動化の対象業務を選定した。

ツール選定の要件は一元管理や画面リーディング力

 全社導入を行った同社では、当初から開発、運用ルールを決めており、ツールもその要件を満たすものを選んだ。後に詳述するが、ロボットの作成、運用管理はロボット人事部が一括して担当。現場のユーザーは、ロボット人事部に要件を伝えて必要なロボットをオーダーし、出来上がったロボットを利用するという運用ルールだ。この前提のもとに、RPAツールを次のような視点で評価した。

(1)業務現場のスタッフ任せではなく、ロボット人事部が統括して運用しやすいこと

(2)多種多様なロボットを一元的に管理し、スケールできるオーケストレートの機能を持つこと

(3)さまざまなWebサービスからデータを取得できる画面のリーディング力があること

 現場は開発に携わらないため、比較的高度な技術を要するものの、多機能なツールを選定した。しかし、小柳氏によれば「ロボットを使うかどうかを決めるのは現場の人。強制的に使わせるのではなく、RPAの効果を現場の人に納得してもらう」ことが必要だ。現場の従業員がストレスなく使えることは重視した。

 なお、同社は現在利用中のRPA製品だけではなく、複数ベンダーの製品を継続的にベンチマークしているという。

RPAオーケストレーションツールによる運用管理のイメージ
図2 RPAオーケストレーションツールによる運用管理のイメージ(出典:電通)

社内啓発はロボットの機能別のカタログで

 全社に一斉展開するに当たっては、従業員の活用を推進するために社内PRを行った。導入当初の同社では、RPAの認知度も低く、ロボットによる自動化に懸念を抱く声があったという。小柳氏も、今回の取材とは別の講演で「当社は、人間力がある企業。テクノロジーで課題を解決することに戸惑いを覚える従業員もいました」と話す。

 そこで、具体的な啓発活動として、RPAがどのように動くのかイメージできる動画を作成した。また、ロボットが備える機能を8つのカテゴリーに分けて整理し、カタログ化して公開した。従業員がRPA化できる作業を自分で発見し、どのようなロボットをオーダーすればよいのか判断する手助けになったという。

ロボットのカタログ化
表1 ロボットのカタログ化(出典:電通)

現場には開発させない――ガバナンスを重視した運用ルール

 大規模展開に当たって重要になるのが、ロボット開発・運用ルールだ。前述したように、同社では従業員からのオーダーを基に、ロボット人事部が開発と運用管理を一括して担う。この基本ルールは、ガバナンスの保持、効果的なRPAのスケール、ロボットの品質保持に寄与している。以下で詳しく説明しよう。

(1)ガバナンスの保持

開発と運用管理をロボット人事部が担うことで、部門で勝手に作られる「野良ロボット」が発生する余地はなく、統制の効いた大規模ロボット展開が可能になった。

(2)効果的なRPAのスケール

 ロボット人事部では、マネジメントチームが対象業務を仕訳し、優先順を付けてロボット開発に取り組む。業務ノウハウのあるマネジメントチームが決定権を持つことで、効果の出る業務にRPAを適用する狙いがある。

 ちなみに、ロボット化の可否や優先順位の判断は柔軟に行うことが鍵だ。例えば、初年度は、どれだけの時間が創出できるかを大枠の基準とし、数百人が行うオペレーション業務を打ち取ることで大きな効果を得た。しかし、ボリュームの大きい共通業務の数は限られ、現在は一人の従業員の仕事がどれだけ楽になるかを重視しているという。今後はロングテールで効果を発揮する業務の自動化が主になると小柳氏は考えている。

放っておくと使われなくなる「ロボネグレクト」

 ロボットを開発してユーザーに納品した後も、ロボット人事部の仕事は終わらない。従業員がロボットを使い続けるよう、ユーザーの業務自動化に伴走し、必要なメンテナンスや改善を行い続ける。

 「RPAにはプチトラブルがつきものです。一度ロボットが止まってしまうと、ユーザーはすぐにロボットを放置するようになり『ロボネグレクト』が起きてしまう。何年も手作業で行ってきた仕事では、止まるロボットを使うよりも自分でやってしまう方が早いと考えるためです。そうした事態を回避するために、トラブルにはすぐに対応し、ユーザーの要望や業務の変化に合わせてロボットを改善していくことが重要です」(小柳氏)

 ロボット人事部がRPAの活用を維持し、さらに他の領域にロボットを適用させることで、頭脳を使う仕事の時間が増え、生産性も向上する。その改善サイクルを、社内全体で作り出していくことで大きな改革の波となる。ロボット人事部は改革の種を全社にまき、育て、波及させていく重要な役割を担うといえる。

 「通常のSI案件と異なり、RPAはユーザーに納品してからがスタートです。常にユーザーに寄り添って、終わりはありません。ロボット人事部のような組織がなければRPAは成功しないでしょう。今後、RPA活用に行き詰まる企業も増えてくると思います」(小柳氏)

 しかし、常にユーザーのRPA活用に伴走して動く組織を持てる企業は少ない。そこで小柳氏は、「日本のロボット人事部」が必要だと語る。すなわち、同一のプラットフォームで多くの企業がロボットを共有し、その活用を横断的に見守る組織だ。RPAの初期ブームは終息しつつあるといわれる中、日本のロボット人事部がその打開策ともなるだろうと小柳氏は話した。今後も、同社の「働き方改革」における1つの支柱として、RPAは重要な役割を果たすことになるだろう。

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