「IT部門は“御用聞き”で終わるな」 ビジネスを伸ばす製品選定術
クラウドサービスの普及で手軽にIT製品を利用できるようになった一方で、深く検討せずに製品を選び、後悔する企業が増えている。中長期的なIT戦略に基づいてIT製品を選ぶための方法を聞いた。
数多あるIT製品の中から、どのツールを選べば自社の課題を解決し、ビジネスを前進させられるのか。これは、多くのIT部門担当者が頭を悩ませる課題だ。
IT専門のアナリストファームであるアイ・ティ・アール(ITR)の甲元宏明氏(プリンシパル・アナリスト)は、安易な製品導入の危険性を指摘する。手軽にIT製品を利用できるようになった一方で、「みんなが使っているから」「現場が良いと言っているから」といった理由で深く検討せずに製品を選び、後悔する企業が増えているという。
本稿では、企業の中長期的なIT戦略に基づいた“腰の据わったIT製品選び”について解説する。
安易な気持ちでIT製品を選択してはいけない
クラウドサービスの利用が増えたことで企業は手軽に新しいサービスを利用できるようになった。しかし、「利便性が増した半面、問題が生じている」と甲元氏は語る。
「インターネットには情報があふれています。メディアに掲載されている製品、SNSで話題の製品、あるいはシェアが高いといった情報だけを頼りに、詳しく検討せずに選択してしまって後から後悔する企業が増えています」
業務で利用するソフトウェアを十分に検討せず、「みんなが使っているから」「現場が良いと言っているから」といったことを理由に軽い気持ちで導入しても、うまくいかないことは容易に想像できる。「IT製品は、家電のように電源スイッチを入れればすぐに使えるものとは違うことを、改めて認識してほしい」と甲元氏は話す。
特にクラウドサービスは初期費用が少なく導入が簡単というイメージが浸透している。そのため「使ってみないと分からない」ということを大義名分に、事前の検討をおろそかに使い始めてしまうのではないかというのが甲元氏の問題提起だ。
「オンプレミスが主流だった際は、新しいIT製品の導入は数千万円規模の投資案件で、稟議(りんぎ)を通すために十分な検討が必要でした。しかしクラウドは、ちょっと試す感覚で安易に導入できてしまうことが後々の問題につながっています」(甲元氏)
IT製品を導入しただけでは幸せにはなれない
表面的な情報に踊らされず、自社に合うIT製品を選定するにはどうすればいいのだろうか。このような疑問に対して甲元氏は次のように話す。
「IT製品を買ったり導入したりしただけでは幸せになれないことを肝に据えてください。企業が抱えている課題は何かツールを入れたからといって解決しません。SIerが『ソリューション=解決』と呼んでいる製品が多数ありますが、製品自体が課題を解決するわけではなく、課題解決はその会社の従業員が担うべきだという認識を持つことが大事です」
IT部門はビジネスをリードしている業務部門が希望するツールを導入しがちだが、そのツールが企業全体での利用には適さない可能性があることにも注意だ。言われるがままに導入し続けては社内に多数のツールが乱立し、全体のITコスト上昇にもつながる。
そのような事態を避けるためにも、IT部門は自社のビジネスを成長させるために必要なITの将来像を描いた上でプラットフォームを設計し、そのプラットフォームで機能するパーツとしてツールを選定する責任を持たなければいけない。
「IT製品の選定は現状を前提にすべきはなく、自社の現状(As is)とあるべき将来像(To be)を基に考えるべきです。仮に業務の自動化をうたった生産性向上のツールを導入しても、すぐに行き詰まるでしょう。業務とITの将来像を見据えて製品を選定しなければいけません」(甲元氏)
将来的に役立つツールを選ぶことは限られたIT予算を有効に使うことにもつながる。業務部門の要望に応えたとしても、それが長く有効に使えなければ、次の投資に向かうこともできなくなるためだ。
むしろ、業務部門から要望が出てきたことを良い機会と捉え、その背景にある課題について、IT部門と業務部門でじっくり議論することを甲元氏は勧める。「業務部門からの課題や要望を聞いて、すぐに製品を買おうとせず、『本当にその課題は重要なことか』『視点を変えてみたらどうか』といったビジネスに踏み込んだ議論をして、ITのパワーを生かしていく方向に持っていくべきです」
IT部門は業務部門のパートナーとなるべき
とはいえ、IT部門が自社のビジネス全体の将来像を踏まえたIT製品の選定をすることはハードルが高い。どうすればいいのだろうか。
「IT部門は会社全体を俯瞰(ふかん)できる立場にあるのだから、IT部門がビジネスを理解し、業務改革を含めたIT導入を主導すればいいという意見がありますが、私は違うと考えています。IT部門はビジネスを遂行するわけではないため、ビジネス全体の構造を理解するのは容易ではありません。多数の事業が積み重なっている大企業であればなおさらです。ビジネス全体を理解するのではなく、ビジネスの変化を支えていくITはどうあるべきかを考えるべきです」
自社のビジネスの全体を担うITの将来像は、CIO(最高情報責任者)をはじめ、中堅以上の従業員を中心に、IT部門全体で議論すべきテーマだ。そこに若手の従業員も加わることで、IT部門として本来持つべき考え方を共有できるだろう。
「IT部門は業務部門の“御用聞き”ではなく、業務部門と一緒にビジネスを成長させていく“パートナー”になるべきです。そのためには、業務部門はビジネスの将来像を、IT部門はITの将来像をそれぞれのプロフェッショナルとして対等に語れるようにならなければいけません」(甲元氏)
一方、特に日本企業の場合、システムの開発や運用は社外のSIerに任せているケースが多い。これについても甲元氏は見直しを求める。
「IT部門はSIerにシステム要件を伝えることが仕事と考えがちですが、これも正しくありません。本来、経営層や業務部門がIT部門に求めているのは、自社のITを設計、開発し、責任を持って動かす役割です」
もちろん現実問題として、開発や運用の全てを自社で担える企業は少なくSIerの力を借りる部分は残る。だからこそ、自分たちのITは自分たちが作るという意識を持ち、開発の主導権を握らなければいけないと甲元氏は語る。
IT部門は製品選定を外部に丸投げしてはいけない
実際のIT製品導入に当たっては次のようなプロセスを経ることを甲元氏は推奨する。
「IT製品導入にかかわるプロジェクトが始動した際にまずすべきことは、そのプロジェクトの目的とゴールを設定することです。IT部門はとかくHOW、つまりどうやってその製品を導入するかに気を取られがちです。しかし大事なのは、『目的は何』で『どうなればそれが達成された』のか目標値を共有しておくことです」
目標はKPI(重要業績評価指標)、KGI(経営目標達成指標)といった数値で設定できればよいが難しい場合も多い。そのときは、例えば「3年後にこういう状態になっていること」といった具体的な状態を示す形でプロジェクトのゴール定義をしておくことが重要だという。ゴールが定義できたら、そこに向けて業務プロセスをどう変えるのか、そのためにどんなツールが必要かという形でIT製品の選定へと具体化していく。目的とゴールを議論して決めておくことで、導入後の評価についてもIT部門と業務部門の間で共通の尺度を持つことができる。
仮にIT部門が窓口としてSIerに開発を依頼する際も、RFP(提案依頼書)に要件だけを書き連ねて、その内容に合っている提案であれば問題ないとしてしまうことは避けたい。「SIerは顧客のニーズに合わせた製品選定をしてきますが、それをうのみにしてはだめです。どういう製品を使うべきかは、発注側のIT部門がきちんとイニシアチブを取って決めなければいけません」と甲元氏は話す。
IT部門は、SIerに提案依頼を出す前、どのようなIT製品を使うべきかを想定し、事前にその製品のことを知っておくべきだというのが甲元氏の主張だ。
「これをしておかないと導入後にITのサイロ化が進んだり、拡張性が足りないことに後から気付いたりすることになります。製品選定はSIerの事情で決まりがちですが、それは自社のITの将来像とは何の関係もありません。主体的にIT製品を選ぶことを念頭に進めましょう」
既にSIerと長期の関係を結んでいる企業の場合、そのSIerからの提案を信頼してしまう傾向がある。IT製品選びは企業の将来を左右する重要なテーマだという認識を持って臨みたい。
また甲元氏は、IT製品を導入する領域についても、下記の注意点を挙げる。
「例えば生産や物流、営業など、自社の競争力、差別化に直結する部分の変革については、基本的に市販のIT製品では実現できないと考えるべきで、独自開発を念頭に進めましょう。それ以外の管理業務などの非競争領域は、業務プロセスを見直して、市販のIT製品の能力をフルに生かせる形に持っていく必要があります」
市販のIT製品によってはさまざまな機能をモジュールとして連携させられる。市販の製品を中心に据え、競争領域だけを独自開発してAPI連携するようなITの構成をとることも可能だ。
IT製品選定で失敗しがちなポイント
最後に甲元氏が今日のIT製品選びで重要なポイントとして指摘するのが、パッケージ製品とサブスクリプション製品の違いを知ることだ。
「サブスクリプション製品は、導入の手軽さ、管理のしやすさにメリットを感じる人も多いと思います。しかし、サブスクリプションはそのサービスの提供事業者が製品を廃止したり、事業者そのものが廃業したりした場合に利用できなくなります。IT部門はそのことを前提に、対応策を考えておかなければいけません」
IT製品の選定に当たっては費用対効果の評価が求められる場合もある。ただ、従来あるROI(投資対効果)だけで製品の評価はできない部分も増えている。「例えば生成AIを導入した業務改革や、新しいビジネスのためのIT導入など、効果を数値化することが難しいプロジェクトを認めないようでは競争で後れを取ります」
IT製品は企業内のさまざまな業務に浸透し、細分化が進んでいる。それだけ製品選びにまつわる検討材料も増えている。甲元氏は、IT部門はそうした状況下で企業のITに関する「コンサルタント」にならなければいけないと語った。
「業務部門から要望を受けた製品をただ発注するだけの『購買部門』になってはいけません。これからのIT部門は、社内ITコンサルタントとして、業務部門や経営者からどんな質問に対しても答えられるよう情報収集やスキル向上に努めてほしいと思います」
筆者紹介:甲元 宏明(アイ・ティ・アール プリンシパル・アナリスト)
三菱マテリアルでモデリング/アジャイル開発によるサプライチェーン改革やCRM・eコマースなどのシステム開発、ネットワーク再構築、グループ全体のIT戦略立案を主導。欧州企業との合弁事業ではグローバルIT責任者として欧州や北米、アジアのITを統括し、IT戦略立案・ERP展開を実施。2007年より現職。クラウドコンピューティング、ネットワーク、ITアーキテクチャ、アジャイル開発/DevOps、開発言語/フレームワーク、OSSなどを担当し、ソリューション選定、再構築、導入などのプロジェクトを手掛ける。ユーザー企業のITアーキテクチャ設計や、ITベンダーの事業戦略などのコンサルティングの実績も豊富。
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