情シスは多忙でも「あのツール」は使わない おカネ以外の3つの理由とは?:ITサービス管理ツールの利用状況(2024年)/前編
情報システム部門のヘルプデスク業務やITサービス管理の複雑化、煩雑化に伴う負担は重いが、それらを支援するツールの導入は進んでいない。キーマンズネットの調査で浮かび上がったその理由とは。
コロナ禍対応に始まり、ワークシフトに伴うシステム対応やDX(デジタルトランスフォーメーション)の推進、「Windows 11」移行など、通常業務以外にIT部門が関与すべきことは増え続けている。加えて人手不足も慢性化、深刻化する中で、ヘルプデスク業務をはじめとする情報システム部門の業務、特にITサービス管理を支援するツールの導入はあまり進んでいないことが調査で判明した。IT投資全体としては増額傾向にある中で、なぜこうした領域に対する投資は進まないのだろうか。
キーマンズネットは「ヘルプデスクおよびITサービス管理ツールの利用状況」に関する調査を実施(実施期間:2024年8月13日〜30日、回答件数:158件)して、その理由に迫った。前編となる本稿では、情報システム部門(情シス)が抱えるヘルプデスク業務やITサービス管理に関する課題と、ITサービス管理ツールの利用実態を取り上げる。
忙しいのに、ツールの導入は進まない「3つの理由」
現在、情シスの課題の焦点はどこにあるのだろうか。自社のヘルプデスク業務およびITサービス管理に関する課題や悩みを聞いたところ、「インシデントの対応時間が長い」(30.4%)、「同じ問題が繰り返し発生することを防ぐのが難しい」(28.5%)、「知識や情報の共有が不十分で、ナレッジベースが活用されていない」(27.2%)との回答が上位に挙がった(図1)。
ただし、中小企業と大企業では課題やツールの利用状況に違いがある。調査からはツールを利用しない3つの理由も浮上した。それは何か。さっそく見てみよう。
まず、100人以下の中小企業が抱える課題としては「知識や情報の共有が不十分で、ナレッジベースが活用されていない」との回答が最多で、「同じ問題が繰り返し発生することを防ぐのが難しい」「IT運用にかかるコストを適切に管理できない」「サイバー攻撃やデータ漏えいなどのリスクに対処するのが難しい」といった声が続いた。
1001人以上の大企業に多かった「インシデント対応にかかる時間が長い」という回答は11.9%にとどまったことから、企業規模によってITサービス管理における課題の優先度に違いがあることが分かる。
こうした課題の解決を支援するITサービス管理(ITSM)ツールを導入しているかどうかを尋ねたところ、「利用している」との回答は10.8%で、「今は利用していないが、具体的な検討を進めている」(4.4%)や「今は利用していないが、重要性は把握している」(19.0%)など、ツール利用に前向きな回答を寄せた層と合わせても約3分の1にとどまった。
課題と同様に、導入においても従業員規模による顕著な差が見られた。5001人以上の超大企業帯は「利用している」との回答が20%、「検討を進めている」との回答が6.7%で、全ての企業帯の中で最も多く、「今後も利用する予定はない」との回答は13.3%で最も少なかった。一方、100人以下の中小企業帯では「利用している」との回答は0%、「検討を進めている」との回答は2.4%で、「今後も利用する予定はない」と回答した人は50%に上った。
次に、ITSMツールの利用が進んでいない背景を考察する。「今は利用しておらず、今後も利用する予定はない」や「以前は利用していたが、現在は利用を中止している」と回答した方を対象に利用しない理由をフリーコメントで聞いたところ、大きく次の3つの理由が浮かび上がった。
「現時点ではツールの必要性を感じていない」
「同様のツールをスクラッチ開発して使用している」「各種ツールを組み合わせて何とか対応している」「現状の体制で特に問題と感じるインシデントが発生してない」など、現在の運用体制で管理できているために必要性を感じていないとの回答が幾つか挙がった。中には「担当者の退職など、ヘルプデスク業務がいよいよ回らない理由がなければ、検討に乗らない」といった必要性を感じる場面に直面しなければ検討できないとの声もあった。
「必要性を感じているが、予算が確保できない」
「コストがかかるものは導入が難しい」「管理用のシステムへの予算はない」といった回答も目立った。ITサービス管理を主管とする情報システム部門は利益を生み出さないコストセンターと見なされがちで、営業や販売、製造などの部門に比べて予算の割り当てが難しい実情が浮かび上がった。中には「現状3人でヘルプデスク対応をしている。こうした業務に予算がつかないため、(ITSMツールを)使う予定はない」といった諦めムードが漂う回答も寄せられた。
「ITSMツールって何?」
「ITSMツールをよく知らない」や「ITSMツールが何であるかが分からないため、判断できない」に見られる、ITSMツール自体の認知度の低さをうかがわせる声も多く挙がった。ITサービスマネジメントにおけるベストプラクティスをまとめたITILをはじめ、ITサービスの保守・運用における課題と対応手法の存在は旧来から知られている。しかし、変化のスピードを増しているビジネス環境への対応を背景としたより広範囲でのITサービス管理という視点でのITSMについては、特に、中堅・中小企業ではまだ理解が進んでいないのが現状であるようだ。中には「システム部門がITSMツールの存在を知らない」「スキル不足のため使えない」といった、情報収集不足やスキルの習得不足を懸念する意見もあった。
こうした回答からも分かるように、ITSMツールの認知度は低い。回答者全体では「名称、具体的な機能ともに知っている」層は12.0%にとどまった。反対に「名称も具体的な機能も知らない」との回答は41.4%に上り、「名称のみ知っている」(29.1%)、「名称は把握していないが、設問で説明されている機能を持つツールの存在は知っている」(17.7%)といった名称と機能が一致しない層が、名称と機能を認知している層よりも多く存在することが分かった。
利用状況と同じく、企業規模によって認知度に差があることも判明した。100人以下の中小企業帯は「名称、具体的な機能ともに知っている」との回答が0%、「名称も具体的な機能も知らない」との回答は54.8%と、過半数が認知していないのが現状だ。「名称、具体的な機能ともに知っている」と回答した割合は、101人〜1000人の中堅企業帯では3〜4割、1001人以上の大企業帯では5〜6割に達し、企業規模が大きくなるほど高まる傾向にある。
最も使われているITSMツールは?
幾つかのITSMツールの認知度と利用状況について尋ねたところ、認知度では「ServiceNow」(26.6%)、「Zendesk for Service」(23.4%)、「ServiceDesk Plus」(15.2%)が上位に挙がった。
利用状況では、「現在利用している」と「利用したことがある」「試したことがある」を合わせると、「ServiceNow」(12.7%)がトップで、「Zendesk for Service」(5.1%)、「Jira Service Management」(5.1%)が続いた。今回の調査範囲の中ではServiceNowの認知度、利用率がともに高く、特に利用率では他のツールに2倍以上の差を付けた。
ITSMツールにかける年間の運用費(導入費用、ライセンス費用を含む)は、「50万円以下」(27.8%)が最多だが、「51万円〜100万円」(16.7%)を挟み、3位以下は「101万円〜300万円」から「2001万円以上」まで横並びだった。ライセンス数や利用する機能などによって大きく左右される様子だ。
ITSMツールを導入する目的は、回答者全体では「インシデント管理の効率化、迅速化のため」(51.9%)がトップで、「複数のITツールやシステムを一元管理し、全体の運用効率を高めるため」(42.6%)、「ユーザーの問い合わせやリクエストに迅速に対応するため」(31.5%)と続いた。
現在ツールを利用している層に絞ると、「複数のITツールやシステムを一元管理し、全体の運用効率を高めるため」が最多回答となった(図2)。急激なビジネス環境の変化に対応する必要性が増したことを背景に、ユーザーからの問い合わせを含むインシデント管理・対応の効率化だけでなく、ITサービスの一元管理による全体最適化や効率化を目的とする企業が増え始めているようだ。
選定で重視するポイントは?
ITSMツールの選定時に重視するポイントを聞いたところ、全体では「ツールの導入および運用コストが予算内に収まる」(44.4%)という回答が最多で、「必要な機能が全て揃っている」(40.7%)、「UIが直感的で使いやすい」(7.4%)といった回答が続いた。
ITSMツールを利用している企業が重視したポイントは、「必要な機能が全て揃っている」(41.2%)がトップで、「ツールの導入および運用コストが予算内に収まる」(35.3%)が2位と、全体とは順位が逆転する結果となった(図3)。
ここからは、予算が十分に確保できているかどうか、企業としてITサービス管理に取り組む必要性が定まっているかどうかがツール選びに大きく関係することが浮かび上がる。
ツール導入前は、全社でITSMに取り組む目的を明確化し、現在の運用体制からの移行も含めて費用対効果をはっきりと把握することで、限られたIT予算における優先順位を高める必要がある。
また、予算を確保した後は、ITサービス管理に取り組んだ成果が問われるため、目的達成のために必要な機能が揃っているかどうかが最重視されるのだろう。
部分的な運用にとどまる実態
ここまで企業におけるITサービス管理の課題とツールの利用実態を紹介してきた。
ITサービス管理の本来的な目的は、従業員や顧客に対するITサービス提供におけるシステム設計や開発、運用や保守などの業務プロセスにおける改善点を可視化し、改善のための仕組みを整備することで、ビジネスの発展に寄与することにある。ITSMツールの中には生産性の向上や従業員満足度や顧客満足度の向上をうたう製品も多い。
しかし、現状ではツールをインシデント対応を中心とするITシステムの運用管理のために利用する企業が多く、本来的な目的から見ると、部分的な利用にとどまっているケースも目立つ。
そこで後編では、ITSMツールを利用している企業における運用の課題を紹介しつつ、ヘルプデスク業務とITサービス管理における読者のアクシデント体験にも触れる。
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