アドオンまみれのオンプレ会計システムをどうする? クラウド化、バージョンアップ、SaaS化を比較
Oracle EBSなどのオンプレミス会計システムをクラウド化したくても実現できない企業が多く存在している。PwCコンサルティングの吉川泰生氏の講演から、アドオンが積みあがったオンプレミスの会計システムの、お勧め移行プランが分かる。
「Oracle E-Business Suite」(以下、Oracle EBS)などのオンプレミス会計システムから、「Oracle Fusion CloudERP」(以下、Fusion CloudERP)などのクラウド型の会計システムに移行を目指す企業は多い。しかし、さまざまな理由からクラウドシフトを実現できない企業も存在している。
PwCコンサルティングの吉川泰生氏(シニアマネジャー)の講演から、アドオンが積みあがったオンプレミス会計システムをクラウド化、バージョンアップ、SaaS化するメリット、デメリットが分かる。また、SaaSに落とし込む際に気を付けるべきポイントも紹介する。
ファイナンス領域の3つの課題とオンプレ基盤を取り巻く環境
まず、吉川氏は「会計や経理といったファイナンス領域で企業が抱える課題は大きく3つある」と指摘した。
「1つ目は各種規制要件やビジネス環境の変化に適切に対応することです。社会やステークホルダーから信頼性を獲得する上でも重要な点です。2つ目は、担当者の業務内容に多くのマニュアル作業が存在し非効率になっていることです。自動化できていなかったり属人化していたりして、人材不足もあり業務担当者の負荷が高まっています。3つ目は業務で利用しているデータの整備や活用が不十分なことです。データに基づいた変革を進めていくためにもデータ活用が可能なプラットフォームにデータがなければなりませんが、そうしたシステムの状態にありません」(吉川氏)
企業は、規制への対応を進め、業務の効率化を図り、蓄積したデータの分析・活用を進める必要がある。ただし、その実現が難しい理由の一つにシステム基盤を取り巻く課題があるという。
「代表的な課題は3つに整理できます。1つ目は、基盤やアプリケーションのサポート終了に伴う機器更新や更改対応です。更改のたびに大型の投資が必要になるという課題にもつながります。2つ目は業務変更対応コストの増大です。規制対応や業務効率化を進めるために機能追加をする必要があり、アドオン開発にコストがかかります。3つ目は最新テクノロジーの活用不足です。新しい機能を活用することで有効な機能拡張につながるケースもありますが、外部サービスと連携できなかったり、大きなインタフェース開発が必要になったりすることがあります」(吉川氏)
アドオン開発した機能と標準機能が密に結合している点が、クラウドシフトの障壁になっているという。積み重なったアドオンがデータ連携やテーブル構築から機能実装まで、Oracle EBSの標準機能と密に結合していることでメンテナンス性が乏しく、製品を十分に活用できず、ビジネスとITの両面で課題を抱えている状態だ。
基盤のクラウド化、Oracle EBSのバージョンアップ、SaaS化を比較
こうした課題の他、ハードウェアやミドルウェア、Oracle EBSの保守サポート期限への対応をきっかけに、Fusion Cloud ERPへの移行を目指すケースが増えている。その際の方向性は3つに大別できる。
「1つ目は基盤のクラウド化、2つ目はOracle EBSのバージョンアップ、3つ目はFusion Cloud ERPへの全面的な移行です。基盤のクラウド化は、基盤の保守期限による制約をなくすことが主な狙いです。機器更新などのメンテナンスはIaaS次第となり、基本的にOracle EBSへの影響はありません。Oracle EBSのバージョンアップは、Oracle EBSの保守期限の延伸が主な狙いです。ただ、アドオンや周辺システムとの連携に多大な影響があります。Fusion Cloud ERPへの全面的な移行は、SaaSに業務を合わせることが大原則です。レポートなどはPaaSで実装し、周辺システムとのデータ連携の疎結合化も実現できます」(吉川氏)
吉川氏は3つのオプションをより詳細に比較した。
「検討項目としては、対応に必要なリードタイムや導入に必要なITとビジネスの要員のリソース、イニシャルコスト、課題解決への効果が挙げられます。基盤のクラウド化やEBSのバージョンアップは、Fusion Cloud ERPと比較して、リソースやコストは限定的で延命は可能になるものの、根本的な課題解決ではありません。特にOracle EBSのバージョンアップについては、影響調査から非互換への対応、テストの検証を中心に大型プロジェクト規模の投資コストがかかる傾向があります。また、移行対象のアドオンが多いほどコストは増えます。こうした比較からも、Fusion Cloud ERPへのシフトは不可避な状態だと評価しています」(吉川氏)
Fusion Cloud ERPが有力な方向性となるが、そのために必要なリソースやコストは大きい。そのため、吉川氏は「中長期目線のロードマップを策定し、段階的に小規模な取り組みからでも着手することが重要」とした。
では、会計システム基盤として目指すべき将来の姿とはどのようなものか。吉川氏は、その将来像を図で示しながら、以下のように説明した。
「ファイナンス関連のモジュールは、Fusion Cloud ERPの標準SaaSを活用し、機能の継続的なアップデートを図ります。アドオンや中間データはゼロにはできないので、PaaS基盤に集約します。ETLを活用して社内システムとデータ連携したりAPIで連携したりすることで、標準機能とは切り離した疎結合を目指します。課題を解消しながら、導入後の効果を最大限享受できます」(吉川氏)
また、Fusion Cloud ERPの効果は「会計システムにアクセスするユーザーの最適化や運用コストの抑制とともに、ビジネスニーズに柔軟に対応できる」と語り、以下のように詳細を説明した。
「規制には基本的にSaaSで対応し、業務変更はPaaSで対応します。また、周辺システムとのデータ連携や機能間データを統合することで、固有要件も極小化され、安定性が向上し、障害解決のリードタイムも早まります。運用コストについては、SaaSは常に最新の状態であるためバージョンアップが不要です。また、周辺システムとのデータ連携もSaaSと切り離され個別対応が可能で、基盤の定期的な更新も不要になります。この他、運用をベンダーへ移管したりAPI連携で各種デジタルツールと連携させたりすることで、従業員をPaaS保守に特化させたりユーザー主体のツール運営にシフトしたりできるメリットがあります」(吉川氏)
Fusion Cloud ERP移行を実行するフェーズで気を付けるべきポイント
ただ、Fusion Cloud ERPに移行する際にさまざまな課題に直面する。吉川氏はよくある課題として、「クラウド対応が進みにくい組織風土の問題」や「クラウド対応を着手した後の実行力が十分に発揮されない問題」「ゴール選定や狙いを組織で共有できない問題」を挙げた。
「個社ごとに課題は異なるので、実際は個社ごとの分析をした上で対策する必要があります。汎用的な論点にフォーカスしてアプローチ方法は、構想策定フェーズで実施するFit&Gap分析やFit to Cloudがあります」(吉川氏)
Fit&Gap分析については、網羅的に現状調査を実施してSaaSとのFit&Gapを分析するのではなく、To-Be像を検討した後、仮説ベースで主要論点に対してFit&Gapを分析するアプローチを推奨している。
「As-Isで網羅的にFit&Gap分析を進めると、複雑な調査が必要になり、Fit&Gap分析だけで相当のコストと期間を要することになります。クラウドシフトでは標準サービスを活用することを原則としてデザインを進めるので、負荷に見合った効果が出ずらい傾向があります。むしろ、構想策定の段階ではTo-Be業務を軸にFit&Gap分析を実施し、プロジェクト関係者間で将来像の共通認識を図り、デザインするのが効果的です」(吉川氏)
また、Fit-to-Cloudは、業務の標準化・集約化をした上でFusion Cloud ERPへのシフトを進めるものだ。
「グループ各社や支社、拠点で経理業務が分散している場合にSaaSを展開する際に効果的なのは、業務の標準化と全ての業務を集約するシェアード拠点を設けることです。クラウドサービスのコストパフォーマンスを発揮するためにも効果的です。逆に業務が分散していたり標準化したりしていない状態でSaaSシステム基盤だけを導入しても、ギャップが大きく立ち行かなくなる可能性が高い。提携業務や専門業務を1箇所で集中処理することで企業としてのガバンナンス強化してコストを削減し、『誰でもどこでもできる化』を図れます。また定形業務をSaaSに切り離すことでコア業務へのリソースの集中、再配置を可能にします」(吉川氏)
最後に吉川氏は、次のようにまとめて講演を締めくくった。
「5〜10年の中長期的な目線でシステムの将来像と業務運営体制を整理し、SaaSの有効性を評価した上で、事業成長戦略と整合させたロードマップを策定・可視化することが重要です」(吉川氏)
本稿は、日本オラクルが2024年4月18日に開催した「Oracle CloudWorld Tour Tokyo」のセッション「Oracle ERP Cloudを用いたFinance領域クラウド化のポイント - 現行会計システム基盤が抱える問題点と目指すべき将来の姿」の内容を編集部で再構成した。
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