「Google AppSheet」でレガシーをやめた福岡の老舗企業のクラウドシフト戦略とは
福岡の老舗企業の4代目社長は、再現性の高い経営ができない、情報を水平展開できないなど、先代から受け継いだ企業経営に幾つもの課題があることに気が付いた。そこに、コロナ禍の到来で売り上げが大きく落ち込み、経営改革が急がれた。
九州に拠点に置き、フードサービス企業としてレストラン運営や食品の製造販売などを手掛ける風月フーズは1949年に創業し、2023年で73年目を迎える。長い歴史を持つ企業の多くは慣例主義を重んじるが、同社も同様に従業員間のコミュニケーション不足や属人的かつ勘に頼った判断、事業に対する内向きな意識が問題だった。さらに、コロナ禍によって高速道路サービスエリアや空港内飲食店などの交通販路が大打撃を受け、2020年5月は10%台にまで売り上げが落ち込んで事業が立ちゆかない状態だったという。
先代社長から企業を受け継いだ4代目の福山 剛一郎氏は、代表取締役社長に就任する2020年3月以前から多くの課題があることに気付いていた。同氏は「経営者の交代は業務改革の好タイミングでした」と述べ、経営改革を目的としたレガシーシステムのクラウドシフトに乗り出した。レガシーシステムからの脱却のプロセスと、プロジェクトの進め方について、同社代表の福山氏に話を聞いた。
サーバの“突然死”、プロジェクト中に襲った悲劇が功を奏す
当時は、東芝のPCサーバ「MAGNIA」などのオンプレミスサーバと外部サーバを連携させて、物販やレストラン、サービスエリアなどの販売管理を異なるシステムで運用していた。そこから各種データを基幹システムに集約し、工場への製造や廃棄指示などをしていた。
オンプレミスのサーバは導入から35年ほどが経過して老朽化が進み、いつ停止してもおかしくない状態だった。また、これまでもIT担当者は管理系パッケージの刷新を提案してきたが更改がかなわず、さらに2002年に導入した勤怠管理システムはインタフェースがWeb UIでありながらも、当時はネットワーク回線が遅く従業員からは不評だった。発注や買い掛け管理に飲食店向け業務支援・改善システム「ASPIT」を導入していたが、基幹系システムとの連携がうまくいかず、連携インタフェースを開発するなどしてパートナー企業と共に全体の見直しに着手した。
6人の次世代システムプロジェクトチームを組成して、まずは基幹システムをクラウド型のパッケージシステムに切り替えた。福山氏は「『スモールスタート』と『全員野球』がプロジェクトのキーワードでした。全員野球とは、他部門からの意見も取り込み、現場の反応を受け止めて方針を定める手法です。経理部門とIT部門、営業部門など複数の部署のメンバーを交えてプロジェクトを進めました。クラウド型パッケージシステムは特定のセクションだけ試験的に導入することも可能なため、それが導入ハードルを下げる要因にもなりました」と当時をと振り返る。
他方で、ノーコード開発ツール「Google AppSheet」を使って、商品の棚卸しや経費日計表、社内研修出席管理を支援するクラウドアプリケーションの開発も同時に進めた。プログラミングの知識を持ち合わせていない担当者に対しては、パートナー企業の協力を得て定期的な勉強会を開催し、共に開発スキルを学んでいったという。福山氏は「これは一種のリスキリング」だと説明する。
こうして業務システムの約8割をクラウドサービスに切り替えた。給与計算業務のクラウドシフトも進めていたが、ちょうど年末調整の時期に差し掛かり総務部門が繁忙期に入ったため、リプレースタイミングの変更を検討した。だが、背中を押すかのようにサーバが“突然死”を迎えたことでリプレースを余儀なくされ、くしくもこのトラブルがプロジェクトを前に進めるきっかけになった。こうして、年内にシステムの入れ替えも無事に終えられた。
従業員の“数字嫌い”を克服 データで取り組みを可視化
風月フーズは同時期からフルクラウドのグループウェア「Google Workspace」の採用を検討し始め、2022年3月に導入を終えた。導入の理由について、福山氏は次のように語る。
「以前からGoogle AppSheetなど、Googleのサービスを利用していたことが大きな理由ですね。導入前は店舗の売り上げデータを現場担当者が『Microsoft Excel』にまとめ、印刷したものをFAXで送信することで店舗の売り上げを本社に報告していました。これを『Google Sheets』を使ったフローに変えたことで、全従業員がリアルタイムで売り上げデータを確認できるようになりました。また、数千に上る商品の棚卸し業務も大きな課題でしたが、1日かかっていた手書き処理もGoogle Sheetsならスマートフォンやタブレットから入力するだけで済みます」
一連のシステム刷新が全て順風満帆だったわけではない。福山氏によれば、システム刷新に伴う現場の抵抗勢力やデータ活用に対する意識の低さがボトルネックだったと当時の苦労を語る。
データ分析フローも「Google Cloud Platform」によってクラウドで完結できるようにした。各システムから収集した売り上げデータを「Google Drive」に格納し、Googleのプログラミング言語「Google Apps Script」によってデータを変換した上で、「Google Cloud Platform」のBI(ビジネスインテリジェンス)サービス「Looker Studio」を使って売り上げデータを分析する仕組みに変えた。
これまではPOSレジからダウンロードしたデータを手作業で整形していたが、Looker Studioを使うことで「現場の従業員もタブレットで売り上げ情報を確認でき、現場の“数字嫌い”がなくなりました。また、『商品の置き場所を変えたことでどれくらい売り上げにつながったのか』など取り組みの結果が数値で確認できることで施策の検証にも生かせ、従業員のモチベーション向上にも役立っています」と福山氏は語る。
また、販売分析システムと並行して、過去の売り上げデータなどを機械学習することで、AI需要予測の仕組みを構築した。だが、需要予測と現実が合致せず、大型連休など繁忙期に欠品を起こして顧客や関係者から苦情が舞い込んだという。福山氏は「担当者も『以前の発注方法に戻そう』ではなく、どうすれば需要予測の精度を高められるかを考え始めました」と社風の変化にも功を奏したと語る。
同社はデータの民主化による経営改革を実現するために、Google AppSheetを使ったアプリケーションの内製やデータ活用に取り組んでいるところだ。福山氏は、最後に次のように今後の展望を述べた。
「パートナー企業の支援を受けながらGoogle WorkspaceとGoogle Cloud Platformのさらなる活用を進め、データとロジックに基づいた再現性のある経営を目指しています。Google Workspaceは従業員の働き方やコミュニケーションの起点になりました。今後はバックオフィスの改善やデータ分析によって顧客接点を増やし、多様な選択肢を提供する考えです」
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