なぜ人事データに「顔写真」が必要なのか? たった4人で5000人を“やる気”にさせる人材管理術
成長を続けるサイバーエージェントを支えているのは、何よりも「人」の力だ。同社は常に従業員のコンディションを考え、一人一人の才能を開花させる取り組みを行うという。
「Abema TV」「Ameba」「AWA」といったメディア事業やインターネット広告、スマホゲームなどインターネットやモバイルを軸に幅広いサービスを展開するサイバーエージェントは、現在100を超えるグループ会社を抱え、全体で約5000人の従業員を擁する。そのビジネスを推進するのは何よりも「人」であり、同社はビジネスと同様に人材マネジメントにもコストと時間、労力を注ぐ。そう考える同社が有効な人材マネジメント施策を考える上で、軸にしていることがある。それが以下の3つの項目だ。
- 顔と名前を知ること
- 従業員と組織の“コンディション”を知ること
- 常に従業員の才能が開花する場所を考えること
この3つを指針とし、サイバーエージェントグループの人材マネジメントを支えるのが、人事戦略本部に配置された専門組織「キャリアエージェント」だ。適材適所の人材配置や育成といった人事戦略に関わる業務を一手に担い、経営層や事業部門と連携を取りながら、社員一人一人の能力を最大限に引出すための人事戦略を担う中枢部門である。このキャリアエージェントはどのような人事戦略を実行しているのか。以上の3つの指針を基に説明しよう。
人事データに従業員の「顔写真」が必要なワケ
役員会議といえば、経営情報や事業戦略を中心に進められるのが一般的だが、サイバーエージェントはそうではない。同社の役員会議で使われる資料の約半分は人事情報で占められているという。なぜなら、事業戦略だけではなく、「誰が事業の責任者を務めるか」「どういう人事体制でプロジェクトを進めているか」など適切な人材配置を考えることも重要だと考えるからだ。
同社には、従業員の顔と名前を一覧にした独自リストが存在する。なぜ顔写真が必要なのか、どのように活用するのだろうか。
これは人材管理ツール「カオナビ」の機能の一部である「シャッフルフェイス」を利用して作成されたもので、入社年次とグレード(評価)などの人事情報と、顔写真と氏名などの従業員情報がクロス表示されている。このリストを活用して、新規プロジェクトを立ち上げる際のメンバー選出や、メンバーが今よりもパフォーマンスを発揮できる部署はどこか、といったトピックが経営会議で議論される。
サイバーエージェントの人材戦略本部 キャリアエージェントに属する大久保 泰行氏は次のようにコメントする。
「経営層と適材適所の人事配置を議論する際は、単なる組織図やメンバー一覧リストだけでは不十分です。重要なのはそれぞれの『顔』が見えることです。当社は5000人の従業員を擁するため、経営層は従業員の顔は覚えていても、名前が出てこない場合もあります。そのため、氏名だけが一覧表示されたリストでは話が前に進まないのです。不確かなまま議論を進めると、人材配置の判断を誤る恐れがあります」
この考えによって、サイバーエージェントの経営会議では、必ず顔と氏名を一覧表示した独自リストが使われる。従業員の顔を基にした人材管理といえば、今では企業規模関わらず多くの企業で導入されている「カオナビ」がある。実は、これはもともとサイバーエージェントがカオナビに開発を依頼したことで生まれたものだ。
サイバーエージェントが人事議論に従業員の顔写真が必要だと気付いたのは2010年頃のこと。最初は、労務チームが人事データベースから顔写真を取り出し、手作業で顔と氏名を載せたリストを作成していた。この作業を省力化するため、同社はカオナビに「顔が見られる人事管理システム」の開発を委託した。それが、今の「カオナビ」の原型である。
サイバーエージェントは、現在でもカオナビの「シャッフルフェイス」を活用している。社員の顔写真と名前、入社年次や評価(グレード)などさまざまな軸でクロスしたマトリクスを表示できる。顔写真をクリックするとプロフィールが表示され、目的に合致するか否かを即時に判断できる。
「お天気マーク」で従業員のコンディションが分かる?
サイバーエージェントの人材マネジメントで最も重視するのが、従業員のコンディションを把握することだ。組織や与えられたミッションとのミスマッチなどにより従業員のモチベーションや仕事に対するやる気が低下しては、どの業務も決してうまくは運ばないと考える。そのため、同社は従業員のコンディションを把握する仕組みを取り入れ、定期的にチェックしている。同じ組織に属する従業員のコンディションと比較することで、組織の課題が見えてくることもある。ただ、そうは言っても、目に見えない従業員の「コンディション」をどうすれば把握できるのだろうか。
そこで、サイバーエージェントは社員へのアンケートツール「GEPPO(ゲッポー)」を自社開発した。これは、アンケートを通じて従業員のコンディションの変化を見える化するツールだ。
アンケートといっても大掛かりなものではなく、従業員に尋ねる質問は3つだけだ。「個人の成果とパフォーマンス」「チームのコンディション」については毎月必ず聞く。残りの1つはフリーコメント形式にし、聞く内容は月によって変えている。例えば、「今年あなたが仕事でなしとげたいこと、チャレンジしたいこと」といった内容だ。アンケートというと面倒くさがって回答しない人もいるのではという疑問もあるが、サイバーエージェントでは、毎月1回「GEPPO」を使ったアンケートを実施しており、その回答率は99%だという。
できるだけ多くの情報を収集するためには、誰でもアンケートに答えてもらえるような工夫が必要だ。そこで「ダイレクトな質問はしないこと」「会社が考える方向へ誘導するような質問やネガティブな質問はしない」ことを指針にアンケート設計をすることにした。これに対して、大久保氏は次のように言う。
「『今、何か悩んでいることはありますか』といったように、直接的な表現を使ったアンケートだと、従業員は回答するのに構えてしまい、なかなか本音を引き出せません。そこで、言葉ではなく、今の状況を“天気”に喩えて答える形式にしたのです。『快晴』『晴れ』『くもり』『小雨』『大雨』という5段階の天気マークの中から今のコンディションを表すにふさわしいマークを選んでもらいます。このようなちょっとした工夫を取り入れることで、アンケートに対する抵抗感も少なくなり、回答率も徐々に上がっていったのです」
このアンケートから得た分析結果を、人事戦略や育成人材施策に役立てている。中には「大雨マーク」が毎月続くメンバーもいる。このような「熱量が下がっている」と思われるメンバーに対しては、不定期に面談し対話でその原因を探っている。
これら一連の作業をキャリアエージェントにいる4人だけで行っている。サイバーエージェントグループに在籍する従業員5000人のコンディションチェックをたった4人で実施しているというのだ。
これに対して、大久保氏は「アンケートを実施し、結果を分析、必要であれば面談をするという一連の作業をたった4人で行うのはかなり大変な作業です。しかし、人事業務には徹底的に効率化するべき部分と例えどんなに時間を掛けてでも人の血を通わせなければならない部分があると考えています。これらの作業を各事業部に任せることで、人事部の負担は軽減できます。ただ、事業部門から情報を吸い上げるだけでは意味がありません。従業員一人一人のコンディションが見えにくくなるためです。また、効率化のために、これらの作業を事業部門に任せてしまうと、どこの部門も自部門で人材を抱えておきたいと考えるため、事業部をまたいだ異動がしづらくなってしまいます。そのため、全て一貫して人事チームで行うことに意味があるのです」と声を強くして言った。
従業員の才能を開花させるために考えるべきこと
最後のポイントとなる3つ目に重要なのが、「適材適所の人材配置」だ。サイバーエージェントの人事データベースには、氏名や顔写真だけでなく、コンディション情報や趣味、嗜好、勤怠情報といった個人のプロファイル情報も登録されている。そのため、例えば、メディア事業でアニメに関する新しいプロジェクトが立ち上がった場合、アニメを趣味とする人材をデータベースから探し出しアサインするということが可能だ。
また、現在は思うようにパフォーマンスが発揮できていなくても、他の部署でその才能が開花する可能性もあるという。そう判断した場合は、迷うことなく別の部署やプロジェクトへ移し、本人が能力を発揮しやすいように便宜を図るという。サイバーエージェントでは、他の企業のように定期異動がないため、必要に応じて人事異動をすることで従業員にとって能力が発揮しやすい場所を常に探している。年間約200人が何らかの形で異動しているそうだ。
また、同社の経営会議では、現在の配置が適切であるかどうかが気になる人材をリスト化した「気になリスト」や、環境や業務、ポジションを変えることで才能が開花し、覚醒する可能性がある人をリスト化した「人材覚醒リスト」などを作り、異動などの対応を常に議論しているという。
大久保氏は「GEPPOでずっと大雨のマークが続いているような従業員やパフォーマンスが上がらない人は何か問題を抱えています。その場合、もしかしたら他の部署の方が能力を発揮しやすいのかもしれません。人材育成や人事戦略にはそのような“気付き”が必要なのです」とコメントする。
現在は、社員のコンディションを把握するためにGEPPOを活用しているが、将来的には人事管理システム全てをGEPPOに統合する構想もあるようだ。最後に、大久保氏は「モチベーションややる気だけでなく、もっと従業員のエモーショナルな部分にもリーチできるツールにしていきたい」と今後の構想を語った。
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