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クラウドERPの誤解に要注意 種類や利点、課題、オンプレとの違いを整理

クラウドERPとは、オンプレミスのERPと違い、プロバイダーのクラウドで稼働するERPを指す。クラウドERPはマルチテナント、シングルテナント、プライベートクラウドに分類され、そのメリット、デメリットは異なる。クラウドERPを取り巻く要件を整理する。

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 クラウドERPが世に出たころは、先行するオンプレミス版に比べてはるかに低機能だった。現在は差が縮まり、オンプレミス版の機能をカバーするクラウドERPは増えている。しかし、それでもオンプレミスERPの売上高はクラウドERPの売上高を大差で上回っている。

 クラウドERPはマルチテナント、シングルテナント、プライベートクラウドに分類され、そのメリット、デメリットは異なる。クラウドERPを取り巻く要件を整理し、正しく理解することで、オンプレミス版とは異なる新たな可能性が見つかるかもしれない。

クラウドERPとは何か

 クラウドERPとは、企業が所有するオンプレミスではなく、プロバイダーのクラウドコンピューティングプラットフォームでERPを稼働する方式を指す。

 ERPはモジュール式のソフトウェアシステムで、会計や人事、在庫管理、購買といった企業のビジネスプロセスを単一のシステムに統合している。モダンなクラウドコンピューティングが普及する1990年代末まで、ERPはオーナーの施設内、すなわちオンプレミスで稼働するものだった。だが1998年、インターネットを経由して提供される最初のERP「NetLedger」(のちの「NetSuite」)が登場し、クラウドERP時代が始まった。

クラウドERPソフトウェアの構成要素

 オンプレミスとクラウド、どちらのERPも業務の情報を保存する集中型データベースにより、情報へのアクセスやモジュール間のデータ共有を容易にしている。例えば、発注書のバージョンを統一することで、モジュールや部署間の情報の整合性を確保し、誤りの最少化やレポート作成の円滑化に貢献する。

 デプロイメント(配備)モデルにかかわらず、すべてのERPに共通する唯一のモジュールは、基本的な経理および財務に関する機能と、それに関連する財務管理や分析、予測、レポート作成といったプロセスが挙げられる。

 加えてほとんどのERP製品には、人材管理(HCM)と顧客関係管理(CRM)のモジュールがある。また、調達管理と注文管理のモジュールも、オンプレミスとクラウドの両方で広く採用されている。これらの機能は、扱う製品が有形財か無形財か、あるいはサービスかにかかわらず、あらゆる種類の業界や企業に共通するためだ。

 商品の製造や流通を手がける企業は通常、在庫管理とサプライチェーン管理用のERPモジュールが追加で必要になる。流通や、倉庫での保管や輸送、物流の複雑なプロセスを含む広範囲の機能に加え、需要の管理と予測といった計画に関連する機能が含まれる。さらに生産に必要な原料や部品の計画立案、スケジューリング、調達のために資材所要量計画(MRP)モジュールを使うのが一般的だ。

 業務関連の機能ではないERPモジュールは、特定の業界、あるいは企業のタイプや業務要件に合わせて専門化され、使用範囲が絞られる傾向がある。例えば、資本設備を大量に抱える企業の場合は、エンタープライズ(あるいは固定)資産管理のモジュールがある。製造業者だと、構想から設計、エンジニアリング、生産、流通、廃棄まで、ある製品に関する全てのデータと計画プロセスを管理する製品ライフサイクル管理(PLM)モジュールを使用する可能性もある。

 また、財務や業務の健全性を早急に詳しく調査する必要がある企業なら、ここにエンタープライズパフォーマンス管理(EPM)が加わる。コンサルティング企業は、高度なプロジェクト管理モジュールが必要になることもある。

 これらの機能をすべて単一の統合スイートで扱うERPもあるが、実際は各機能の専門ベンダーのERPに組み込み可能な「選りすぐりの」モジュールを追加するのが一般的だ。各ERPモジュールではできることが非常に限られていて、ニーズを満たせないためである。

 人材管理は真っ先に追加されることが多い。「売り上げが急激に増えている」「顧客満足度を上げる必要がある」などの事情を抱える企業はしばしば、顧客サービスを向上させるために個別のCRMシステムを購入する。

オンプレミスERPとクラウドERPの違い

 入手可能なモジュールの範囲や専門性は、オンプレミスERPとクラウドERPで異なることがある。

 クラウドERPが世に出て間もない時期は、先行するオンプレミス版と比べてモジュールがはるかに少なかった。その後ERPベンダーが開発の中心をオンプレミス版からクラウド版に移したことで、この差は縮まり、オンプレミス版で入手可能な幅広い機能モジュールを、多くのクラウドERPがカバーしている。

 しかし、ベンダーは今でもクラウドERPでオンプレミス版に匹敵する機能を提供するのに苦労しており、しかも売上高ではオンプレミスERPがクラウドERPを大差で上回っている。

 人気上昇中のクラウドERPの一つであるマルチテナントのSaaS ERPは、同じベンダーのオンプレミスERPからモジュールと機能を絞った簡略版であることが多い。マルチテナントのSaaS ERPは複数の「テナント」がソフトウェアのコピーや同じインスタンスを使用する。

 このスキームでは、同一のソフトウェアでさまざまなニーズを持つ顧客に対応しなければならないため、標準化と簡略化が半ば強制的に推進される。SaaS ERPがオンプレミスERPよりもモジュールが少なくなる傾向にある理由だ。

 重要な違いは他にもある。SaaS ERPはその大部分がカスタマイズできない。自社特有のニーズを満たすためにオンプレミスEPRをカスタマイズするのに長い年月を費やしてきた企業からすると、これは重大な欠点だ。一方、SaaS推進派は、「これはむしろ利点だ」と主張する。業界のベストプラクティスの順守が推進され、ITコストが減り、ERPのバグやクラッシュを防げるためだ。

 費用面は、オンプレミスERPが通常、複数年のライセンス料が多額になるなどでイニシャルコストが高くなるのに対し、SaaS型はユーザー数に応じた月額サブスクリプションの料金形態をとる。ただし、この2つのモデルを組み合わせた価格設定を提供するベンダーもある。ITスタッフとインフラへの投資は、SaaS ERPの方が少なく済む。

 こうした違いがありながらも、長期的にERPを利用する場合にどちらのデプロイメントモデルが安価に済むのかについて、今なお激しい議論がある。ベンダーにとっては、SaaSの方が保守にかかる費用が抑えられ、サブスクリプション収入が成長する可能性があると主張してきた。

 大半のベンダーは、顧客を古くなったオンプレミスERPから卒業させようとしているが、クラウドERPで必要な業務ができるのか、クラウドERPはコストに見合うものなのかを疑問視する顧客の抵抗に直面している。

 セキュリティと信頼性の問題についても良しあしがあり、具体的な製品や技術まで掘り下げないと答えは出せない。クラウドERPにはインターネットを経由してリモートでアクセスするため、公衆ネットワークのサービス停止に弱いという印象がある。また、ソフトウェアのメンテナンスを外部に依存することを快く思わない企業もあるだろう。

 一方で、社内ネットワークも機能停止することはあり、ERPを稼働し続けるための専門知識がない企業もある。またセキュリティは、当初は機密性の高いERPのデータをクラウドに保存することの安全性が懸念されたが、自社のデータセンターがクラウドプロバイダーのデータセンターほどセキュアではないこともあると企業側が認識するようになり、この懸念は収束した。

 クラウドとオンプレミスの二者択一を迫られる企業はごくわずかであり、たいていの企業は両者を組み合わせた「ハイブリッドERP」を選択可能だ。一般的な構成は、オンプレミスERP(例えば高度にカスタマイズしていて、製造や倉庫の管理に使っている他のオンプレミスのシステムと緊密に統合しているシステム)を維持しつつ、HCMやCRMに特化したSaaS ERPのモジュールを追加する、というものだ。

 こうして生まれた、ERP製品とデプロイメントモデルのみならず、ベンダーについても複数の選択肢を組み合わせる傾向は、ERPの定義をめぐるパラダイムシフトにつながった。ビジネスアプリケーションはもはや、単一の「モノリシック(一枚岩)」なERPスイートで提供するのではなく、複数のサービスを継ぎ合わせて実現することが多い。このような「ポストモダンERP」は、柔軟性が得られる一方で、統合に関しては大きな課題を伴う。

クラウドERPソフトウェアの種類

 クラウドERPのベンダーは時に、クラウドならではの特徴がほとんどないソフトウェアに「クラウド」の名称を与えることがある。特にマルチテナントSaaSの、大規模展開によるコストダウンという利点や、最新技術を導入できる迅速で高頻度のアップデートといった特徴が無視されがちだ。

 中には、オンプレミスERPのプログラムコードを全く変更せずに、プログラムの基盤となるITインフラのロケーションを変えただけのデプロイメントモデルもある。この場合、サードパーティーのプロバイダーが自らのデータセンターにERPを「ホスティング」し、顧客企業はそこにインターネット経由でアクセスするだけとなる。

 こうしたホスティングしただけのERPを「クラウド」と呼ぶのは誤解を与えかねない。しかし、全く新しいSaaS ERP製品にはまだ及び腰だが、クラウドインフラの利点の一部は得たいという顧客には魅力的に映る。

 そのため、クラウドERPを導入する顧客は、プロバイダーに運営するクラウドプラットフォームの詳細を確認する必要がある。クラウドERPの主なタイプは3つの違いが、ERPの選択にどう影響するのかを説明する。

マルチテナントSaaS ERP

 純粋な形のクラウドで稼働する特にシンプルなERP。モジュールの数は最少で、カスタマイズの余地は全くないか、あっても非常に小さい。デプロイが容易で費用も低く抑えられる。

シングルテナントSaaS ERP

 このタイプであれば、顧客は自社が利用するERPを、クラウドプロバイダーのプラットフォームで稼働できる。顧客はその時々で必要な演算能力を、クラウド特有のサブスクリプション型の価格設定で手に入れることができ、しかもERPやデータを他の顧客から隔離できる。

 ただし、アプリケーションを共有することによる節約効果が望めないため、一般的にマルチテナントSaaS型よりもコストがかかる。企業によってはプライバシーとセキュリティなどの理由や、事業を展開する国が課している法的要件から、シングルテナントSaaS型を選択することもある。

プライベートクラウド ERP

 ERPベンダーあるいはサードパーティーのプロバイダーがホスティングするクラウドインフラで、ERPソフトウェアの単一インスタンスを稼働させるタイプだ。シングルテナントSaaS型と違い、通常は基盤インフラが共有されることはないものの、サブスクリプション型の価格設定や必要に合わせてリソースをスケーリングできる点など、クラウドの利点の一部を得られる。場合によっては、ITに関する判断がクラウドサービスのプロバイダーに全て委ねられず、ERPのオーナーが一部の決定権を持つ。

 独自のクラウドインフラを持つ組織の場合は、プライベートERPクラウドが完全にオンプレミスで稼働しているケースもある。だがこれはクラウドという言葉の拡大解釈だろう。クラウドは元来、外部のプロバイダーからインターネット経由でオンデマンド配信されるものと定義されているためだ。

 SaaS ERPはどちらのタイプでも、パブリッククラウド(ERPベンダー以外のプロバイダーによるクラウドコンピューティングインフラおよびサービス)でホスティングされることが多い。2010年代末以降は、クラウドERPベンダーの大半が、「Amazon Web Services」(AWS)や「Google Cloud」「Microsoft Azure」といったパブリッククラウドのプロバイダーに、クラウドプラットフォームの責務をアウトソースしている。

 そのため、パブリッククラウドとプライベートクラウドを分ける明確な線はほぼ消えており、クラウドERPの大半は、両方のタイプのクラウドの特徴を備えている。加えて、マルチテナントのERPは形を変えて、ベンダーとそのパートナーのクラウドプロバイダーによってクラウド「スタック」の下層に追加されることがある。

 例えば、顧客はシングルテナントSaaS型やプライベートクラウド型を選んだ場合でも、最上層ではシングルテナントのERPアプリケーションを実行しながら、データベース、OS、ハードウェアなどのレベルでマルチテナントの恩恵を受けられる。

クラウドERPソフトウェアの利点

 クラウドERPのメリットとして、オンプレミスERPより保守が容易で、費用も安価な点が挙げられる。クラウドERPのプロバイダーは、ハードウェアとソフトウェア、両方のメンテナンスを請け負っているためだ。クラウドベースのERPは、可用性やバックアップ、ディザスタリカバリー(DR)も保証しているため、ソフトウェアの停止時間を減らせる。

 また、クラウドERPで総保有コストを削減できる可能性がある。特に、ユーザー数が拡大してもユーザー当たりのサブスクリプション費用がオンプレミスのライセンス料金を下回る場合、コスト削減できる確率が高い。

 また、安価で簡単にインターネット接続できるため、ERPを社外のサプライヤー、パートナー、顧客へと拡大することが容易になる。そうなれば、販売予測やサプライチェーン管理、人材獲得といった極めて重要なプロセスで、全く新しいレベルのコラボレーションへの扉が開かれるだろう。

 クラウドベースの他のサービスモデルと同じく、クラウドERPもニーズの変化に合わせてクラウドリソースを増減できる柔軟性がある上、使った分の料金しか支払わないで済む。

 また、クラウドERPは通常、四半期ごとにアップデートがあり、オンプレミスERPよりも迅速に新しい技術を提供している。クラウドERPのベンダーは、ERPユーザー体験の改善については、最も優れた実績を持つ。タイル状のGUIや音声UI、スマートフォンによるアクセスといった新しいUX技術を伴うモダンなユーザーインタフェースの提供は、更新サイクルが年単位のオンプレミスERPよりも、SaaS型ERPからの方が容易だ。

クラウドERPの課題

 クラウドERPには多くの利点がある一方で、管理面ではいくつかの問題がある。ソフトウェアが外部に存在することで、システム管理者の手が届く範囲は狭くなる。

 ソフトウェアの構成や設定を変更したり、拡張機能を追加したりすることで、クラウドERPでも与えられた制約の中でカスタマイズはできるが、オンプレミスERPの方がはるかに自由なカスタマイズが可能だ。また、クラウドERP、特にSaaS型は、新しいワークフローと業務プロセスに従業員を慣れさせるためにかなりのトレーニングが必要になる。

 また、企業はクラウドERPプロバイダーのセキュリティ基準に適応しなければならない。これはオンプレミスERPの基準とはかなり異なる場合がある。ERPデータが複数のデータセンターに置かれる場合は、各国のデータレジデンシー(保管場所)要件に特に注意を払い、プライバシーとセキュリティに関する現地の規則に従わなければならない。

 また、急速に成長する企業においては、クラウドのサブスクリプション料金がオンプレミスのライセンス費用を上回り、全体で見るとクラウドERPの方が高額な可能性がある。このような財務リスクがあることから、サービスを購入する顧客は、最も一般的なSaaS ERPのサブスクリプションモデルについてしっかりと学び、時としてかなり複雑になる各ベンダーの料金プランを慎重に精査する必要がある。

クラウドERPのベンダー

 調査会社Gartnerの報告によると、世界のERPソフトウェア市場(オンプレミスERPとクラウドERPの合計値)は、2020年の時点で売り上げが400億ドル(約5兆7970億円)に達した。それ以前のGartnerの報告では、ベンダーの市場シェアはSAP(22%)が1位で、Oracle(11%)、Workday(7%)、Sage(6%)、Infor(5%)、Microsoft(4%)と続いた。

 Workdayを除くと、あとはオンプレミスERP(今では「レガシー」ERPと呼ばれることが多い)から始まる長い歴史を持つベンダーであり、2000年代初頭以降、数々のクラウドERPを発表している。

 上記の大手企業ほどの規模はないが同程度に長期にわたり、やはり両方のデプロイメントモデルを擁するベンダーとしては、Acumatica、Deltek、Epicor、IFS、IQMS、QAD、Ramco、Unit4などがある。

 また、SaaSのみ(SaaS一筋)の有名なクラウドERPベンダーとしては、Workdayのほかに、FinancialForce、Intacct(Sageが2017年に買収)、NetSuite(Oracleが2016年に買収)、Plex、Rootstock Softwareなどがある。

 GartnerはクラウドERPの売り上げの内訳や各ベンダーのシェアを公開していないが、世界のパブリッククラウドの売り上げに関する2019年のレポートで、すべてのSaaSアプリケ―ションに対する支出について、2018年の800億ドル(約11兆5935億円)から、2022年にはその2倍弱の1437億ドル(約20兆8250億円)になると予測している。

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