業績悪化からV字回復したパイオニア 変革を支えたCFOの取組とは?
業績悪化からV字回復し復活を目指すパイオニア。2010年代から続く業績不振から2019年を境に再生・成長基調へと転換した。同社のV字回復を支えた変革の経緯とは?
オーディオ機器や自動車機器を中心事業としていたパイオニアは、2010年代から業績が低迷し、2019年には海外ファンドからの出資を得て非上場化した。経営再生の局面に入り、現在は営業利益とフリーキャッシュフロー(営業キャッシュフローと投資キャッシュフローの合計)が黒字化し、事業は成長基調に転じた。
パイオニアの再生と成長を支えたのは「ビジネスの成果に責任を持つファイナンス機能」であるCFO(Chief Financial Officer:最高財務責任者)だ。同社のV字回復の裏側にはどんな道のりがあったのか、パイオニアの取締役兼常務執行役員でCFOを務める北村 淳氏が語った。
本稿はワークスアプリケーションズのセミナー「WorksWay 2022」での講演内容を基に再構成した。
業績不振の2010年代、その要因は「蓋然性のない想定」
同社は、1970年代は音響メーカーとして、1980年代には映像分野に進出、1990年代は世界初のカーナビを開発するなど、先進的な製品を提供しグローバルに事業を展開してきた。しかし、2000年代からは業績悪化が続き、苦難の時代に入った。
2006年度から2019年度の売上高と営業利益、フリーキャッシュフローを示した図1は、天地中央の赤い点線がフリーキャッシュフローのゼロ水準を示し、フリーキャッシュフローが上にあれば黒字、下なら赤字ということだ。
2008年3月度までは売上高7000〜8000億円を超えていたが、収益としてはプラス、マイナスを繰り返しており、売上高の割には稼ぎが少ない状況が続いていた。
プラズマテレビ事業からの撤退が影響して2009年は業績が大きく落ち込み、2010年以降の売上は4000億円から5000億円のレベルで営業黒字が続いたが、フリーキャッシュフローは上下していた。上昇した年は大きな事業譲渡と資産売却があった年だ。営業黒字であっても、営業で稼ぐよりも大きな投資をして、その結果現金が減っていく。そこで事業売却などで現金を得てさらに投資にまわすことを繰り返していた。
2016年度以降は売上減少が始まり、売上3000億円レベルに落ち込む。同時に収益も落ち込み、フリーキャッシュフローもマイナス、営業利益もマイナスになった。
原因は複数あるが、大きな要因は事業が想定通りにいかなかったことだ。2020年に外部から同社CFOに就任した北村氏は、「新製品投入による売上が想定よりも低くなり、新技術開発期間と費用が想定範囲内で収まらず、取れると見込んだ新規案件入札も実らなかった。『蓋然(がいぜん)性の不足した想定』による事業推進の軌道修正ができず、経営の規律の問題が大きかった」と分析する。
2019年3月に同社は独自再生を断念し、香港の投資ファンド、ベアリング・プライベート・エクイティ・アジアからの出資を受けるに至る。東証一部上場は廃止となり、「そこから再生と再成長への取組が始まった」(北村氏)。
経営再生の道のりとは? ステップ別で組織やフロー、機能を見直し
再生ステップの最初の一歩はそれまでの経営体制の見直しだ。カンパニー制を導入し、外部からCEO(Chief Executive Officer:最高経営責任者)、CFO、CHRO(Chief Human Resource Officer:最高人事責任者)を含めた経営者とその道のエキスパートを招聘し、パイオニア内部からの次世代リーダーと共に新しい経営チームを組織した。その目的は事業運営の責任と権限を明確にすること。新たなの経営チームで「稼げる経営体制へのシフト」が実行された。
まず取り組んだのは事業ポートフォリオの見直しだ。強みを最大限生かせる事業、収益性が期待できる事業、成長性のある事業をコア事業と定義し、そこに徹底的にリソースとスキルを再配置した。コア事業以外では事業譲渡、撤退も実行した。事業の数は再生ステップ前後で半減するという大鉈だった。
次に取り組んだのはサプライチェーン改善を含めたキャッシュフロー改善だ。工場の集約、開発拠点の体制の見直しなど、直接損益に影響する取り組みと、在庫見直し、売掛金早期改修など運転資本の改善にも事業をまたいで全社一体で取り組んだ。
さらにガバナンスの強化に取り組んだ。経営の意思決定を明確にすること、透明性を上げること、蓋然性のある企業運営をすることを目標にするとともに、規律ある企業運営、将来リスクに対して事前にプロアクティブに対応できる感度高い経営にする施策に取り組んだ。また何かを実行したら必ずレビューして結果を確かめ評価する仕組みも必要だった。
再生ステージから成長投資ステージへ
24カ月を要した再生ステージを経て、現在は成長投資ステージに移行している。新しい成長ストーリーは、従来のものづくりの強みを生かしつつ、カーナビなどの移動体関連製品からのモビリティデータを活用したソリューションサービス企業へ変換することだ。
象徴的な事業は「パイオマティクス」(Piomatix)と名付けたモビリティAI(人工知能)プラットフォームだ。ナビゲーションで培った移動体のデータ分析エンジン、ドライバーの動作把握エンジン、より安全・快適な動作を推定するエンジンの主に3つのAIエンジンから成り立ち、移動体からのデータをクラウドに吸い上げ、分析してフィードバックする。これを新しい成長の骨子の一つとしていく。その成果が先日市場投入した「NP-1」だ。これは音声だけで操作可能なドライビングパートナーであり、ナビゲーションやドライブレコーダーのデータのクラウド記録、Wi-Fi接続などのサービスが車の中で実現できる。
再生から成長に転換した業績を図2で見てみると、売上減少は続いているが、営業利益は2019年3月期を底に改善・黒字化している。フリーキャッシュフローも(事業譲渡や売却なしで)本業だけで改善し、運転資本も改善している。この時点ですでに「稼ぐ体制へのシフト」が実現しているというわけだ。
パイオニアの再成長を支えたファイナンス機能の変革
この業績改善に大きな役割を果たしたのが、北村氏を中心とした同社のファイナンス機能の変革だ。変革への取組は、主に次の3つのポイントで実行された。
- フリーキャッシュフロー成長のための施策の整理整頓、作成と実行
- ファイナンス機能強化による経営の高度化
- 組織化
フリーキャッシュフロー成長のための施策
フリーキャッシュフローの成長は、まず売上成長、利益率改善を成し遂げ、そこで成長投資のための資金を獲得し、獲得した資金をROIを最大化できる投資に回していくという4つの施策の継続的サイクルから生まれる。
売上成長の施策としては、新規ビジネスを導入するためにそれに適合する会計プロセスを確立した。製品販売とサービス事業では会計処理が異なるが、処理プロセスの確立で事業がスムーズに回る。また事業ポートフォリオのマネジメントの強化にも取り組んだ。
利益率改善の施策としては、規律ある財務システムとプロセスを構築し、精度の高い利益予測・財務分析を提供してより合理的なビジネス意思決定をサポートすることに取り組んだ。
成長投資資金獲得のためには、外部調達する道もあるが、内部調達のために利益率を上げることや、運転資本の改善をして投資できるキャッシュを自ら生み出す取り組みを実施した。
ROI最大化については、投資の評価手法を確立して投資効率を上げた。それまで評価指標・判断基準が明確でないケースもあり、投資後の結果が不明確な場合もあったが、投資後のPost Auditによって想定と実績がどう違ったか、差分はどこから出てくるのか、それに対してどうするのかということについて、継続的な改善のプロセスも導入した。
ファイナンス機能強化による経営の高度化への施策
ファイナンス機能の目的は事業活動の価値創造をサポート・管理し、コンプライアンス・ガバナンスを担保することだ。北村氏は「価値提供を継続できない企業は市場に存在する意味がない。またルールを守れない企業は市場に存在する資格がない」と言う。価値提供を継続(価値創造)し、ルールを守る(ガバナンス)、その両輪をサポート・担保するのがファイナンス機能である。
ファイナンス機能はファイナンスコントロール機能(財務会計、税務・内部統制を担う)、コーポレートファイナンス機能(企業財務=資金調達、資本市場とのやりとりなど)、ビジネスファイナンス機能(経営管理機能、事業の価値創造をサポートする機能でFP&A/Financial Planning & Analysisなどを含む)の主要3機能に分類できる。
ファイナンスコントロールについては、将来のリスクに対していま対策できるプロアクティブなリスク管理を実施し、重要な会計論点の整理をしてガバナンスをきかせながら新しいことができる状態にすることに取り組んだ。
また、存在はしても古かったり利用されていない規定類を、意味のある規定・基準・会計マニュアルへと整備した。
コーポレート・ファイナンスについては、資金繰り・キャッシュフォーキャストの精度向上とシナリオ分析に取り組んだ。この期間中にコロナ禍が生じて先が見えない世の中になったが、その中でしっかりとキャッシュを切らさずに事業に投資していくためにどういうことが起きたらどこまで守れるのかといういろいろなシナリオを描いてキャッシュフォーキャストをしていった。またWACC(加重平均資本コスト)を意識した資本構成の最適化や、資本市場・金融機関・ステークホルダーとの対話強化にも取り組んだ。
ビジネスファイナンスについては、ビジネスファイナンスツール(「Building Blocks」「Reverse Engineering」「DCF」「Variance analysis」など)を積極的に活用して高度化に役立てることに取り組んだ。また、ROIC、ROEなど重要財務指標計画もカバーした中期事業計画に基づく財務モデルの構築と活用にも取り組んだ。
また事業・部門を巻き込んだPDCAの実行への取組も重要だった。過去を振り返る時間がない中でも、事業のPost Audit、想定と差分の分析を行い、やりっぱなしにしない運営をすることを重視した。
ビジネスパートナーシップを確立するための組織化
ビジネスパートナーシップを確立するための組織化は経理・財務チームからCFO機能への変換とも言える。今まで各国・各拠点のファイナンス担当者はエリアの社長にレポートしていたが、それを集約してCFOにレポートする形にした。また各事業・各国とのダイレクトコミュニケーションの場をつくり、月次など頻繁に話をし、レビューするようにした。またビジネスパートナーシップ制を導入し、ビジネスコントローラーチームを設置した。無駄なレポートや会議を見直し、明確な目的を持った会議体・業務プロセスの設定にも取り組んだ。
さらに次世代リーダーの育成に関しては、次世代のCFOになりうる人材を含めて取り組んでいるところだ。
上記のような取組の基礎になっている考え方は、ファイナンス機能はビジネス結果の責任をもつということだ。結果責任が明確でないと何もできない。ビジネスの成功や創造ができたかできないかがファイナンス部門の評価になる。
繰り返しになるが、ファイナンス機能の役割は事業の価値創造をサポートし、ガバナンスを確保することである。この実現のために事業に寄り添い、並走することが重要だ。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
- 熊谷組がSAP R/3をリプレース 第三者保守サービス活用で建築DXを目指す
日本の老舗建設企業である熊谷組は、建築DXの一環でSAP R/3をリプレースする。基幹システムの移行には多大な労力と時間が必要になるが、同社が選択したのは“第三者保守サービス”の活用だった。 - 羽田空港が提案“1億通り”の過ごし方 日本空港ビルデングの新戦略とは
日本のハブ空港である羽田空港で、日本空港ビルデングは新たなマーケティング施策に取り組む。顧客一人一人に合わせた1億通りのおもてなしを実現する、その戦略とは?