IoTデバイスの通信を効率化するために考案されたICNと一般のインターネット通信を、共通のIPネットワーク上で共存、両立させることを目的に開発された日本発の国際標準を解説する。
数百億に上るIoTデバイスが送受信するデータがネットワーク帯域を圧迫し、遅延が増大してサービスがうまく機能しない……そんなことがないように既存IPネットワークでもスムーズなIoT通信を可能にする日本発の技術が国際標準になった。それが「IoT DEP」(Data Exchange Platform、ISO/IEC 30161)だ。
IoT DEPは、激増するIoT通信データをインターネットの基盤上で効率的にさばくために作られたデータ交換プラットフォームだ。IoTデバイスの通信を効率化するために考案されたICN(Information Centric Network/情報指向ネットワーク=IPアドレスを前提としないネットワーク)と一般のインターネット通信(HTTPやFTP、メールなど)を、共通のIPネットワーク上で共存、両立させることを目的に開発された。
実際のネットワークでの稼働はこれからだが、研究室レベルではIPネットワークを流れるIoT通信の遅延時間を約10分の1に、全体のトラフィック量を5分の1程度に抑えることに成功した。つまり、IoT通信のリアルタイム性を確保するとともに、トラフィック量を抑えることで一般のインターネット通信への影響を低減できる可能性を示している。IoT通信がスムーズにできて、しかもインターネットの帯域逼迫(ひっぱく)を防ぐことができる一石二鳥の新技術だ。
研究と国際標準化への取り組みは、金沢工業大学の横谷哲也教授が中心なり、同大学の研究チームと複数の国内大手ITベンダーの協力によって2016年から進められてきた。その成果として2020年11月に国際標準ISO/IEC 30161として発行されたわけだ。この研究は日本がいま積極的に進める「戦略的国際標準化加速事業」(経済産業省)の一環でもある。
図1にIoT DEPの利用イメージは図1のようになる。既存のサービスネットワーク(TCP/IPまたはUDP/IPネットワーク)にIoT DEPによるネットワークを仮想的に重ね合わせる。IoT DEPネットワークのノード同士はIPアドレスを利用して接続するが、エンドポイントのIoTデバイスとIoT DEPノード間、IoT DEPノードとサーバ間はICNで結ばれる。
インターネットのバックボーンネットワークは高速化しているものの、サーバとデバイスが移動せずに1対1で通信することを前提に構築されているため、ちょっと意外なほど、インターネットはトラフィック増加に弱い。1対多、多対多の通信ではサーバにアクセスが集中するだけでなく、サーバとデバイスの位置が移動する場合には最適経路を決定するためにDNSサーバが保持する経路情報を頻繁に更新しなければならないためだ。
さらに多くのモバイルデバイス、コネクテッドカー、その他各種のセンサーなど多様なIoTデバイスが増加し、既存のIPネットワークに乗り合わせることを想定すると、通信のオーバーヘッドが幾何級数的に増加することが見込まれる。DNSサーバの名前登録・解決処理能力を超えるようになると、インターネットが機能不全になることもあり得ないとは言えない。
そこで、デバイスやサーバが欲しいデータを相手先に要求して送ってもらう手続きを簡略化し、ネットワークノードにキャッシュ(一時蓄積)されたデータを最も近いところからもらう仕組みが考案された。欲しいデータの名前(データID、コンテンツID)で問いかけることになるため、従来のIPネットワークとは別の仕組みが必要だ。これがICNだ(図2)。
つまりICNは、DNSによる名前解決を必要とせず、そのためパケットヘッダも簡素化でき、ネットワーク経路にあるノードとの通信だけで目的が完遂できるケースが増えるという点で、合理的かつ効率的なネットワーク技術と言える。ただし、既存のネットワークサービスを使い続けながらICNを新たに別途構築するとなると無駄も多く、既存サービスとの連携、サービスの普及や展開にも問題が生じる可能性がある。
現時点および近い将来において、どのようなネットワークが望ましいのか。横谷教授ら研究チームはISO/IECのJTC1/SC41という研究グループを設立し、IoTユースケースを分類した。その結果、「交通インフラ」「ホーム」「公共建物」「オフィス」「工場」「プロセスプラント」「農林水産業」「健康管理」「自動車」「スマートシティ」など23のシナリオが導かれた。さらに分析すると、ユースケースの86パーセントが広域ネットワークに関わり、42パーセントがパブリックな広域ネットワーク(インターネット)に関わっていることが明らかになった。
つまり、IoTサービスの少なくとも42パーセントはインターネットと共存する必要があるということだ。だからこそIoT通信を効率化するICNと、既存のIPネットワークが共存できる仕組みが必要だと標準化機関に提案したところ、米国、中国、韓国、欧州各国の賛同と各国研究者の参画が実現し、標準化作業が加速した。
IoT DEPはOSI参照モデルの中に位置付けられ、ミドルウェアとして実装可能なIoT向けサービスプラットフォームとして標準化されることになった(図3)。
IoT DEPはどのようには実装されるのか。そして何ができるのか。横谷教授は次のように話す。
「サーバはもちろんだが、IoTデバイス側でもIETF(Internet Engineering Task Force)で定義しているIoTデバイスのクラス2に対応し、IPのような通信プロトコルに対応できる必要がある。例えばカメラと他のセンサーが一体化された複合デバイスのようにメモリ容量とCPU性能がある程度備わったデバイスが対象になる。
通信機能においてもLoRaWANやsigfoxのように、IPが乗るネットワーク層ではなくデータリンク層で動くネットワークサービスではIoT DEPを直接使うことはできず、アダプターを作り込むことが必要になると思う。当初はIPを取り扱えるデバイスとネットワークサービスを利用することになる」
図4の上に示すように、サーバ、インターワーキングユニット(網間接続装置)、ゲートウェイ、センサーなどのデバイスのそれぞれに、IoT DEPがミドルウェアとして組み込まれ、それぞれのデバイスがIoT DEPネットワークの(分散配置された)ノードとなる。これらはデータ変換/制御機能、通信アクセス制御機能、IoT管理・制御機能を持つ(図4下)。
IoT DEPを利用すると、IPネットワークとIoT通信が融合して一体化するわけだが、どんなソリューションが実現するのだろうか。
横谷教授は次のような具体例を挙げる。
「人物や野生動物などの監視カメラによる動画録画のケースでは、サーバに動画データをリアルタイムに記録しながら、IoT DEPネットワークの近いノードに動画のレファレンス情報(インデクスなど)をキャッシュしていくことも考えられる。監視担当者のデバイスでレファレンス情報を参照し、何かの動きがあった時点を特定して、実際の映像はサーバにアクセスして参照するようにすれば、監視デバイスとサーバ間の通信量は軽減できるだろう。また災害発生時や、洪水の恐れのある川の水位上昇などのデータは瞬時に通知を発信して、多数のノードに即座に情報が届くようにすることができる」
他にも農産物のRFIDデータ(品種、サイズ、グレード、生産地など)および生産者データを集中管理するトラッキングシステム、工場での製造工程管理、産業施設のエネルギー管理、スマートシステムへの応用が期待され、ゆくゆくはスマートシティの要素技術としても適用可能になるだろう。
典型的なユースケースでの実装とトライアルは今すぐにでも開始できるので、産業界からの協力パートナーを探しているところだ。「小規模でも良いので、産業応用が可能なことを示すプロトタイプを作り、実際に動きが分かるデモを実施して普及活動を進めたい」(横谷教授)。
ただし、IoT DEPネットワーク内の中継点のルーティングについては、中継点の数も含めてさらに標準化が必要で、標準のパート2を作ることを計画している。横谷教授は「IoTには技術と標準と倫理観の3つが不可欠。このうち標準について最初の整備ができたところだ」と話す。
これから検証、整備を繰り返しながら技術開発を進め、運用面でのデータ機密保持やガバナンスなどの課題をクリアしていくことになる。サイバー攻撃に対する耐性(ICNは運用形態によってはDDoS攻撃に弱い)の検討や拡張を要する点もあるが、早期に実システムにおいて基本的な機能と性能の実証がされることを期待したい。
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