生成AI導入に失敗する企業「6つの共通点」 情シスヘルプデスクの負担を減らす設計とは
問い合わせ対応ツールもチャットボットも外部委託も導入した。それでも情報システム部門は問い合わせに追われ、本来進めたい仕事に手が回らない。効率化の施策が現場の負荷に結び付かないのは、なぜなのか。
社内ヘルプデスクの効率化が進んでいる。キヤノンMJが情報システム部門のヘルプデスク111人を対象に実施した調査によると、問い合わせ対応ツールもチャットbotも外部委託も、導入・検討率は4割を超える。それでも担当者の7割が3年前より負荷が増えたと答え、8割が現在の業務に課題を感じている。
なぜ、負担を軽減する施策は進んでいるのに、現場の実感は逆を向いてしまうのか。キヤノンマーケティングジャパン(キヤノンMJ)の小酒井美紅氏(BPO事業戦略部)と、PKSHA Technologyの川崎慧人氏(パートナーアライアンス部)が、実態調査とAI導入現場の知見から、AIなどの効率化ツール導入を情シスヘルプデスクの負担軽減につなげるための方法を語った。
効率化ツールは導入したのに、それでも負荷が下がらない
キヤノンMJでは、従業員数300~1000人未満の企業で情シス部門のヘルプデスクを担当する111人に調査を実施した(期間:2026年6月12~15日)。課題を感じているとした人は合計80.2%に上り、課題の中身で最も多いのは「人員不足による一人当たりの負担」で、55.1%だった。
現場が手をこまねいているわけではない。効率化に向けて実施、または検討している施策では、「問い合わせ対応サポートツールの導入」が47.7%、「チャットbotの利用」が45.0%、「外部の専門業者への委託」が41.4%だ。いずれも2025年から大きく伸びている。一方で「情報システム部門の人員増強」は44.0%から28.8%へ下がり、人を増やすよりツールや外部パートナーで解決する流れが鮮明だ。
施策は打たれているのに、それでも負荷は下がらない。小酒井氏はそうなる原因は、施策を導入する段階で既に発生していると語る。
「問題は、何か施策を打っていないことではありません。施策が点で導入され、運用全体の再設計につながっていないのではないでしょうか」(小酒井氏)
川崎氏はAI導入の現状を整理した。総務省「令和7年版情報通信白書」によれば、日本企業の生成AI利用率は55.2%で、導入自体は特別ではない。一方で、マサチューセッツ工科大学が2025年に公表した調査では生成AIパイロットの95%がROI(投資対効果)ゼロに終わったとなっているなど、成果へつながっていない事例は多い。
川崎氏は、「AIを入れたかどうかでは、もう差がつかない時代になっています。成果が出る企業と出ない企業の差は、どういった目的を持って、どういった設計で導入したのかという、組織側の受け入れ態勢にあると言えます」と語る。
ヘルプデスクでのつまずきも同じ構造だ。「精度が上がらない」「使われない」「ROIが合わない」という3つの症状は独立した問題ではなく、一つの負の循環だと川崎氏は説明する。ナレッジが足りずAIが答えられず、どうせ解決しないと従業員は人に直接聞く。データがたまらず精度も上がらず、電話が鳴りやまない状態に戻る。
循環に陥る企業には6つの共通点があるという。それは、「FAQが古いか蓄積されていない」「ナレッジの属人化」「チャネルの分散」「マニュアルが活用されていない」「有人対応フローの未設計」「AI活用の目的化」だ。
正解がベテランの頭の中にしかなければ、AIには教え込めない。川崎氏は、AIの性能が悪いのではなく、AIを導入する環境と設計に問題があるケースが多くなっていると語った。
「回答」は7工程の1つ 窓口の一本化でデータを集約する
では、どう設計すべきか。川崎氏が示したのは、工程を分解する視点だ。
実務は少なくとも、受付と、切り分け、回答、有人対応、記録、ナレッジ更新、分析・改善の7工程から成る。回答の部分だけにAIチャットbotを当てても、カバーできるのは7分の1にすぎない。残る6工程が置き去りでは人が介入する工程は減らず、AIも学習できない。回答性能の高いツールでも精度が上がらない理由はここにある。
その上で川崎氏が勧めるのは、全社共通窓口の設置だ。窓口が部署ごとに分かれていると、従業員は迷い、たらい回しも起きる。ばらばらの窓口の手前に共通窓口を1つ置き、AIが内容を判断して自動回答するか、担当部門へ振り分ける。データが1カ所に集まれば、どこに問い合わせが集中し、何を自動化すべきかも見えてくる。
AIが答えられるのは3割 有人対応は「AIを育てる投資」
もう一つの軸は、人の対応を前提に置くことだ。PKSHAが企業の問い合わせデータを分析したところ、問い合わせ全体のうち約7割はベテラン従業員の経験や、明文化されていない決まりごとなど暗黙知に関するもので、形式知は約3割だった。整備しないまま導入すれば、AIが答えられる範囲は3割で頭打ちになる。
そこで川崎氏は、ナレッジ化の方法を頻度と性質で使い分けることを提唱した。有給休暇の取得手順のように頻度が高く間違いが許されない質問は、一問一答のFAQ型チャットbotに登録する。人が作った回答をそのまま返すため、事実と異なる内容を生成するハルシネーションが起きない。
セキュリティソフトの警告のように種類が膨大な質問は、文書から検索して回答を生成するRAG型に任せる。回答範囲を手早く広げられる半面、ハルシネーションのリスクは残る。表現の揺れが許容できる内容に限る。
「正確さで勝負するFAQ、広さで勝負するRAG、個別性は人という形で、この3つを組み合わせます」と川崎氏は説明する。
ただし人が答え続けるだけでは工数は減らず、属人化も進む。そこで、対応ログをAIが解析してFAQの形に自動生成し、蓄積する。通常の対応を続けるだけで暗黙知が形式知に変わり、3割と7割の比率は運用とともに逆転する。
どこまでをAIに任せるかを先に決めることも欠かせない。マニュアルからの回答や一次切り分けはAIに、個別事情や権限に関わる判断は人にと線を引く。線の位置が決まれば、AIが答えられない問い合わせを人へ引き継ぐエスカレーションの基準も定まる。
「エスカレーションは失敗ではなく、暗黙知の蓄積のチャンスになります。有人対応はコストではなく、AIを育てる投資と位置付けられます」(川崎氏)
追うべき指標も、自己解決率や回答率だけではない。川崎氏が加えて挙げたのが、従業員の時間創出とナレッジ資産の蓄積だ。社内情報を調べる時間は1人1日当たり平均1時間5分とされる。そして77%は自己解決できず、約7割が上司や同僚に質問して他人の時間も奪っている。削減時間に人数と人件費単価を掛ければ金額で示せる。
ナレッジ資産は、AIが何件答えたかではなく、属人化していた知見をFAQ化件数などで何件残せたかで測る。退職とともに消えるはずだった知見が会社に残るかを見る指標だ。時間とコスト、資産で示せれば、改善は経営の言葉になる。
AI時代に情シスが残すべきは「自社の組織理解」
AIの普及は情シスの仕事を減らすとは限らない。小酒井氏は、AIが広がるほど判断すべき仕事が増えると指摘する。生成AI利用ルールの策定やシャドーAI対策、AIツールの評価・選定、AI固有のリスク対応といった業務だ。
「これらは情シスが本来向き合うべきコア業務です。しかし日々の問い合わせ対応に追われている状態では、こうした重要テーマに十分な時間を割くことが難しくなります」(小酒井氏)
外部委託に期待する中身も変わった。最も多いのは「セキュリティ体制の強化」(51.9%)で、2025年の35.0%から16.9ポイント伸びた。コスト削減だけが動機ではない。委託そのものも一般化し、全体委託と部分委託で86.5%に達する。
だからこそ論点は、何を外に出すかだけではない。小酒井氏は「外部化は手放すことではなく、情シスの役割を再設計することだと考えています」と述べ、社内に残すべきコア業務としてAI利用方針やセキュリティポリシーの策定、重大インシデント判断、権限設計、IT戦略を挙げた。中でも、一次受付やFAQ案内、キッティングは外部化しやすい。
ミニ座談会で同じ問いを向けられた川崎氏が挙げたのは、自社の組織理解だった。汎用(はんよう)AIの進化は著しいが、それは個人利用における最先端であり、パリコレの服のようにそのまま組織で着られるものではない。企業文化や暗黙のルールまで理解しなければ、自社で使えるものに仕立て直せないという。
「AI時代の情シスは、実は社内で一番組織を理解していないといけない部署になるのではないかと思っています」(川崎氏)
自動化と有人のハイブリッドを前提に運用を組み直す
BPO事業者に求める条件としては、「自動化と有人対応のハイブリッド運用ができること」が58.7%で最多だった。
川崎氏は、人と組み合わせる利点を導入スピードに見る。精度が上がるまで待って足が止まるケースは多いが、完璧を待つのは難しい。
「人が最後にチェックする前提で組み合わせておけば、精度が100%でなくても活用しながら育てていくことができます。素早く入れて長く育てて浸透させていく。これがAI活用全般に共通するポイントです」(川崎氏)
両社のサービスもこの線に沿う。PKSHAの「PKSHA AIヘルプデスク」は「Microsoft Teams」と連携し、FAQ検索とドキュメント検索で6割から7割の自己解決を促した上で、残りを担当部門につなぎ、人の回答をAIが分析してFAQ化する。キヤノンMJグループのITヘルプデスクサービスも同じ3ステップを取る。
「AIを入れても、運用設計がなければ情シスの負荷は減りません。外部化の目的は、情シスをコア業務へ戻すための余力創出です」(小酒井氏)
問われているのは、ツールを入れたかどうかではなく、情シスの時間の使い方を設計し直せるかどうかだ。
本稿は、2026年9月17日に開催されたオンラインセミナー「生成AIで情シスの仕事は、なぜ減らないのか?~実態調査から読み解く、社内ヘルプデスク再設計の新常識~」(主催:キヤノンマーケティングジャパン)における内容を基に、編集部で再構成した。
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