「言い訳文化」から脱却のNECが足立区に伝授した生成AI活用術とは データ活用“逆算”の鉄則
生成AIを実業務に定着させるには、明確な目的設定とデータの整備・統合が不可欠だ。NECと東京都足立区の事例を通じて、AIエージェントによるデータ分析・施策立案の実践と、統合的なAI基盤を活用した持続的な業務変革の要点を解説する。
AIをコア業務に組み込むには、明確な「目的」を設定し、それを基に洗い出した「データ」を適切に活用できる状態(AIレディ化)にすることが極めて重要だ。
実際にこのアプローチを実践し、AIを活用した「防犯ダッシュボード」の構築を成功させたのが東京都足立区だ。同区は達成すべき目的から逆算して必要なデータを洗い出し、環境を整備し、職員がAIと対話しながら地域特性に根差した施策案を導き出せる仕組みを実現した。
足立区の取り組みを支援した日本電気(NEC)の野口圭氏が、生成AIを実務へ適用する際に生じる課題と、その解決策を解説した。本記事では、NEC自身の実践内容や足立区の取り組みなどの紹介を通じて、AI導入を成功させるためのポイントを解説する。
エンゲージメント率19%の危機 「言い訳文化」から脱却したNECの社内改革
NECはデータドリブン経営とAI活用を強力に推進している。その背景には、過去の深刻な経営危機がある。一時は、売り上げや利益の低迷、中期経営計画の取り下げなどが重なり、社員エンゲージメント率が19%にまで落ち込む事態になっていた。実に8割もの社員が「会社を辞めたい」と感じていたという。
この危機から脱するために着手したのが“企業文化の変革”だ。当時のNEC社内には、個人の主観や自部門に都合良く切り取った独自のデータを用いて不都合な事実を覆い隠す「言い訳文化」がまん延していた。「テクノロジーの活用以前に、まず社員のマインドと組織文化を変革することが、データドリブン経営に向けた第一歩となったのです」と野口氏は振り返る。言い訳文化から脱却するため、全員が同じ事実に基づいて議論する環境づくりを進めた。
全員が同じ事実を見るためには、社内に散在するデータを一元化する必要がある。そこで経営データの共有に続いてNECが着手したのが、日々の営業活動などで生じる膨大なトランザクションデータの可視化だった。
データのサイロ化を防ぎ、全社員が同一のデータを扱えるようにするために、同社はデータ利活用基盤「One NEC Data Platform」を構築した。データに基づく意思決定の基礎を築いた。当初は「AI-Ready」(AIをツールとして使う)の意識から始まり、「with AI」(AIに一部を任せる)へと変化した。そして、AIの活用を前提に業務プロセスを再構築する「AI-Native」へと進化するロードマップを描き、自社を「クライアントゼロ」(最初の顧客)として変革を進めている。
データ起点の意思決定を現場へ 「AIコックピット」とコンサル依存からの脱却
データを一元化し、経営の状況を可視化するだけでは、真のデータドリブン経営とは言えない。「経営層の気付きが、現場の具体的な行動にまで落ちなければ意味がありません」と野口氏は強調する。そこで、NECはデータから得た気付きを現場の行動へ直結させる「AIコックピット」を導入した。AIが予算達成に向けたギャップ要因を自律的に分析し、現場に対して具体的な施策の案まで提示する仕組みだ。
こうしたデータ起点のアクションは、社内の業務効率化にとどまらず、より高度な専門領域へと適用範囲を広げている。その代表例が、自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)対応などに代表される、環境リスク管理へのAIの適用だ。
データセンターにおける水資源枯渇リスクの評価などは、河川流量の経年や季節の変動、他の産業も含めた需要と供給のバランスなど、複雑な分析が求められる。そのため、以前は外部のコンサルティング会社に多額の費用を支払って調査を依頼していた。だが、現在は自社のデータを学習したAIエージェントに置き換え、コンサルタントを一切使わずに内製化を実現している。明確な目的を設定し、それに基づくデータが整備されていれば、かつては専門家頼みだった高度な分析業務さえAIで代替できることを自ら証明したのだ。
AIエージェント利用で「防犯ダッシュボード」を構築 足立区の活用例
NECが自社で培った、目的とデータを起点とするAI活用のアプローチを顧客に提供した一例が、東京都足立区との取り組みだ。同区は複雑化する地域課題に対して、EBPM(証拠に基づく政策立案)の実証実験を開始した。
足立区では以前からEBPMの推進を目指していたが、膨大な統計データや多岐にわたる施策の相関分析に高度な専門スキルと多大な時間を要するため、取り組みが進まない状態だった。その解決に向けた第一歩として、最重要施策の一つである防犯施策を対象に、AIエージェントを搭載したデータ分析基盤「防犯ダッシュボード」をアジャイル開発で構築した。
このダッシュボードの最大の特徴は、区の内部データ(区民アンケートや防犯カメラの設置状況など)と警視庁のオープンデータなどを統合した上で、職員が自然言語でAIと対話しながらデータ分析できる点だ。区政に関わるさまざまな分野についての専門的なスキルがなくても、政策の進捗把握や効果検証を迅速に実施できる。
足立区では「区政を感覚で行わず、事実に基づいて運営する」という明確な宣言をしており、防犯ダッシュボードはまさにこの宣言を具現化して行政運営の質を向上させるものだったという。こうしたシステムを実現するためには、庁内に散在する一般データと区特有のトランザクションデータを統合し、AIが処理できる状態に集約することが必要となる。
「システム構築で最も苦労するのは、まさにこのデータの集約です。だからこそ、テクノロジーの適用を急ぐ前に、『目的』をしっかりと整理することが不可欠なのです」と野口氏は語った。そこで、足立区のプロジェクトで重視されたのが、「DIVAフレームワーク」を用いた徹底的な目的の整理だった。これは「Data(データ)」「Information(情報)」「 Value(価値)」「 Achievement(達成目標)」という4つの要素を、終わりから「A→V→I→D」の順序でさかのぼりながら仮説構築し、データ活用のシナリオを明確化する手法だ。
数値目標から本質的アウトカムへ 専用AIで地域特性に根差した施策を立案
DIVAフレームワークを用いて目的を整理する過程で、プロジェクトの最終的な達成目標は大きく変わった。当初は「刑法犯認知件数の減少」といった単純な数値ゴールが設定されていたが、議論を重ねる中で、それらの数値の先にある本質的な成果(アウトカム)が明らかになっていった。
「達成目標の設定とは、困難なプロジェクトが頓挫しないよう、関係者全員の志を言語化する行為です。単なる数値目標の達成ではなく『住民が『住民が地域に誇りを持ち、ずっとここに住みたいと選ばれる街にする』というアウトカムまで想像して目的を再定義しました。こうした解像度の高い目的と、それを果たすための専用のデータがあって初めて、実務で使える具体的な施策案が導き出されるのです」(野口氏)。
目的が明確になったことで、AIに求める要件も変わった。一般的なAIサービスで提供される汎用(はんよう)的なAIに「刑法犯認知件数の増減と相関が強い要因は何か」と聞いても、「労働市場の悪化や貧困率の推移」といった一般論が返ってくるだけで、自治体の具体的な施策に結び付きにくい。
そこで、区の内部データと警視庁のオープンデータなどを統合した専用のAIエージェントを構築した。これによって、「自転車の無施錠による非侵入窃盗の発生」や「防犯カメラ設置補助金による侵入窃盗の減少効果」といった地域特性に根差した要因を特定し、具体的な施策案を導き出せるようになった。
統合的AIプラットフォームと段階的アプローチでAI導入を成功に導く
全社的にAI活用を進める際、推進を各部門の裁量に任せてしまうと、管理部門が把握していないところで独自のAIツール(野良AI)やAIエージェントが乱立し、セキュリティリスクが増大する。その一方で、リスクを恐れて利用を厳しく制限しすぎると、今度は誰も使わなくなる。莫大(ばくだい)な初期投資に対する費用対効果が得られず、プロジェクトが頓挫してしまう。
こうした事態を防ぐために、NECは自社における実践や足立区などの支援を通じて培った知見を基に、ガバナンスを効かせた統合的なAI基盤の構築を支援している。同社が重視するのは、野良AIの発生を抑止して一元管理できる安全な環境を用意した上で、小さな規模から段階的に導入を進め、改善のサイクルを回し続けるアプローチだ。
ただし、機能が網羅的に揃ったAI基盤を導入するだけでは、根本的な解決にはならない。企業が真に実現したい目的を見据えて、それに適した基盤を共に構築することが求められる。
「生成AIの試験的な導入フェーズはすでに終わりを迎えつつあります。私たちが提供するのは、単に多機能なツールではありません。お客さまと共に目的を捉え、その実現の過程で直面するであろう困難を予測し、解決へと導くプラットフォームを一緒に築き上げることが私たちの使命なのです」(野口氏)
本稿は、2026年7月30~31日に開催された「Google Cloud Next Tokyo」(主催:グーグル・クラウド・ジャパン)の講演「導入で終わらない AI 活用へ ~成功事例から学ぶ AX 推進の勘所~」における解説内容を基に、編集部で再構成した。
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