ハナマルキ、情シスたった3人で「全社Gemini化」 AIで年間2万時間を削減した「3つのK」作戦
IT部門のリソースが限られる企業において、生成AIの全社導入と現場への定着化をどう進めるかは大きな課題だ。ハナマルキは独自のアプローチで利用率86%超を達成した。「3つのK」を掲げて同社が推進したアプローチの詳細を担当者が語った。
IT部門の人的リソースが限られる中で、生成AIの活用をどう進めるべきか悩む担当者は多い。全社で定着させるまでに推進担当者が担うタスクは多岐にわたる。
老舗食品メーカーのハナマルキも、わずか3人の情報システム部で同じ課題に向き合った。「Google Gemini」の浸透率86%超を果たし、年間2万時間の業務削減につなげたプロセスとは。情報システム部長の森香織氏が、成果だけでなく、現場への定着に向けた試行錯誤も含め、率直に振り返った。
考えたのは「Geminiを使わせる」のではなく、「使う人を増やす」
ハナマルキが生成AIの導入を検討し始めた契機は、競合他社が広告クリエイティブなどでAIを使い始めたことだった。文書作成や翻訳といった定型業務の効率化の他、情報システム部では「Google Apps Script」(GAS)のコード生成など、開発用途での期待もあった。
本格的な導入に向けて動き始めた同社は、定着に向けた活動を「3つのK」という独自のアプローチで進めた。
1つ目のKは「規定」だ。2024年1月、まず生成AI全般の活用ガイドラインを策定した。当初は個人情報や会社情報の入力を一律に禁止するというルールを定め、安全性の確保を最優先した。
続いて着手した2つ目のKは「共有」だ。2024年6月に「Google Workspace」のオプションとしてGeminiのライセンスを25人分用意した。いきなり全従業員に展開しても一部の層しか利用しない可能性があるため、意図的にスモールスタートを選択したという。
最初の25ライセンスは、経営陣と、社内で立候補した11人の「AIサポーター」に付与された。AIサポーターとは、Geminiをどうやって利用していくかを共に検討していくメンバーだ。「チャットスペースを自由に使って議論してもらったところ、お互いに活用事例や使い方のコツを教え合うなど、自発的な情報共有が行われるようになっていきました」(森氏)
この段階では、経営陣が自らツールを使ったことが重要な意味を持った。社長が自ら「せっかく使える環境があるのだから積極的に活用していこう」と発信し、実践する姿勢を見せた。経営層のトップダウンによる後押しと、AIサポーターによるボトムアップの活動が連動したことで、現場が安心してAIを業務に取り入れられる空気が形成されていった。
こうして利用の裾野を広げながら、同社は全社でGeminiを使うための環境とルールを整えていった。一方で、利用範囲が広がるにつれて、導入当初とは異なる判断も求められるようになった。
その後、2025年1月のプラン改定により、Google WorkspaceにGeminiが標準搭載され、全従業員が利用できる環境が整った。これに伴い同社は規定を再整備し、業務で利用可能なAIをGeminiのみに限定した。入力データがAIモデルの学習に使われないGeminiの仕様を前提に、「会社の情報を入力しても問題ない」とルールを明確化し、シャドーAIのリスクを抑えながら実業務での活用範囲を広げた。
従業員への「教育」徹底 「AI依存症」を防止
そして、全従業員へのGemini開放と合わせて展開したのが、3つ目のKとなる「教育」だ。
情報システム部はマニュアルを整備し、安全な利用方法を現場へ伝達した。特に同社が注力したのが、単なるツールの操作説明ではなく、AIの特性を理解させるリテラシー教育だ。
規定に加えて「AIはハルシネーションを起こす」という注意喚起を盛り込むことで、AI任せにせず、必ず自分で内容を確認するよう呼びかけたという。AIの回答を盲信して自ら考えることをやめてしまう「AI依存症」を防ぐため、人による最終チェックを必須とする運用を徹底した。
その他の活動として、社内講師や電算システムによる勉強会を全4回にわたって実施した。さらに、情報システム部から「AIニュースレター」を定期的に発行し、最新の機能やアップデート情報を社内に発信し続けた。正しい知識を継続的にインプットすることで、従業員が主体的にツールを使いこなせるようサポートした。
3つのKを推進した結果、生成AIの利用率は劇的に向上した。2025年1月時点で33%だったGeminiのログイン率は、2025年12月には約80%に上昇し、2026年6月時点では個人ライセンス換算で86%を超える利用率を記録している。Geminiの活用により従業員1人当たり1日平均30分の業務時間を削減できたと仮定すると、全社で年間2万時間を超える業務効率化を実現した計算になる。
現場の工夫が生んだ「ファイル限界突破」
現場では自発的に多様なAI活用が進められている。議事録の要約や「Gemini Notebook」(旧「NotebookLM」)を用いた資料作成といった定型業務の効率化だけでなく、各部署がそれぞれの業務課題に合わせてGeminiを応用している。例えば、製造部門では対象者に合わせた1on1の質問作成に活用し、R&D(研究開発)部門では「Raspberry Pi」を用いた温度管理アプリの開発に利用している。
このようにGeminiの活用が日常化する中で、ITエンジニアではない現場の従業員が独自に仕組みを作り上げて業務課題を解決した事例も生まれている。その代表例が、レシピ開発担当者による「ファイル限界突破」だ。
この担当者は、過去に作成した400件に上る自社製品の料理レシピのPDFファイルをGemini Notebookに読み込ませて、レシピの検索や分析を行おうとした。しかし、ファイルアップロード数の制限により、全ファイルの読み込みはできないことが分かった。代替策として、PDF内のテキストを手作業でスプレッドシートにコピー&ペーストして、それをアップロードすることも考えたが、件数を考えると非現実的だ。
そこでたどり着いた手段が、GASによる簡易なプログラムだった。所定のフォルダにレシピPDFを置くと、その内容をスプレッドシートに転記するという仕組みだ。このスプレッドシートをGemini Notebookに読み込ませることで、レシピの検索を可能にした
自律的AIエージェント構築で業務データのサイロ化を解消
全社的な定着という目標を達成したハナマルキは現在、ユーザーの指示に従って動く「使われるAI」から、自律的に業務を処理する「働くAI」の活用、つまり、AIトランスフォーメーション(AIX)の領域へと足を踏み入れている。
その背景には、深刻化するデータ管理の課題があった。Google Workspaceの活用が進むにつれて「Google Drive」に業務ファイルが散乱し、基幹システムやBIツールのデータも各所にサイロ化していたという。同じデータが複数箇所で個別に更新され、最新の正確な情報を把握しづらいという問題も浮上した。
同社はこの課題を根本から解消するため、Google Cloudのデータウェアハウス「BigQuery」へのデータ統合に着手する。それと同時に、電算システムからの提案を受け、「Gemini Enterprise」の活用に着手した。
着目したのは、AIが単に回答を生成するだけでなく、ユーザーの指示に基づいて一連のタスクを自律的に実行する「エージェント機能」だ。社内のあちこちに散らばる情報へ横断的にアクセスし、目的のデータを自律的に見つけ出して整理するエージェントを作れば、現場の業務負荷を大幅に下げられると考えた。
同社はデータの整理方法とエージェントの設計について検討を重ね、第一弾として「見積作成支援エージェント」を開発した。従来、営業担当者が見積もりを作成する際は、Google Driveに散在するデータを手作業で照合しなければならず、多大な工数がかかっていた。
見積作成支援エージェントは、自然言語による指示をトリガーにして、AIが自律的に適切なデータを検索して情報を整理する。例えば、「A商事の東京営業支店向けに見積もりを作って」と指示するだけで、過去の取引条件などを複数のデータから一括で抽出し、見積書を作成する。データ収集という高負荷な作業をAIが代行することで、営業担当者は顧客への提案活動など本来のコア業務に注力できるようになる。
AIでビジネスをイノベートする「次の3K」へ
「3つのK」の推進により生成AIを安全に利用する土台を築き上げたハナマルキでは、APIやMCP(Model Context Protocol)を用いてGemini EnterpriseとBigQueryを連携させるといった活用も進みつつある。同社は現在、これらの基盤の上で「次の3K」へとアプローチを進化させようとしている。
森氏は、「次の3Kは『AI 3K』です。専用モデルを限定的に導入して開発プロセスを自ら構築し、圧倒的な効率化を実現する『構築』、Gemini EnterpriseとBigQueryの連携でビジネスモデルをイノベートする『革新』、Google Workspaceのコラボレーション機能を生かし、AIと人、そして組織全体がスムーズにデータを介して連携する『協働』の3Kを進めていきます」(森氏)
生成AIは、限られた専門家だけが扱う特別なツールではなく、全てのビジネスパーソンが日常的に使いこなすインフラとなった。その次なるステップとして、自律的に業務タスクを処理するAIエージェントの活用を進めることで、企業の業務は根本から変わる可能性がある。ハナマルキが描く「次の3K」は、それに向けた進化の道筋を示すものだと言える。
本稿は、2026年7月30~31日に開催された「Google Cloud Next Tokyo」(主催:グーグル・クラウド・ジャパン)の講演「利用率 80%越え!年間 2 万時間削減を実現した ハナマルキ 流 Gemini 定着の秘訣」における解説内容を基に、編集部で再構成した。
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