生成AIの業務活用は、どの部門から始めるべきか。KDDIアイレットは契約書レビューや法務問い合わせ対応に生成AIを活用し、法務部門と事業部門の双方で効果を出している。同社の事例から、法務DXがAI導入の入り口になり得る理由を探る。
生成AIを業務に取り入れたい。そう考える企業は増えているが、最初の一歩でつまずくケースもある。どの業務に使うのか。誰が使うのか。効果をどう測るのか。全社に一気に広げようとすると、用途が広がりすぎて成果を把握しにくい。一方で、限定的な業務に閉じると、現場への波及効果が見えにくい。
AI導入の入り口として、どの業務を選ぶべきか。KDDIアイレットが着目したのは法務業務だった。
法務は専門性が高く、確率論的な出力をするAIには任せにくい領域に見える。だがKDDIアイレットの取り組みを見ると、法務はAI導入の成果を示しやすい業務の一つとも言える。契約書レビューや問い合わせ対応の業務、そして事業部門の自己解決力はAIによってどう変わったのか。同社の取り組みを追う。
法務業務でDX(デジタルトランスフォーメーション)を進めたいと考えた場合、契約管理やリーガルチェックなどそれぞれの業務に特化したSaaSを導入する方法がある。従業員数が限られている、もしくは創業して間もないなど“業務の型”ができていない企業であれば、SaaSに業務を合わせることで標準化を進められるメリットがある。
一方、KDDIアイレットには既に社内のワークフローや「Google Workspace」を中心とした業務基盤があり、契約書ひな型やチェックシート、社内マニュアルも整備されていた。このため、SaaS以外に選択肢を広げることができた。とはいえ、最初から生成AIありきで法務DXを進めたわけではない。リーガルチェック系SaaSを複数比較し、トライアルも実施した。実際に半年から1年ほど利用したサービスもあった。
そうした中で見えてきたのは、SaaSの機能不足ではなく、KDDIアイレットの既存業務や運用体制との相性だった。同社がSaaSを検討、利用する中で直面した課題は大きく3つある。
専用SaaSの多くは、リーガルチェック用のワークフロー機能や管理機能が備わっている。だが、KDDIアイレットでは既にワークフローを運用しており、SaaS側の機能と重なる部分もあった。同社の平野弘紀氏(先進技術戦略室 室長)は次のように振り返る。
「SaaSが合わなかったというより、当社にとっては過剰機能になりやすい部分がありました。既に社内のワークフローが確立されている状態で、SaaS側のワークフローも使うと二重管理になってしまいます」(平野氏)
認証や統制の観点もあった。独立したSaaSを追加すれば、購買管理やアカウント管理、認証、運用管理の手間が増える。SSO(シングルサインオン)に対応していないサービスでは、ログイン管理も別になる。Google Workspaceを業務基盤として利用している同社にとって、既存環境の中で完結できるかどうかは重要な判断材料だった。
もう一つの課題は定期的なカスタマイズだ。専用SaaSでは、自社の確認観点に合わせるために、細かなワード登録やチェック条件の設定が必要になる。業務が増える中で、設定を更新し続ける運用の負荷は無視できない。
では、こうした課題に対し、KDDIアイレットはどのようにAIを業務に反映させたのか。
同社が選んだのは、単一のAIツールに法務業務を寄せるのではなく、役割ごとにAIツールを分ける方法だ。契約書レビューには「NotebookLM」を、ひな型作成やより広い範囲の情報参照には「Gemini Enterprise」(以下、Gemini)を使うことにして、業務の性質に応じて、参照させる情報の範囲を分けた。
NotebookLMは、主に契約書レビューに使う。作成した契約書や取引先から送られてきた契約書を、限定したソースに基づいて確認する用途だ。契約書ひな型やチェックリストなどの確認に向いている。非エンジニアでも参照ソースを入れ替えやすい点も評価した。一方、Geminiは、ひな型作成や、より広い範囲の情報を参照する用途で使った。「Google Drive」に格納されている過去履歴情報や、契約情報、外部情報を参照できる。サードパーティーSaaSとの連携に対応している点も考慮した。
この役割分担は、検証を通じて固まった。最初はGemini側でも契約書レビューを試し、NotebookLMと並行して比較した。その結果、「限定された資料に基づく契約書レビューではNotebookLMの方が向いている」と判断したという。
AIツールの優劣ではなく、扱う情報の範囲をどう設計するか。閉じた情報を基に確認する業務と、広い情報を参照する業務を分けたことが、同社の法務DXの特徴だ。
法務に限らず、AIを業務利用する際に避けて通れないのが責任の所在だ。AIの出力は便利だが、法的判断をそのまま委ねるわけにはいかない。
KDDIアイレットも、AIに法的判断を丸投げしているわけではない。基本的にはあらゆる業務でAIを使えると考えているが、最終チェックは人間が担う。ただし、人がAIの出力を全て精査するのではなく、重要な要点やリスクが大きい部分に絞って確認する。
平野氏は、法務の役割を「AIが確認したものを人間が再確認する」ことではなく、AIの出力に対して法務が「コミット」することだと説明する。
「AIが確認して、人間も確認しました、という話ではありません。AIの出力に対して法務がコミットする形です。最終的に責任を持つのは法務です」(平野氏)
人間が作業してもミスは起こる。問題が起きれば、原因を見直し、改善策を講じる。AI活用でも同じように、ミスや想定外の出力を前提に、参照データや指示書、運用ルールを改善する。
AIの出力に対して法務がコミットするには、AIが何を根拠に回答しているのかを法務側が把握する必要がある。そこでKDDIアイレットは、契約書ひな型やチェックシート、社内マニュアルなど、既に業務で使っていた資料をソースとして活用した。AI活用に向けて全ての情報を作り直すのではなく、既存資料をどう読ませるかに重点を置いた。専用SaaSと違い、生成AIは、既存のチェックシートやマニュアルを渡し、人間に教えるような感覚で使えるからだ。
KDDIアイレットの山内雅典氏(経営企画本部 コーポレート管理部 法務セクション 法務・コンプライアンスグループ グループリーダー)は「AIのイメージは、既に会社にあるチェックシートを読ませるだけで、自分で考えて判断してくれる優秀な部下のような感じです。学習のさせ方が人間に近く、『この資料を学んでね』と渡せる点が直感的でした」と語る。
ただし、既存資料を読ませれば、そのまま業務に合う回答が返ってくるわけではない。AIがどの観点で確認し、どの形式で回答するのかは指示する必要がある。想定と違う回答が出た場合は、Geminiに「どう構築すればよいか」を聞き、指示書やソースを改善した。
KDDIアイレットの取り組みは、契約書レビューの効率化だけにとどまらない。もう一つの柱が、法務への問い合わせ対応だ。契約書レビューが法務部門内の業務改善だとすれば、問い合わせAIチャットは営業など事業部門の自己解決を支援する取り組みと位置付けられる。
法務部門には、営業部門から「この契約では何を確認すればよいのか」「この場合は法務確認が必要なのか」といった問い合わせが多く寄せられる。マニュアルは「Backlog」に整備されていたが、現場は人に聞いた方が早いと考えがちで、しかも最初の質問から次の質問、さらに次の質問へと派生する傾向にあった。
そこで同社は、AIチャットを一次窓口にした。AIチャットの回答には、BacklogのURLなど参照元を示す。不安がある場合は法務に直接問い合わせるよう促す定型文も入れている。AIで完結させるのではなく、AIが答えられる範囲と人にエスカレーションする範囲を分ける設計だ。
AIを使い慣れていない従業員に対しては、法務側がAIの回答を返すこともある。「AIに聞くと、このように回答が出ます」と示すことで、まずAIに聞く習慣を作っている。
「専門的ではない法務問い合わせについては、前年比で約66%削減できています。AIで回答しやすい領域から効果が出ています」(山内氏)
この効果は、法務部門だけでなく事業部門にも及ぶ。事業部門が問い合わせ前に自己解決できる範囲が広がれば、確認待ちで業務が止まる時間も短くなる。法務DXを起点に、事業部門の働き方にも影響を与える点が、この取り組みの特徴だ。
KDDIアイレットの事例から、AI導入の入り口として法務DXが候補になりやすい理由が見えてくる。
法務業務には、契約書ひな型やチェックリスト、過去回答例、社内規定など、判断の根拠となる資料がある。KDDIアイレットでも、既存のチェックシートやマニュアルを活用することで、AIに何を参照させるかを設計しやすかった。
リーガルチェックでは、AIが確認観点を整理し、法務が最終的にコミットする。AIに丸投げせず、人が責任を持つ前提で業務に組み込みやすい。
法務問い合わせAIチャットによって、営業・事業部門が問い合わせ前に自己解決できる範囲が広がる。法務部門の負荷軽減だけでなく、事業部門の確認待ち時間の短縮や、社内でAIを使う習慣作りにもつながる。
この事例で重要なのは、専用SaaSか生成AIかを最初から決め打ちしなかったことだ。KDDIアイレットは、既存の業務フロー、デジタル化された資料、Google Workspace環境を踏まえ、生成AIを自社業務に組み込む方法を選んだ。
AI導入を成功させる上で問われるのは、「どのツールを入れるか」だけではない。AIに何を読ませるのか。どこまで任せ、どこから人が責任を持つのか。既存の業務基盤とどう接続するのか。KDDIアイレットの取り組みは、こうした設計ができる業務こそ、AI導入の最初の一歩になり得ることを示している。
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