文科省はなぜAWSを選んだのか 1200万人のデータ基盤開発秘話
学校教育のDXを目指し、文部科学省がAWSのサービスを活用して教育プラットフォーム「MEXCBT」を構築した。コロナ禍で前倒しされたGIGAスクール構想に合わせて高速開発をする必要がある中で、文科省はAWSの開発基盤を選択した。
2020年度に小学校、2021年度に中学校で「プログラミング教育」や「アクティブ・ラーニング」を取り入れる新しい学習指導要領が実施された。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)による「GIGAスクール構想」の前倒し実施など、教育現場はICT導入の過渡期を迎えている。
2022年5月25日、26日に開催された「AWS Summit Online 2022」で、文部科学省の桐生 崇氏(総合教育政策局 教育DX推進室長)と内田洋行の杉山知之氏が「全国の学校が活用できる CBT プラットフォーム・文部科学省 CBT システム MEXCBT(メクビット)」と題して、教育DXの現状について解説した。
教育DX政策の現状と見通し
教育DXにおける「電子化」「最適化」「新たな価値の付与」のうち、GIGAスクール構想は1段階目の「電子化」に当たる。端末整備やデジタル教科書の普及を促進し、足元を固めている段階だ。第2段階、第3段階の展開を見据えて教育データの活用方法や、全国共通のルールおよびツールの整備が進められている。
教育DXの第2、第3段階では、学習指導要領コードの運用や自治体ごとで異なる用語の定義、使い方の標準化、CBT(Computer Based Testing)システム「MEXCBT」(メクビット)開発を進める。
3つの機能で教育者のDXも支援、ログ保存で学習データ活用も
MEXCBTは文部科学省を指す呼称「MEXT」と電子試験システム「CBT」を合わせた造語で、コロナ禍における子供の学びの補償のために開発が始まった。GIGAスクール構想による「一人一台端末」を活用してデジタルならではの学びを実現するものだ。2022年5月時点で2万本の問題を提供し、およそ8500校、300万人の児童生徒が登録している。授業や自習、宿題などのシーンで利用され、利用法現場や個人の状況によってさまざまだという。
MEXCBTは「MEXCBTアイテム」「MEXCBT基本システム」「学習eポータル」の連携によって提供される。
MEXCBTアイテムは国や自治体が開発した問題を搭載するデータベースで、地方自治体の学力調査などの問題提供を募集するとともに、動画に代表される「紙では表現できない問題」や各種検定などへの拡充を予定する。
MEXCBT基本システムは文部科学省が運営する問題処理のシステムで、将来的には自動採点などの機能拡充を予定する。
学習eポータルは、児童生徒が端末からアクセスする学習の窓口を担う。現在NECなど4社がICT CONNECT 21の技術仕様「学習eポータル標準モデル」に準拠してたものを提供しており、仕様の統一によって学習者は各社の教材にシームレスに接続できる。将来的にはデジタル教科書教材も連携させる予定だ。
動画や音声による出題や音声で回答するスピーキング問題の作成、設問ごとの時間制限設定、出題の順番や選択肢の順番をランダムにするといった調整も可能だ。作成した問題は教育分野の国際技術標準規格「qti」に準拠し、MEXCBT以外のQTI準拠ソフトウェアと互換性を持つ。
また、問題情報に「教科名」「履修学年」「想定回答所要時間」などのメタ情報を登録でき、検索や問題の質と量の向上などに利用できる。教育者は学習eポータルを介して学習者に対し受験問題を割り当てる。学習者は受験中、問題に「しおり」を入れたり、問題文にマーカーで線を引いたりといった紙に近い操作ができる。受験したデータのログは「正解/不正解」「回答所要時間」「回答の変更履歴」などが学習記録の国際技術標準「xAPI」に準拠した形式で保管され、学習eポータルで分析できる。
MEXCBTへのAWSの活用
MEXCBTのシステム要件にはセキュリティ面の他、全国の小学校から高校まで1200万人の児童生徒による利用を想定した拡張性、テストという場面から大人数が同時にシステムを操作するワークロード耐性が挙げられる。さらに、コロナ禍における子供の学びを補完するため開発期間が非常に短く、数カ月の中でインフラの構成を部分的に変えたり、拡張したりしながら段階的にリリースを進めていく必要があった。
AWSはこの要件に対して2021年3月にISMAP(政府情報システムのためのセキュリティ評価制度)への登録を完了し、これをもってセキュリティ面への対応とした。
MEXCBTは6つのサブシステムを持つ。1次リリースでVPCやサブネットなどの基本ネットワークを構成してセキュリティ対策などのベースラインを構築し、順次サブシステムを追加していった。サブシステムは「Application Load Balancer」(ALB)や「AWS WAF」「Amazon EC2」(以下EC2)、「AmazonRDS Multi-AZ」などオートスケーリング可能な構成で組んだ一般的なWebアプリケーションのものが多い。学習ログを扱うサブシステムについては「AWS Lambda」「Amazon DynamoDB」「Amazon APIGateway」などのサーバレスアーキテクチャを使用している。また、アウトバンドの通信でドメインを指定して整備するため「AWS Network firewall」を採用した。
環境構築上の工夫としては、複数の環境に同一のスタックを関係差分なく再現するため、クラウドフォーメーションテンプレートを標準で用いた。本番環境構築の際には、あらかじめ別の環境で動作済みのテンプレートを使用することで、確実で速やかな環境構築ができたという。
また、EC2のオートスケールや複数環境への展開のため、AMIには環境固有の情報は含めず、アプリケーションが参照する接続先情報の設定ファイルはあらかじめ「Amazon Simple Storage Service」(Amazon S3)に配備し、EC2の展開時にはユーザーテータを使って環境固有情報を設定するようにした。これによって、AMIやEC2の管理コストを抑えられたという。
MEXCBTと教育DXの今後の展望
MEXCBTは今後、汎用(はんよう)的な教育プラットフォームとしての活用を目指す。文部科学省は全国学力調査のCBT化を予定しており、2022年度はMEXCBTを活用したデータ分析手法の調査研究を進めている。地方自治体の独自の学力調査におけるMEXCBT活用も検討中だ。
将来的には、得られたデータを分析して学校現場や行政の政策への示唆として活用することを目指す。現状のデータを分析して得られた知見を共有し、過去の知見や他の自治体、組織のケースを参考とするような用途を想定する。
桐生氏は「MEXCBTは全体の知見の共有、教育施策の検討において大きな役割を果たすだろうと考えています」と語り、教育DXの基盤としての重要性を強調した。
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