60代、70代中心の老舗企業でなぜ「チャットブーム」が起きたのか?:シニア層にもビジネスチャットを使ってもらうには
組織のIT化が進むと課題になりがちなのが「デジタル活用の格差」だ。従業員のITリテラシーの差が、組織変革を阻む要因にもなり得る。
大谷塗料は木部用専用塗料の開発と製造、販売をビジネスの中心とし、従業員約80人(2023年3月末時点)を擁する創業87年の老舗企業だ。従業員の年齢層も10〜70代までと幅広く、ITを基盤とした企業文化の改革に取り組んでいる最中だ。
同社でIT化推進を担当する総合企画室長の可部匡彦氏は「当社は従業員の4分の1が60〜70代のベテラン従業員で占め、毎日のようにPCやフィーチャーフォン(現在はスマートフォン)の講習会を実施していました。日報は手書きかつFAXで共有されるなど、IT化など程遠い状態でした」と改革前の状況を振り返る。
業務指示のほとんどが口頭でやりとりされ、大事な情報の多くはベテラン従業員の頭の中にあった。この状況に疑問を抱いた可部氏は、業務効率化と相反するため、情報の共有方法の改善を求めたところ「手書きの方が、気持ちが伝わるから」とベテラン従業員は返す。可部氏はこれを「根性論の世界」と表現した。
シニア層にもチャットを使ってもらうための「NGワード」とは?
可部氏は、ビジネスチャットツールによって口頭でのやりとりをテキストベースに変えようと考えた。だが、この状況でただビジネスチャットツールを導入しても改善は難しい。そこで、可部氏は情報の明文化を目的に「提案書作成制度」を発案した。社長に直談判をして提案書1枚につき奨励金を支払う仕組みとしたところ、1年間で約200枚の提案書が提出されたという。
この制度によって、伝えたいことを文書にする「書面文化」と共通の書式を使う「ルール順守文化」が定着した。可部氏は「ビジネスチャットツールを導入するに当たって従業員にも最低限の心構えができた」と、手書き文化から書面文化への移行、そしてIT化の下地ができたと語る。
次なる壁は情報共有の課題だ。情報の伝達手段は口頭や手書きメモ、FAX、メール、SMSなど、従業員によってバラバラで、ちゃんと相手が情報に目を通したかどうかの受領確認も曖昧(あいまい)だった。
この状況を変えたのが、当時副社長(現社長)の「Chatworkを知っているか」の一声だった。可部氏は副社長と共に無償のフリープランを導入し、まずは40人程度で使ってみた。すると、社内に複数人で会話するグループチャットが生まれ、ビジネスチャットツールが少しずつ浸透し始めた。だが、質問に回答する担当者が不明瞭で、「情報の迷子」が発生したという。ここから同社によるChatworkの本格運用が始まる。
Chatwork運用時に定めたルールは、「原則としてグループチャットで会話すること」「従業員によるグループチャットの作成は禁止」「社内利用に限定する」の3つだ。デスクワーカーは全員Chatworkの利用を定めたものの、50代を超えるシニア層には、ビジネスチャットの利用は少々ハードルが高く感じられた。
シニア層にもビジネスチャットツールの利用を浸透させるコツとして、可部氏は「『使ってください』はNGワードとしました。重要なのは、あくまでも個別のニーズを喚起することです」と説明する。
例えば、自身が作成した日誌を読んでほしいと悩む従業員に「グループチャットに日誌をアップロードすると、みんなも反応してくれますよ」とアドバイスし、日誌をPDFファイル化してグループチャットにアップロードする手順を説明した。手書きとFAX派の従業員には、「スマートフォンでメモを撮影してグループチャットに上げると、誰が読んだかがちゃんと分かって、相手に情報が伝わったかどうかも確認できますよ」と助言した。
こうした地道な努力によって、3カ月程度でChatworkの利用が浸透した。今では両者共にChatworkのヘビーユーザーだという。可部氏はビジネスチャットツールを浸透させるためには、「同世代の○○さんも使っていますよと伝える『耳打ち作戦』や、使い方を個別指導する問い合わせセンターを用意することなどが有効だった」と振り返る。
コロナ禍による製造現場の閉そく感を「チャット」で乗り切る
コロナ禍の影響は大谷塗料にも大きく降りかかり、他拠点、他部署への不満やフルタイムで出社する製造現場の閉塞感を生み出した。特に製造現場の情報共有は朝礼や食堂の掲示板に限られ、情報発信や発言する場面も皆無だったという。社内の空中分解を危惧した可部氏は30人分のアカウントを作成し、スマートフォンを用意して食堂でChatworkの講習会を開いた。講習会は盛況に終わり、可部氏への連絡もChatworkに統一したことで、結果的に利用率は9割に達した。
製造現場従業員の9人が同じプロフィール写真を利用していたことで誰が誰だか分からなくなった体験や、グループチャット第1号のネーミングを自社名と有名ホテルの名前を掛け合わせたネーミングにするなど、数々の遊び心も生まれた。可部氏は「製造現場のベテラン従業員にもChatworkの利用が浸透したのは、皆が愛着を持ってくれて投稿にちゃんと目を通してくれたからです」と語る。
大谷塗料は現在、グループチャットを「総務からの連絡」「拠点内、部署内の連絡」「拠点、部署をまたぐ連絡」「テーマ別の連絡」「プロジェクト別の連絡」の5つのカテゴリーに分類して運営した。また、半年に1回のスパンで社内アンケートを実施して、グループチャットの統廃合にも取り組んだ。とかく乱れがちなビジネスチャットの運用ルールだが、メッセージを受け取った担当者は必ず何らかのリアクションをすることを徹底し、ルールを逸脱する従業員に対しては個別指導をした。
また、投稿された内容が一目で分かるように表題を明確化して要件だけをまとめるなど、内容の簡略化も徹底した。可部氏は「意味が伝わりにくい長文は読み手をうんざりさせてしまいます。中には、A4で4ページにも及ぶ内容もありました。詳細は添付のファイルにまとめるなどして、『詳細は添付資料を』と記述するようにお願いしました」と具体例を示した。
他にもグループチャットをスマートフォンで閲覧する従業員が多いことから、スクロールせずに目を通せるよう短文での投稿を推奨した。これらの取り組みから電話の使用率を9割削減でき、今では緊急時の連絡にとどまった。また、ダイレクトチャットやマイチャットを活用する従業員も増え、プロジェクト推進者が事前に関係者へチャットで連絡することで会議時間の短縮にもつながった。可部氏は「製造現場も含めた社内一体感の醸成や、全部署で情報を共有することでそれぞれに当事者意識が芽生えつつあります」と取り組みの成果を説明する。
Chatwork導入時はデジタル活用の格差が課題となったものの、「若手社員とシニア層が参加するグループチャットを作成し、若手社員から相談を投げかけることで、壁を取り払いました。最初はシニア組からの返事はなかったものの、若手が困っているとやはり気になって答えてくれるようになりました。結果として、従業員全体の知識向上にも貢献しました」とチャットツールの導入意義を強調した。
導入から約4年が経過した現在、若手従業員主導で、グループチャットの活用を促進するために「動画倶楽部」や「漫画倶楽部」を設置した。塗装方法や塗料の活用方法を撮影して「YouTube」にアップロードしたり、漫画を趣味とする従業員が塗料や塗装に関する漫画を「Twitter」や「Instagram」などのSNSに投稿したりするなどしている。そして、このグループチャットに集まった知識や知見を有効活用し、今やウェビナーで300人近くを集客できるようになった。
最後に可部氏は「Chatworkのようなチャットツールはスピーディーに情報共有やプロジェクトを推進するために必須のツールとなりつつあります。当社では、社内の機動力を高めてくれる重要な役割を担っています」と語って締めた。
オンデマンドセミナー「【ユーザーが語る】社員の1/4を占める60代・70代の社員、
製造現場にも定着した推進のポイントとは」(主催:Chatwork)の講演内容を基に編集部で再構成した。
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