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取り扱い品目2万超の試薬メーカーが経験した初めてのERP導入、失敗と次の挑戦事例で学ぶ!業務改善のヒント(2/2 ページ)

» 2018年04月25日 10時00分 公開
[原田美穂キーマンズネット]
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世界的に知られるツールとともに海外進出、従業員の自尊心にも

東京化成工業 社長/CEO 浅川 誠一郎氏

 有機化学で扱う材料の中には、品質が変化しやすく保管が難しいものも少なくない。製品も同様に、量産して保管しても変質してしまうものもある。同社の場合は2万品目以上の取り扱い製品があるため、ぞれぞれの品目ごとに、適切なタイミングで材料を調達しなければならない。

 原材料も加工工程も、利用する機材も品目ごとに異なるとなると生産工程の計画最適化一つを取っても複雑な調整が必要だ。これに、サプライチェーン最適化の課題も加わる。ロスを最小化するには調達計画や在庫最適化などの計画も、実際の需要や生産状況を加味して迅速に調整しなければならない。品質を維持して需要に合わせてロスなく生産するには、厳密な計画と管理が必須だ。

 このとき必要になるのは、最新の情報だ。統合ERP製品の強みは、事業を支える多数の部門の多様な行程や、おのおのの複雑な制約条件を加えた情報を、数量の視点でも、財務の視点でも一元的に把握できるところにある。

 「ERP導入後は、生産遅れや出荷遅れが改善し、在庫の管理精度も高まった」(浅川氏)

 現在では海外の拠点でも同じ仕組みを展開、情報連携を効率化してガバナンスの効いた経営環境が整った。海外の売上比率も高まっており、グローバル企業として着実な成長を遂げている。

 導入当初は「世界的に知られる業務システムを使っている、ということそのものが社員の自尊心につながり、より良く使おうという姿勢が見られるようになった」という。

なぜ失敗? 社長が振り返る

 ERP導入プロジェクトとグローバル展開は、多くの面で効果を上げたが、全てが順風満帆というわけではなかった。その理由はどこにあるのだろうか。

 浅川氏は「SAP R/3導入時を振り返ると、導入期間中に全ての機能を理解し切れていなかったことが反省点。中堅・中小企業も大手企業も業務プロセスに違いはないにもかかわらず機能を絞って導入してしまった」と、当時の選択を悔やむ。

 というのも、ERP全体の機能をきちんと活用する仕組みではなかったことから、「ちょっとした現場の要求に合わせた仕様変更でカスタム開発費がかかることになった」のだという。ただコストがかかるという問題だけではなく、徐々に従業員の意識も全体最適の業務改善に向かいにくくなり、最終的には、ERPの機能改修を諦めて各自が独自のツールやシステムで業務を補い出す状況が生まれた。

 結果、「他の業務支援ツールのライセンスなどにコストがかかる状況」になり、部門ごとにツールを使い出した結果、データも散在。さらにそれらの個別最適化されたシステムのデータ操作も熟練者のスキルに依存するようになり、管理に関わる人員を多数抱える必要がある状態になったのだという。

新生DXプロジェクトは「言語化できていなかった課題を“見て”理解」

 こうした課題を解消すべく、同社では2017年「SAP S/4HANA(S/4HANA)」へのリプレースを中心に、デジタル変革推進に向けたプロジェクトを開始している。

 リプレース検討当初は、標準機能だけで求める機能を実現できるとは考えておらず、システム改修を前提にしていたという。ところが、「求めているものがパッケージ標準だけで実現することが分かった」ことから、S/4HANA標準の機能で導入を進める方針を固めている。

 きっかけは、SAPが主催する年次イベント「SAPPHIRE NOW and ASUG Annual Conference」の場で実際のデモンストレーションを見たことだったという。目で見たことで「『やりたかったことはこれだ』と理解できた」と浅川氏は話す。

 「パートナーのSI企業に相談すれば情報は出てきたかもしれないが、言語化できない課題を相談することはできない。しかし、多数のソリューションデモやカタログ、海外の事例を見る機会を得て、『あ、やりたいことはコレだ』『これなら標準機能だけで実現できる』を実感したことが大きい」(浅川氏)

SAPPHIRE NOW and ASUG Annual Conferenceでは、導入企業の事例発表などの他、HANAの開発者であるハッソー・プラットナ―氏自身による講演も(資料提供供:SAPジャパン)

リアルタイムのデータ分析は標準機能で十分

 SAP R/3とS/4HANAを比較したとき、大きく異なるのは、バックエンドのデータベースだ。SAPではよく「リアルタイム経営」という言葉を使うが、このリアルタイム性を実現するのが、S/4HANAの基盤となるインメモリデータベース「SAP HANA(HANA)」だ。

 HANAでは、従来のリレーショナルデータベースとしての機能を持つと同時に、カラムストア型データベースと呼ばれる集計やデータ分析に適したデータ構造を同じシステムの中に持てる点が特徴だ。これが何を意味するかというと、商取引に関わる日々の情報を受け付け、更新し続けながら、同じシステムの中でシステムを止めることなく、現時点での状態をすぐに集計や分析できる。

 これにより、まず、業務システムとは別に運用する必要があった集計処理のためのデータウェアハウスなどの費用が抑制できる。また、分析のためのデータは稼働中の業務システムのものをそのまま利用できるため、最新の情報を基にした判断が可能になる。特にBI関連の機能は、他のツールを導入する必要なく、S/4HANAの標準機能で十分に使えると確信したという。

S/4HANAの分析機能の一例(出典:SAPジャパン)

 同社では2020年をめどに稼働することを目指して、まずは個別のシステムに散在するデータを集約、HANAの処理スピードを生かしてさまざまなデータを分析できる環境を構築する計画だ。さらに、将来的にはインフラ運用の負担を軽減すべくクラウドへの移行も検討しているという。

12週間で導入できる調達システムも――中堅・中小企業支援策を拡大するSAPジャパン

 本稿で紹介したSAP S/4HANAなどの製品群を提供するSAPジャパンでは現在、中堅・中小企業向けのソリューション開発を強化している。2018年度は独自の商談支援ツールをパートナー企業に解放するなど、ソリューション普及に力を入れる。さらに「パートナーパッケージソリューション認証制度」を用意し、ソリューション品質にもコミットする計画だ。

 日本ではこの他、12週間という短期間で導入できる調達ソリューション「Ariba SNAP」を中堅・中小企業向けに展開する予定があり、現在、日本企業の商流に併せたテンプレートを開発中だ。業種業態ごとに典型的な業務プロセスを定義しておくことで導入効率を高めるねらいだ。



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