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世界初の技術で透明マントにも手が届くか、「3次元メタマテリアル」とは?

立体的なナノ構造で光の屈折率を変えることで透明マント実現に近づく「3次元メタマテリアル」技術が登場した。詳細に解説する。

» 2014年12月03日 10時00分 公開
[土肥正弘ドキュメント工房]

 今回のテーマは原材料の物性ではなく、立体的なナノ構造=カタチで光の屈折率を変える「3次元メタマテリアル」だ。背後や前方からの光を迂回(うかい)させるマントを作れば、まるで映画『プレデター』の怪物がまとった光学迷彩のような「透明マント」が出来上がるかもしれない。光通信を高速化する可能性も秘めた、自然界にはない「疑似物質」が、現実の世界に誕生した。

「3次元メタマテリアル」とは?

 メタは「超越」、マテリアルは「物質」を意味する言葉で、「メタマテリアル」といえば人工的に作り出した、いわば「超物質」、あるいは「疑似物質」といった意味になる。つまり、自然界の物質にはない性質を備えた人工の「物質のようなもの」だ。

 自然界の元素や化合物はそれぞれ固有の性質を持ち、その性質を変えるならば化学的組成を変える必要があるが、メタマテリアル研究は、新しい化合物を作成するのではなく、原材料の物性はそのままに、超微細な形状パターン、つまりカタチによって性質を変化させようとする。

 最先端の研究成果の1つが、2014年10月、理化学研究所 田中メタマテリアル研究室の田中拓男准主任研究員らの国際共同研究チームが世界に先駆けて作製に成功した、立体的な形状を持つ「3次元メタマテリアル」(図1)だ。これは、自然界にはあり得ない、真空を進む光の屈折率(1.0)よりも低い屈折率(0.35)を持つ新しい人工物質だ。

 これまで2次元のパターン形成によって同様の特徴を持つメタマテリアルは作られていたものの、ある特定方向からの光に対してのみ作用するものでしかなかった。同研究チームは、光の波長よりも小さい3次元素子を一定のパターンでたくさん並べ、どの方向からの光に対しても同じように作用する(等方性を持つ)メタマテリアルの作製に成功した。

真空の屈折率よりも低い屈折率を示す3次元メタマテリアル 図1 真空の屈折率よりも低い屈折率を示す3次元メタマテリアル。(右)微細構造の集合パターン(左)拡大写真(出典:理化学研究所田中メタマテリアル研究室)

光の屈折率をカタチでコントロールすれば「透明マント」が実現?

 このような微細なカタチを作り込むことで、何が実現できるのだろうか。そもそもメタマテリアル研究が一般に注目される1つの契機になったのは、2006年に英国のジョン・ペンドリー教授らが発表した論文だ。

 そこには「光の進行方向を思うままにコントロールできる『覆い』で物体をくるめば、その物体は見えなくなる」ことが示されていた。その覆いとして想定されたのがメタマテリアルだった。

 論文はマスコミにも大きく取り上げられセンセーションをもたらした。何しろ、ドラえもんの「透明マント」や昔話の「てんぐの隠れみの」が現実のものになるかもしれないのだ。SFやアニメファンの心が踊らないはずがない。マンガ「攻殻機動隊」読者なら「やっと光学迷彩ができるのか」とワクワクしたことだろう。

 実際、軍事に応用すれば、迎撃困難な「見えない戦隊」ができるはず。軍事機関のDARPA(米国防高等研究計画局)もこれに触発されてか、2007年に、マントの内側からは相手が見えるが外側からはマントとその内部が見えない「非対称マテリアル」を開発すると大風呂敷を広げた。

「透明マント」の仕組みとは?

 ともあれ、この「透明マント」の原理は、光の進む方向を思い通りの方向に導けるメタマテリアルで隠したいものを覆い、その背面からの光をメタマテリアルで迂回させ、前方にいる誰かの目に届くようにするというものだ。

 さらに、背後から前方にいる相手に直接届く光と、「透明マント」を迂回して届く光とが時間差なく、同時に届かなくてはならない。これを実現するには、光の屈折率が自由にコントロールできることと、隠したい物体を迂回する光は直接届く光よりも速く伝搬することが不可欠だ。

 このような特徴を備えるメタマテリアルの研究が世界中で進められる中で、今回の田中氏らによる屈折率0.35の3次元メタマテリアルの実現は、3次元形状によりあらゆる方向からの光の屈折をコントロールできることを実証したとともに、真空中の光よりも速く伝搬する光の波を作り出したことにより、「透明マント」の必要条件の一部を満たして、大きく研究を前進させた。

自然界にはない光の屈折率を実現するメタマテリアル

 少し詳しく説明しよう。光の屈折率とは、例えば、ガラスのコップに入った水に光を当てると、光は空気とガラスの境界面で一度曲がり、手前と奥のガラスと水の境界面でさらに曲がり、最後に反対側のガラスと空気の境界面でもう一度曲がる、その曲がり方を決める物質定数のことだ。光は物質の境界で、その物質固有の屈折率で進む向きを変える。屈折が起きるのは、物質の中を光を通る速度が、それぞれの物質ごとに違うからだ。

 そもそも屈折率とは「真空中の光の速さ(秒速約30万キロ)を物質中を光が進む速さで割った値」のことだ。真空の屈折率は1.0なのでまったく曲がることがないが、空気は1.0003なのでほんの少し曲がる。水だと1.33なのでさらに曲がり、ガラスは1.46なのでかなり曲がる。ちなみにダイヤモンドだと2.42なので大きく曲がる。ガラスやダイヤモンドのような自然界に存在する誘電体の屈折率は1を超えないというのが常識だった。

 しかし、光とは「電気の波(電場)」と「磁気の波(磁場)」が相互作用しながら伝搬するもの。物質と電場との相互作用の大きさは比誘電率、磁場との相互作用の大きさは比透磁率という物理量で表せる。屈折率は比誘電率、比透磁率それぞれの平方根の積で決まる。

 ところが、可視光領域においては自然界にある物質は磁場の波と相互作用しないため、比透磁率は必ず1.0だ。物質の屈折率の違いは、もっぱら比誘電率だけで決まっているのだ。

 そこでこの限界を破り、人工的に比透磁率や比誘電率を操作したメタマテリアルを作れば、1未満の屈折率をはじめさまざまな屈折率を実現することができるはず。特に自然界には存在しない1未満の屈折率、ひいてはマイナスの屈折率を持つ人工物質が作れるのではないかと進められているのが世界のメタマテリアル研究だ。

なぜ比透磁率を変えられるのか?

 比透磁率1未満のメタマテリアル製造には、理論的には古くからの電磁誘導の手法が流用できるという。中学生時代に銅線をぐるぐる巻きにして作ったコイルに磁石を近づけたり離したりすると、コイルに電流が流れるという実験をしたことがある方も多いだろう。あれが電磁誘導だ。

 その実験では、もともと磁性がない銅線なのに、コイルの形状に加工したことによって、磁石が作り出した磁場を打ち消す磁場を発生させた。これと同様に、透明な材料に光の波長よりも小さな金属コイル(磁気共振器)を大量に作りこめば、光の磁場の波を打ち消すような磁場を生み出すことができる。

 対象とする光の波長(可視光では約400〜700ナノメートル)に合わせ、それよりも小さな磁気共振器を敷き詰めれば、比透磁率を制御して屈折率が1未満のメタマテリアルが実現するはずだ(図2)。

人工的な超微細磁気共振器により磁場を生成 図2 人工的な超微細磁気共振器により磁場を生成。マイクロ/ナノメートルサイズの磁気共振器を使って、人工的に磁性を与える(出典:理化学研究所田中メタマテリアル研究室)

微細なコイルを製造する方法を発明

 そのような微細構造を実際にどうやって作り出すかが大きな問題だ。これまで、光リソグラフィーと呼ばれる写真転写露光とエッチング技術を利用して、微細なコイル状の2次元パターンを基板に作り出す方法で2次元メタマテリアルが開発された。

 この方法は、精密で自由な構造が実現できる一方で、製造のエネルギー消費が大きい上、加工時間が長く、しかも大きなサイズのものが作れない。しかも、2次元なので特定方向からの光に対してしか使えない欠点がある。

 また、DNA分子と微小な金属球とを組み合わせ、自動的にコイルと同等の構造を作る技術もあるが、こちらは形状や配置の制御が難しく、不均一、不完全になってしまう。

 そこで田中氏らが挑戦したのは、図3に見るような製造法だ。まず、シリコン基板表面へのポリメチルメタクリレート(PMMA)レジスト材料を塗布し、電子線でパターンを描画、ニッケルと金薄膜を蒸着してからPMMAごと取り去ると、ニッケルと金でリボン形状が出来上がる。

 その後、シリコン基板をドライエッチング法で削るとリボンの下のシリコンも削れてリボンがシリコン基板から離れるが、リボンの中央部分はやや大きめのパターンになって、その部分だけが基板のシリコンにくっついている。そのまま放置すると、金とニッケルの応力の差により、自然にリボンの両端が持ち上がり、立体的なコイル形状が出来上がる。

3次元メタマテリアルの製造 図3 3次元メタマテリアルの製造(出典:理化学研究所田中メタマテリアル研究室)

 この方法により、従来の方法では不可能だった3次元構造が容易に製作可能になり、従来は大きくても数百マイクロメートル角程度だったメタマテリアルが、一気に数ミリ角にまで大サイズ化できた(図4)。

数ミリ角のサイズで製作した3次元メタマテリアル 図4 数ミリ角のサイズで製作した3次元メタマテリアル(出典:理化学研究所田中メタマテリアル研究室)

 また、コイル状の形状は図4左上のように縦、横、斜めに配置したため、どちらの方向から来る光に対しても、メタマテリアルとしての特性が発揮できる。

 メタマテリアル製造の難問だった「3次元形状」「等方性」「大面積」の3つの課題がこれにより一挙に解決することになった。この全てが世界初となる快挙だ。

3次元メタマテリアルがひらく未来

 今回作製されたメタマテリアルは周波数32.8THzの中赤外線領域で、屈折率0.35を示した。これは真空中の光速より約3倍速く伝搬することを意味する。さらに素子を微細にして可視光領域での相互作用が実現すれば「透明マント」実現により近づくことになる。

 もちろん、メタマテリアルは「透明マント」作製のためだけの研究ではない。低屈折率のメタマテリアルを顕微鏡に応用すれば、光の波長よりも小さいものを光学的に観察できるようになりそうだし、デジタルカメラなどのレンズの応用すれば、解像力や集光能力を改善することにつながるだろう。

 また、光通信への応用も考えられる。通信そのものは光の「群速度」に支配されるので、光の速さを超えて情報が伝わることはあり得ないが、逆に光パルスの伝搬速度を遅くすること(スローライト)が可能だ。

 これができると、現在の光ネットワークを高速化できるかもしれない。光ネットワークのスループットを大きく制約しているのはネットワーク分岐点での電子回路による処理スピードだ。そこで情報の渋滞が起きるのがネックなのだが、一部の光パルスをメタマテリアルを利用して減速し、電子回路の処理能力に合わせて平均化した情報量を流すように制御すれば、トータルでネットワークのパフォーマンスが改善することになる。

 なお、特殊な結晶を利用してスローライトを実現する研究も行われているが、その結晶にレアアースが利用されることが多く、安定した原材料調達やコストに課題がある。メタマテリアルならシリコン、金、ニッケルといった一般的な材料が利用でき、その課題もクリアできそうだ。

関連するキーワード

光リソグラフィー

 半導体素子やプリント基板などの作製に用いられる2次元パターンの生成技術。パターンを描きたい物質の表面に感光性物質を塗布して、写真技術を利用して回路などのパターンを露光する。すると露光部分とそうでない部分で特性が変わるので、必要ない方を特殊な溶液で溶かして除去するとパターンが残る。

「3次元メタマテリアル」との関連は?

 光リソグラフィーで描けるパターンは2次元のみで、3次元形状を直接作り出すことはできない。本文の田中氏らの研究チームは電子線でパターンを描画し、光リソグラフィーと同じような方法で、必要ない部分を除去して共振素子となるリボン型の微細構造を作製した。

 この時点では2次元構造だが、リボン型は金とニッケルの薄膜を重ねているため、双方の応力の違いにより、両端がめくれてリング状の立体構造を形成するようにした。

 微細加工装置で精密に制御しながらパターンを生成するのが「トップダウン」方式とすれば、物質そのものの特性により形状を変化させるのは「ボトムアップ」方式だ。3次元メタマテリアルはトップダウン方式とボトムアップ方式の組み合わせで実現した。

等方性

 物質中を光が伝搬するとき、その伝搬方向や偏光方向がどうであれ、その物質が同じ特性を示す状態のこと。光の伝搬方向や偏光方向が異なると別の特性を示す物質は「異方性」があるという。

「3次元メタマテリアル」との関連は?

 3次元メタマテリアルは、これまでの2次元メタマテリアルが解決できなかった異方性の課題を解消し、あらゆる方向からの光に対して同じ特性を発揮できる等方性を実現した。

スローライト

 従来は制御できないとされた光の群速度を低減する技術。特殊なフォトニック結晶による導波路を利用する方法と、共振器を用いる方法とがある。国内でもフォトニック結晶共振器により、光を5万分の1にまで減速することに成功した例があるが、現在は人が歩く速度にまで遅くする研究が進んでいる。

「3次元メタマテリアル」との関連は?

 屈折率を構造で制御できるメタマテリアルは光の群速度の低減も可能だ。特殊な結晶ではなく、一般的な材料で作製できるところに強みがある。

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