大阪市が「4つの分断」解消へ 2万8千人が取り組むバックオフィスDXの全貌
大阪市は、全庁横断的なDX推進プロジェクトとしてバックオフィス業務の改革を図る。「やや強引なリーダーシップ」によって異例の早さで実現したバックオフィスDXの全貌とは。
約2万8千人の職員を抱える大規模自治体である大阪市。多岐にわたる膨大な業務の処理を支えるITシステムには、課題が山積していた。
本稿は、ServiceNowが開催した「ServiceNow World Forum Tokyo 2024」(2024年10月15〜16日)のセッションに登場した大阪市のデジタル統括室長 兼 大阪市CDO補佐監/大阪市CIO/大阪市CISOである鶴見一裕氏が「大阪市バックオフィスDXの新時代 〜全庁プロジェクトによるバックオフィス革新〜」をテーマに講演した内容を編集部が再構成したものだ。
効率化を阻む「4つの分断」 長年の課題をどう解決した?
長年にわたってデジタル化に取り組んできた大阪市には、各部署による個別の施策にとどまり横断的な取り組みが十分ではないことによってさまざまな分断が生まれていたのだ。
「個別最適化はやりつくし、効率化は限界にきていた」(鶴見氏)
鶴見氏が「効率化の限界」の理由として挙げた同市における4つの分断とは何か。また、2万8千人の職員にDXを「ジブンゴト」と考えてもらうための仕組みづくりとは。
まず、大阪市におけるIT関連施策から紹介しよう。
大阪市はこれまで「大阪市ICT戦略」に基づきデジタル技術の活用を進めてきたが、サービスや業務の変革を起すまでには至らなかった。そこで同市は、時代の変化に対応するためにはサービスや業務を変革するためのDX戦略が必要になると考えた。
鶴見氏は、「DX戦略の策定に当たっては、2022年4月に基本方針やその方向性を示した大阪市DX戦略を公表した。総務省や関係部門にDXの必要性について働きかけるなど、全庁を挙げてコンセンサス作りに注力した。こうした取り組みにより2023年3月、大阪市の持続的な発展、成長とSDGsの達成を視野に入れた『Re-Designおおさか 〜大阪市DX戦略〜』を策定した」と話す。
同市のDX戦略で特徴的なのが、意識変革の必要性を前面に打ち出していることだ。ベースには大阪市職員の人材育成の基本となる人材育成方針にDXの必要性や重要性を追加したものとなっている。具体的な取り組みとして次の4点を示した。「親しみやすい言葉で策定することを心掛けた」(鶴見氏)
1. トップメッセージで意識を一つに
市長、副市長と各部局のトップを構成員とするDX推進本部会議を新たに設置した。ICT戦略では委員は担当副市長1人だったが、DX戦略策定後は副市長3人を委員とした。DX推進本部会議では、市長がDX推進に関するメッセージを全庁向けに発信した。
2. DXを「ジブンゴト」に
業務遂行において常にDXを意識するよう、全ての課長職をDX推進者として位置付けた。部局の中心的な課長をDX統括推進者とし、組織全体のDXを推進する体制を構築した。
3. 予算面からリード
DX推進に当たって、予算からリードするため、2024年度から市役所内の予算スキームにDX専用の枠組みを構築し、柔軟で弾力的に投資運用できるようにした。
4. 効果的なインターナルブランディング
戦略を組織に浸透させるためには、継続的に人材育成や機運醸成を実施することが重要だ。現場の実務者をDXリーダーとして養成する研修や、部門トップを含めて役職に応じた研修を実施するとともに、庁内広報誌を定期的に発行している。
「大阪市DX戦略は、データやデジタル技術を活用して、サービス利用者の目線で大阪市の町や地域のあり方、サービスや行政の在り方を再デザインした、生活や経済活動を行う多様な人々が幸せを実感できる都市に成長、発展することを目指している。リアルとデジタルの双方の強みを生かした『ハイブリッドな大阪はおもろい』をコンセプトに、2040年までに実現したい大阪市の未来の姿を描いた」(鶴見氏)
大阪市DX戦略は、「サービスDX」「都市・まちDX」「行政DX」の3つの視点で推進している。「サービスDX」が28、「都市・まちDX」が16、「行政DX」が16、「DX仕組み作り」が7の合計67の取り組みを進めることで、市民QoL(生活の質)の向上と都市力向上を目指す。「こうした取り組みが評価され、全国自治体DX推進度ランキングで全国4位、自治体DX指数では偏差値61.4という高い評価を獲得した」(鶴見氏)
同市は「2040年までに実現したい大阪市の姿」として6つのバリューを掲げているが、その一つが「しごとのRe-Design」だ。しごとのRe-Designは、2040年における大阪市職員の内部管理業務全般の「仕事のやり方」を提示するものだ。「大阪市に従事する職員、管理部門、サービス部門を合わせた約2万8000人に影響する行政DXの根幹であり、大阪市DX推進の原動力となる取り組みだ」(鶴見氏)
「統合プラットフォーム」に期待することは?
大阪市は、日本トップクラスの大規模自治体であり、その業務は多岐にわたる。各業務システムも、膨大な処理を支えるために業務単位でのシステム化だけでなく、細やかなチューニングを施した個別最適化を実施してきた。「しかし現在、個別最適化はやりつくし、現状のままでの効率化は限界にきている」(鶴見氏)。鶴見氏が挙げる課題は次の4つだ。
- 縦割り組織による分断で情報共有や連携が滞った結果、業務効率が低下し、組織横断的な意思決定が難しかった
- システムも分断されているため、データ入力や決裁が重複して必要だった
- 契約書や請求書が電子化できていなかった
- 公文書データが分散して保管されていたために適切な管理が難しく、透明性確保に多大な労力が必要だった
こうした業務分断と情報分散が個々の職員に負担をかけ、進捗(しんちょく)管理や迅速な意思決定が困難になっていた。
こうした課題を解決するために、大阪市は業務を処理する根幹となる仕組みとして「統合プラットフォーム」と呼ぶクラウドプラットフォームを構築して、各業務システムを連携することで、バラバラだったシステムを統合しようと計画している。「全職員がこの統合プラットフォームを使うことで、同一のデータや情報を共有して同じ視点で業務を進められる。コミュニケーションが円滑になり、大幅な業務効率化が期待できる」(鶴見氏)
大阪市は、この統合プラットフォームの構築を中心としたグランドデザインのKPI(重要業績評価指標)として、2030年までに少なくとも年間110万時間の効率化が実現できると試算している。業務全体の可視化によって内部統制の確保も容易になる。データ入力に関しては、APIを活用してデータを連携することで多重入力を廃止することでパフォーマンス向上を図る。
さらに「汎用オンラインストレージ」と呼ぶオンラインストレージと統合プラットフォームをAPI連携することで、汎用オンラインストレージにデータを集約、保存する。「データを一元管理することで、より適切で簡便な公文書管理業務を実現する」(鶴見氏)。
統合プラットフォームによる業務効率化は、大阪市職員だけでなく、取引先の事業者にも及ぶ。「事業者ポータル」を開設して調達案件の公開、入札、契約、請求書の提出の窓口を集約する。
これらのバックオフィスDXプロジェクトは段階的に進められており、2028年1月に統合プラットフォームをの運用開始を目指している。
なぜ「ServiceNow SPM」を採用したのか?
大阪市では、バックオフィスDXの第一弾として予算編成システムを構築した。2023年5月から開発を開始し、2024年7月に本格運用をスタートさせた。鶴見氏によると、大阪市のような大規模自治体で従来このスピードでシステムを本格運用させることは困難だった。「私の少々強引なリーダーシップと、スクラッチ開発ではなくServiceNowが提供する『ServiceNow SPM(戦略的ポートフォリオ管理)』を採用したことでこのスピードで実現した」(鶴見氏)
それまでの予算編成業務は、各部門が個別に「Microsoft Excel」で予算要求資料を作成し、各担当者に電子メールで送信していた。データの統合や集計、確認作業に多くの時間を費やしていた。全ての資料を紙に出力して確認、調整、上席者への説明を実施しており、数字に変更があった際は修正後に再確認し、また紙を出力するといった手間がかかっていた。
予算編成システムは、「ServiceNow SPM」で構築されている。ServiceNow SPMを採用した決め手について、鶴見氏は「予算編成業務との親和性が極めて高い予算編成システムに適したソリューションであると判断して採用した」と語る。予算編成システムの導入によって入力情報に基づく資料の自動作成や手作業によるミスの減少、集計作業の自動化、経費の変更・管理などで効率化が実感できたという。「予算編成システムだけでも年間8万6000時間の削減を見込んでいる」(鶴見氏)
今後、大阪市では、統合プラットフォームの構築による、さらなるDXの推進を目指すという。現状、大阪市ではバックオフィスも含めて大小200を超えるシステムが稼働しており、これらをリプレースする際はクラウドサービスの利用を前提としている。クラウド化することで、データの共通化やサイロ化されたシステムの容易な連携が可能になる。業務プロセス全体を統合プラットフォームによって管理してプロセス改善を図ることで、全庁・部門横断的な業務を最適化して内部統制を確保する。将来的には、生成AIの活用も検討しているという。
鶴見氏は今後について、「これからも技術は飛躍的に発展し、取り込むべき仕組みがどんどん出てくる。統合プラットフォームとしても、当然それらを取り込み、ユーザーが身近に利用できる環境を作ることで、さらにDXが進むと考えている」と語る。
これらの基盤となる統合プラットフォームについては、ServiceNowが提供する「Now Platform」が有力候補としつつも、採用するかどうかは今後検討するとしている。「調達ルールを順守して導入するので、関係事業者の皆さんの提案を期待している」(鶴見氏)
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