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高齢化率3割超なのに「オンライン予約6割」を実現 豊岡市が注目した“費用対効果以外”の評価軸

兵庫県豊岡市は高齢化率34%超、今後5年で約5000人の人口減少が見込まれている。従来の行政運営が立ち行かなくなる前に、同市が着手したのが公共施設の予約や鍵管理のデジタル化だ。数字で成果を示すのが難しいDXを実現するために、同市が着目したポイントとは。

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 電話での空き状況確認や紙の申請書の提出、窓口に赴いて鍵を受け取る――。公共施設を利用するために、市民が何度も足を運ばなければならない自治体は多い。高齢化率3割超の兵庫県豊岡市もかつてはこうした課題を抱えていたが、デジタル化を進めた結果、オンライン予約比率は6割を超えた。「高齢者には難しいのでは」「数字で成果を示すのが難しいのでは」という懸念を覆した背景には、同市独自の着目点があった。

兵庫県北部の日本海に面する豊岡市。コウノトリの野生復帰と城崎温泉で有名(出典:国土地理院「地理院地図データ」(https://maps.gsi.go.jp/)を基に筆者が作成)
兵庫県北部の日本海に面する豊岡市。コウノトリの野生復帰と城崎温泉で有名(出典:国土地理院「地理院地図データ」(https://maps.gsi.go.jp/)を基に筆者が作成)
昭和初期に建設された洋風庁舎を今も使用する豊岡市役所。レトロな佇まいが印象的(筆者が撮影)
昭和初期に建設された洋風庁舎を今も使用する豊岡市役所。レトロな佇まいが印象的(筆者が撮影)

 自治体といえども成果を数字で示すことが求められる昨今、「費用対効果を示すことは難しいが、市民にとって恩恵が大きなDX」を実現するために同市が着目したポイントとは。

「リアルタイムの空き状況が分からない」 紙・対面・電話前提の施設運用

 人口規模が小さい自治体が抱える課題の一つに、都市部と比べて民間のスポーツ施設や集会所が少ないことが挙げられる。市域が広く、民間施設が限られる豊岡市でも、市民が体を動かしたり集まったりする場の多くを公共施設が担ってきた。市が管理する公共施設は92に上る。

 一方で、その利用手続きは長年、電話での空き状況の確認や紙の申請書の提出、窓口での鍵の受け渡しといったアナログな運用が前提となっていた。豊岡市役所の出水翔太氏(DX・行財政改革推進課)は、「こうした『紙』『対面』『電話』が前提の運用では、働く若い世代が気軽に利用できません」と語る。

豊岡市役所の出水翔太氏(DX・行財政改革推進課)(筆者撮影)
豊岡市役所の出水翔太氏(DX・行財政改革推進課)(筆者撮影)

 それまでの仕組みには、幾つもの構造的な問題があった。まず、利用できる時間と手段が限られていた。空き状況はリアルタイムで公開されておらず、予約や支払いは施設の開館時間内に完了させる必要があった。仕事を持つ世代にとっては、予約のために休みを取ったり、何度も足を運んだりしなければならない。支払い方法は現金に限られており、キャッシュレス決済比率が高い若者世代からは敬遠されていた。

 職員側の負担も深刻だった。夜間や休日の利用時には鍵の受け渡しや回収が必要となり、返却が遅れることによって鍵が不足することもあった。利用件数が増えるほど管理業務が増大する。さらに鍵を一度利用者に渡してしまうと、「誰が」「いつ」施設を使ったのかを即座に把握することが難しくなる。加えて紛失や複製、閉め忘れといったセキュリティ面のリスクもあった。

 こうした運用の結果、公共施設の利用者は比較的時間に余裕がある高齢者が中心となり、働く世代や若者が気軽に使いにくい仕組みになっていた。

 出水氏は「第5次行財政改革大綱では『公共サービスが多様な人たちによって創造されている』と掲げています。公共施設が市民の生活に欠かせないインフラであることを鑑みれば、利用のしやすさと運営の持続性を両立させる必要がありました。目指したのは予約や決済、鍵管理をデジタル化し、市民にとっては使いやすく、行政にとっては効率的で安全な運営の実現です」と説明する。

「市民の見えないコスト」を軸に再定義したDX

 公共施設の予約手続きをデジタル化するに当たり、豊岡市が直面した最大の壁は予算だった。新たなシステムの導入には当然コストがかかる。行政内部では、「その投資で『何が』『どれだけ』改善されるのか」を具体的な数字で示すことが求められた。特に財政部門からは、職員の業務効率がどの程度向上するのか、費用対効果を明確に示す必要があるという声が上がったという。

 しかし、この取り組みは、明確な費用対効果を数値で示しやすい施策ではない。システムを導入したからといって、市役所全体の残業時間が目に見えて減るわけでも、職員の負担が一律に軽くなるわけでもない。行政内部の効率指標だけでは、その価値を十分に説明することが難しかった。

 そこで豊岡市は、こうした内部指標にとどまらず、市民の利便性や施設運営の持続性といった観点も含めて、導入効果を総合的に整理して検討を進めた。重視したのは「市民コスト」という考え方だ。

 これまで市民は、1回の施設利用に当たって何度も足を運び、移動時間や待ち時間、現金支払いといった手間を負ってきた。行政の支出としては可視化されにくいが、市民一人一人が確実に支払ってきたコストだ。

 今回の取り組みはこうした負担を減らし、“市民の時間を取り戻す”ための投資だと位置付けを見直した。さらに、デジタル田園都市国家構想交付金(注1)の活用で財政面の見通しが立ったことも大きな後押しとなった。

 出水氏は、システム選定にあたって重視した判断軸について次のように説明する。

 「豊岡市には体育館やイベントホール、集会所など多様な公共施設があり、施設ごとに設備や運用条件が異なります。そのため、機能の多さや最新性を追い求めるのではなく、費用面に加えて、市民が直感的に使える操作性や施設ごとの違いに柔軟に対応できるかどうかを重視しました。市内に点在する施設を、現実的に運用できるかどうかが最大の判断軸でした」

 豊岡市は複数のベンダーから提案を受けて比較検討を進めた。限られた予算で運用できること、市全体で無理なく使い続けられることを条件としたが、提案によっては対応可能な施設が限定されたり、追加コストが発生したりするケースもあったという。最終的に重視したのは、「現場で回せるか」「継続できるか」という点だった。

 これらの条件を総合的に検討した結果、豊岡市はフォトシンスの「Akerun入退室管理システム」(以下、Akerun)の採用を決めた。

「Akerun入退室管理システム」と公共施設予約管理システム「Spacepad」連携の概要図(出典:フォトシンスの提供資料)
「Akerun入退室管理システム」と公共施設予約管理システム「Spacepad」連携の概要図(出典:フォトシンスの提供資料)

予約から解錠までオンラインで完結、実運用で見えた新たな課題も

フォトシンスの土田幸介氏(コーポレート営業部部長)(筆者撮影)
フォトシンスの土田幸介氏(コーポレート営業部部長)(筆者撮影)

 「Akerun」はスペースマーケットの公共施設予約管理システム「Spacepad」とAPI連携して利用する、錠・鍵・管理・認証がワンパッケージになったクラウド型のスマートロックだ。予約から解錠までをオンラインで一括管理できる。

 フォトシンスの土田幸介氏(コーポレート営業部部長)は、AkerunとSpacepadを連携させた仕組みについて次のように説明する。

 「市民の方はSpacepadから施設の空き状況を確認して予約すると、利用時間に合わせて解錠用のURLが電子メールで届きます。当日はそのURLをスマートフォンで開くだけで解錠操作が可能です。予約情報と現在時刻をシステム側で照合した上で、条件を満たしていれば扉が開く仕組みです。施設利用料についても、クレジットカード決済やコンビニ決済に対応しており、予約から利用、支払いまでをオンラインで完結できます」

貸し出し施設が検索できる
豊岡市の施設予約サイト。貸し出し施設が検索できる,貸し出し施設が検索できる(筆者によるキャプチャ),豊岡市の施設予約サイト。貸し出し施設が検索できる(筆者によるキャプチャ)

 Akerunは既存の扉に後付けで設置できるため、施設ごとに扉の構造や設備条件が異なっていても、大がかりな改修は必要ない。現在の導入対象は、市が管理する92施設のうち職員が常駐する施設などを除いた60施設で、扉の数は約80に及ぶ。体育館や会議室、調理実習室、テニスコートなど市民が日常的に利用する公共施設が中心だ。屋外に面した扉には防水モデルを採用し、日本海側気候特有の降雨や積雪といった気候条件にも配慮している。

 施設ごとの運用実態や予算制約を踏まえながら、市域全体で無理なく展開できる環境を整備し、2025年2月から本格運用を開始した。出水氏は導入効果について次のように語る。

スマートフォン操作で施設の扉に取り付けられているAkerunを操作し解錠。物理鍵は不要だ(筆者撮影)
スマートフォン操作で施設の扉に取り付けられているAkerunを操作し解錠。物理鍵は不要だ(筆者撮影)

 「これまで必要だった物理鍵の受け渡しが不要になり、申請手続きもオンライン化されたことで、施設管理に関わる事務負担は大きく軽減されました。オートロックによって閉め忘れの心配もなくなり、管理者画面から利用状況を把握できるようになったことで、運用面やセキュリティ面での安心感も高まっています」

 一方で、施設管理を担う職員が想定していなかった変化も生じたという。それは予約から利用までがオンラインで完結するため、「誰が、どのような目的で施設を利用しているのかが把握しにくくなった」ことだ。これまで窓口でのやり取りを通じて自然に実施されていた利用状況を把握するための声掛けが減り、利用前後の状況を踏まえた対応がしにくくなったと感じる職員もいる。

 また、予約が入るたびに通知メールが届く仕組みのため対応すべき情報が増え、別の形で業務負担が増えたと感じる職員もいる。加えて、頻度は高くないものの、解錠できないといったトラブルが発生した際に、対応の流れや役割分担を整理する必要性も見えてきた。

 そうした中で市にとって意外だったのが、高齢者の利用が想定以上に進んだ点だ。現在、公共施設予約全体の件数におけるオンライン経由の比率は6割を超えているという。出水氏は「市としてはオンライン利用を強制せず、紙での申請も残していますが、『使える人は自然に使う』環境が整備された結果、利用の裾野が広がったと感じています」と話す。

 出水氏自身も、一市民としてその利便性を実感している。これまでは雨の日に子どもを遊ばせる場所の選択肢が限られていたが、各施設の空き状況をリアルタイムで確認できることにメリットを感じているという。「『体育館が空いているから、予約して行ってみよう』といった具合に、行動の選択肢が広がりました。こうした小さな変化が市民の暮らしの中で生まれ始めています」。

Akerunは後付なので施設ごとに扉の構造が異なっても設置できる(筆者撮影)
Akerunは後付なので施設ごとに扉の構造が異なっても設置できる(筆者撮影)

等身大で進める「自治体DX」、全国から視察も

 現在、豊岡市には公共施設予約DXの取り組みについて、他の市町村から視察依頼が相次いでいる。人口減少や人手不足、施設管理の負担増といった課題は、多くの自治体に共通するものだ。

 もっとも、出水氏は成果を誇張しない。市役所全体の残業時間が減ったとしても、それをDXの成果として数字で示すことは難しい。一方で、市民が施設を利用するために何度も足を運び、待ち、調整してきた時間といった、市民が負担していた「見えないコスト」を減らすことが公共サービスの持続可能性につながるという考えは揺るがない。

 出水氏は「デジタルそのものよりも、X(トランスフォーメーション)で、市民の行動や利用の在り方に継続的な変化が生まれることを重視しています」と語る。

 潤沢な予算がなくても評価軸を見直し、現場で回る仕組みを一つずつ積み上げていく。豊岡市の公共施設予約DXは、自治体の規模や条件に左右されずに実践できる"等身大の変革"の先駆けとなっているようだ。

(注1)デジタル田園都市国家構想交付金とは、地方の社会課題解決・魅力向上の取組を加速化・深化する観点から、各地方公共団体の意欲的な取組を支援する国の交付金

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