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「全職場にRPA開発者」を目指す3年計画―三菱重工航空機・飛昇体事業部の挑戦

» 2019年08月20日 10時00分 公開
[相馬大輔RPA BANK]

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RPA BANK

RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)の社内展開にあたり、質・量ともに十分な開発力をどう備えるかは、多くの企業で導入推進担当者が頭を悩ませている課題ではないだろうか。

RPA BANKが過去2回行ったアンケート調査(2018年6月、同11月)でも、本格展開における課題として最も多く挙がった回答は、いずれも「開発者・開発スキル不足」だった。

大手企業では、この問題に正面から向き合い、中長期での見通しのもとRPAの社内教育に取り組む例も現れている。このうち、愛知県を拠点に防衛装備品の開発・製造・整備を手がける三菱重工業株式会社の航空機・飛昇体事業部は、事務作業の効率化を全社的な業務改革の一環と位置づけ、独自のRPA研修プログラムを策定している。

全体の7%強にあたる200人以上の社内開発者を養成、製造現場を含む全部署に配置する3カ年計画を着々と進める同事業部の担当者らに、計画の背景と具体的な内容を取材した。

■記事内目次

  • 「今やっている仕事を把握・分析し、改善の内容を要件に正しく落とし込める」人材育成が重要
  • 「急がば回れ」。各職場が覚悟して取り組んだ社内RPA研修
  • 社内開発者を2021年度までに200人以上養成。トップダウン・ボトムアップの双方向で全体最適を追求

「今やっている仕事を把握・分析し、改善の内容を要件に正しく落とし込める」人材育成が重要

日本を代表するものづくり企業として知られる三菱重工。このうち航空機・飛昇体事業部は、愛知県内に複数ある生産拠点に約3,000人の社員を擁し、自衛隊が装備する戦闘機やミサイルなどの開発・製造から保守までを一貫して担う組織だ。

「航空・宇宙分野の製品は人命に直結し、設計や製造工程では安全・安心が特に重視されます。信頼性が実証された技術や手法を長く使い続けることが多いだけに、私たちの職場には、変化に対して慎重な文化が根強くあります」。そう語るのは、同事業部でRPA活用の先頭に立つ川上義行氏(バリューチェーンマネジメント推進室長 兼 RPA推進グループ長)だ。

防衛産業を取り巻く環境は、近年とみに変化の度を増している。そうした中にあって、業務を絶え間なく改善し、全体最適を追求していくための取り組みもかねて進められてきた。生産現場の全員参加でロスを減らすマネジメント手法「TPM(Total Productive Maintenance)」の実践は、その一例だ。

同事業部がRPAを検討するようになったのは2018年。契機となったのは、東京の三菱重工本社財務部門での導入だった。それまでTPMなど、主に生産面から進めてきた全体最適の追求を、付随する事務作業やバックオフィスへ広げる具体策としてロボット化に着目。同年5月にサーバー型RPAツール「BizRobo!」を導入するとともに、社内開発者の育成にも着手した。

事務作業における全体最適の追求とRPAの関係を、川上氏は次のように解説する。

「今後確実に進展する業務のデジタル化に伴い、テクノロジーを使いこなせる社内人材の育成は欠かせません。一方で、今までのシステム開発などを振り返ると『仕様の示し方が不明確だったため、納品物に求めていた品質が得られない』など、要件定義が不十分なことで起きるトラブルも散見されます」

「業務改善を継続していくには、そこで用いるツールに関する知識のほか、もっと基本的、汎用的な『今やっている仕事を把握・分析し、改善の内容を要件に正しく落とし込むスキル』が重要と考えています。そこで私たちは、事務作業の要件定義スキルを底上げする一つの入り口としてもRPAを位置づけています」

三菱重工業株式会社 バリューチェーンマネジメント推進室長 兼 RPA推進グループ長 川上義行氏

「急がば回れ」。各職場が覚悟して取り組んだ社内RPA研修

同事業部における業務改革で特徴的なのは、長期視点のもとで変化のペースを上げていく、いわば「急がば回れ」の時間軸だ。

さまざまな出身部署から専任・兼任合わせて約10人が集まった「RPA推進グループ」のメンバーである吉田大佑氏(バリューチェーンマネジメント推進室 バリューチェーン革新グループ)は、同事業部が事務作業の改善策にシステム構築ではなくRPAを採用し、しかもロボットを導入部署主導で開発する道を選んだ理由について、次のように話す。

「一番の理由は『スピード』です。システム構築を社外に委託するかたちでの業務効率化は以前から行っていますが、社内の稟議も含めると実現まで1年がかりという例も珍しくありません。そこで比較的操作が容易なRPAツールを用いて、業務知識のある現場が主体となって迅速に効率化が図れるようにしたいと考えたのです」

三菱重工業株式会社 バリューチェーンマネジメント推進室 バリューチェーン革新グループ 吉田大佑氏

スピード重視とはいえ、いたずらに成果を焦ることはなく、むしろ「社員教育への注力で、一時的に人手不足になることもいとわない」(川上氏)覚悟もしていたという。これは「RPAのスキルを事業部にくまなく行き渡らせることで、現場主導の取り組みから部署横断的な全体最適を図っていく」、さらに「RPA以外の手法も含めた業務改善を続けていく基礎として、要件定義スキルの習得にも重点を置く」という明確な戦略があってのことだった。

BizRobo!の販売元であるRPAテクノロジーズ株式会社と共同で作成したRPAの社内研修プログラムは、約3週間にわたる重厚な内容だ。このうち最初の3日間を要件定義のトレーニングに充て、続いてロボットの運用に必要なツール操作を学習。その後演習に移り、業務分析を踏まえたロボットの要件定義から設計、実装に至る一連の流れを実践する構成となっている。

この研修を累計およそ30人が受講し終えた2018年秋の段階で、受講者が戻った現場へのフォローアップも重要と判断。対象選定の相談や、高度な実装の支援に応じる新組織「RPA推進グループ」を発足させた。

同グループのメンバーである水田義之氏(企画部企画課 上席主任)は「これまで受講した技術職・事務職・管理職のほぼ全員が、ロボットを一通り自作できるようになりました。大半はプログラミングの未経験者でしたが、予備知識をあまり持たず取り組んだほうが速く習得できる面もあり、事業部全体への展開が十分可能と確信できました」と語る。

三菱重工業株式会社 企画部企画課 上席主任 水田義之氏

社内開発者を2021年度までに200人以上養成。トップダウン・ボトムアップの双方向で全体最適を追求

同事業部が実際にロボットを活用しているのは、2019年3月の取材時点で20部署以上。メール仕分け、勤怠や予算/実績の管理、複数プロジェクトに従事する社員の工数管理など4つの間接業務で利用されている。やはりここでも長期的視点で着実に浸透を図る狙いから、足下での効果以上に「どの部署がみてもイメージしやすい事例」を選んで着手しているという。

当初から即効的な効果にこだわらなかったとはいえ、4業務に導入されたロボットでの工数削減効果は、1年間の通算で600〜800時間に達する見通し。当初の想定である同250時間を、軽く2〜3倍上回ることになりそうだ。

さらに、バックオフィス業務を起点としたロボット化の試みは2019年度から、設計・製造・品質保証などの部門に拡大。製造業の「中枢部」での活用へとステップアップしている。

「製造現場には、数時間・数人がかりで製品情報を登録するといった、ロボットによる効率化にふさわしい定型作業が数多く眠っています」(吉田氏)。RPA推進グループでは、各部署の研修修了者と連携してそれらの洗い出しを進める一方、ロボット運用の権限と責任を導入先に移すための体制整備を進めているという。

現在、事業部全体で1ライセンス運用しているBizRobo!は、2020年度までに部門ごとのライセンスに増強。それぞれに対応する開発運用担当者を、いずれも専任として置く計画だ。

社員研修も継続し、ロボット化の基礎を習得した社内開発者を2021年度までに200人以上育成する。これは事業部の社員全体の7%超にあたり、部や課の下に10人前後で組織される「チーム」の全てに、RPA開発者を1人ずつ配置できる規模。徹底した社内教育を通じ、現場がロボット化のポイントを見いだして実現するボトムアップのサイクルを定着させたい考えだ。

「社外の講師からRPAや要件定義を教わるだけでなく、上級者の社員が同僚に教える流れもつくっていけたら」と川上氏。水田氏は「『RPAの活用』という具体的な改善策があることで、従来以上に現場から意見を上げやすくなり、上長もそれを受け止めやすい環境が生まれています。トップダウン・ボトムアップの双方向で、今後業務改善が加速することに期待しています」と力を込める。

あらゆる部署から社員がつくり出していくロボットたちは“デジタルレイバー”の一団を構成し、やがて部署を超えた全体最適の推進役として連動的に機能し始める。入念に歩みを進めてきたオペレーション強化の成果が一挙に顕在化する「臨界点」は、いよいよ間近だ。

さまざまな出身部署から集まった「RPA推進グループ」メンバーと

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