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「日本企業が抱えるERP5大課題の解決策」SAP専門家が徹底解説クラウドERPでパラダイムシフト

本連載では、SAPのコンサルタントが企業の基幹システム・ERPシステムに絞って課題と取りうる対策を明確化します。連載1回目は、日本企業がERPで成功するために解決すべき5つの課題を整理しました。連載2回目では、5つの課題に対する解決策を考察します。

» 2022年08月31日 07時00分 公開
[木下史朗SAP ジャパン]

 連載2回目は、日本企業におけるERPのクラウドシフトの可能性を考えるため、第1回で取り上げた「日本のオンプレERP顧客の抱える5つの課題」に対する解決策を考察します。

 「クラウドシフト後はどんなグランドデザインを描くべきか」「果たしてクラウドシフトに乗るべきか」といった、想像力を働かせていただければと思います。

著者プロフィール:木下史朗(SAPジャパン カスタマーサクセスパートナー)

 日系製メーカー・外資系メーカーを経て2000年にSAP入社。SAPジャパンでコンサルタント、プロジェクトマネージャー、新規事業開発に携わる。2011年よりSAPグローバルチームに異動し、オンプレミス顧客のアップグレード&サポートプログラム推進役。2016年よりSAPアジアパシフィックジャパンチームに異動し、SAP顧客のクラウド移行プログラムの推進役として現在に至る。

Twitter : @shirohpossible


クラウドシフトを再定義

 そもそもクラウドシフトとは何を意味するのでしょうか。「運用が楽になる」「持たなくてもよくなる」「いいとこ取りで最新技術が使える」だけでなく、パラダイムシフト的変化をユーザー企業にもたらし得るのがクラウドシフトです。

 私が2012年に抄訳したブログでは、「イノベーションスピードの劇的変化」「仕事の仕方の変化(例:予知して警告を人に知らせる)」「コラボレーションやモビリティ前提のユーザビリティ」などのキーワードでクラウドシフトを述べています。

 約10年前のコンテンツからでもクラウドシフトに対する多くの気付きが得られます。SAPもこの頃からクラウドシフトの重大なインパクトに気付き、10年以上をかけて「Change Management」をしてきました。日本政府が採用するシステムもクラウド・バイ・デフォルト(クラウド優先)の方針を示しています。

日本企業が抱えるERP5大課題の解決策

 連載1回目は、日本企業がERP導入にてこずる5つの課題を紹介しました。以降では、クラウドシフトの意味を踏まえた上で、日本企業が抱える課題の解決策を考察します。

課題1:複雑なシステムランドスケープ

 日本企業は欧米企業に比べてERPの活用で周回以上遅れているのが状況です。クラウドシフトはこれをどう打開してくれるのでしょうか。

 クラウドシフトでは、社内で抱えていたインフラやDB、ミドルウェアの技術がクラウドベンダーから提供されるため、IT部門の役割は大きく変わります。ERPの運用負荷から緩和され、IT投資によってより価値を創造できる仕事へのシフトが可能になるでしょう。

 クラウドERPは何でも解決できる“魔法のつえ”ではありませんが、ERPの運用負荷で悩んでいた日本のユーザー企業の現状を変えるチャンスとも言えます。グローバルの競合企業から後れを取っているERPのシンプル化および標準化の推進や、分析技術を用いたデータ活用などにも取り組めるようになります。そのため、Change Managementや技術者のリスキリングも必要になります。

 また、クラウドシフトで変化したIT部門をどう変えていくのか、グローバルでも日本でも議論になると思います。クラウドERPの最適配置と多数の複雑なランドスケープをどうするかについても考える必要があります。

 例えば、「関連会社群には『Fit to Standard』を目指すパブリッククラウドERP、本社にはカスタマイズの自由度がある(アプリケーション部分はユーザー責任とする)プライベートクラウドERPという配置が今後最適なのか」「ERPを二層にせずにプライベートクラウドERPで全社統一を目指すべきか」「パブリック型クラウドERPによる全社統一は本当に実現するか」など、パブリック型およびプライベート型のクラウドERPの最適配置も議論になるでしょう。

課題2:継続的なシステム改善が苦手

 SAP S/4HANA Cloudは、導入後の継続的改善・継続的価値(オペレーション)の向上に非常に重きを置いたモデルです。サブスクリプションのクラウドERPは利活用率がビジネスの成否を大きく左右するため、ベンダーは導入だけでなくオペレーションも重点的に支援します。

 オペレーションでは「BPI」(ビジネスプロセス改善)に力を入れており、導入したERPの定着度や活用状況をモニターし、継続的に改善を支援するソリューション・体制を用意しつつあります。また、ERPの目的を「SoR」(記録することを目的としたシステム)にするだけでなく、リアルタイム分析でインテリジェントな企業および仕事のスタイルを目指す「SAP Fiori」や「埋め込み型AI」などを用意もしています。SAPジャパンのYouTubeでは、SAP S/4HANAの価値を最大限生かすためのリアルタイム分析を解説していますので、こちらも参考にしていただきたいです。

 また、SAPは業種ごとのベンチマーキングを実施することで、企業ごとの目標を設定しやすくするための情報を提供しています。導入後のオペレーションを今まで以上に重要領域にして、1から価値のあるオペレーションをデザインするチャンスです。

課題3:技術者の7割がベンダーに在籍しユーザーの力が弱い

 ベンダーが人ごとではなく自分事としてクオリティーを担保するのがクラウドサービスです。ユーザー企業は専門性の高い技術を活用できるようになり、今まで神経を使っていたシステムの可用性や基盤の最新化、セキュリティ、法制度への対応もベンダーが責任を持つことになるため、メリットは大きいと言えるでしょう。

 ユーザー企業のクラウドシフトは、ベンダーのビジネスモデルの変革にもつながります。オンプレ時代は、ベンダーは製品を提供するまでが責任範囲で実際の利活用率やもたらす価値などの責任はユーザー企業にありました。一方クラウドサービスは、ユーザー企業に使われないとベンダーの契約が更新されないなど、ユーザーがサービスに対して感じる価値がベンダーのビジネスを大きく左右します。

 ユーザー企業のシステムがオンプレミスからクラウドにシフトし、どのベンダーもユーザー企業の利活用を重視するビジネスモデルに転換しています。この動きは、ユーザー企業からすると歓迎すべきパラダイムシフトだと思います。

 一方、クラウドシフトによりベンダーにロックインされてしまうという懸念も聞きます。しかし実際は、インフラやDB、ミドルウェア、場合によってはアプリケーションに対しても自社で技術者を抱えていたオンプレの時代より身軽になり、他のソリューションに乗り換え易い「変化対応型のモデル」になるのではないでしょうか。今後も議論は必要だと思います。

課題4:言語の問題

 近年自動翻訳サービスの品質が非常に高くなってきました。「Instagram」や「Twitter」「Facebook」などでは、どの言語もその場で意味がくみ取れます。

 SAPもSAP専門用語の自動翻訳をジャパンSAPユーザーグループの協力のもと長年進め、多くの技術文書の自動翻訳品質を上げています。SAP Noteや技術エキスパートのチャット、画面や機能の自動翻訳が拡充しつつあります。クラウド製品は埋め込み型の多言語支援が進む傾向にあります。

 日本は言語や文化による障壁が存在するなど課題は多々残りますが、クラウド技術は常に最新の自動翻訳サービスのAPIと連携できるため、言語の問題を改善するには非常に相性の良い組み合わせです。

SAP技術文書自動翻訳の例「エクスパートとのチャット自動翻訳」(出典:木下氏の提供資料)

課題5:脆弱性

 サイバーセキュリティ対策には、何をやったから完璧という答えはありません。しかし、クラウドERPはインフラからDB、ミドルウェア、アプリ領域まで、ベンダーによって何重ものセキュリティ対策が実施されます。

 SAPもSAPサイバーセキュリティセンターによって24時間365日のセキュリティモニタリングを実施しています。SAP S/4HANA Cloudのセキュリティについてはこちらのブログもご覧ください。

 ERPクラウドシフトは魔法のつえでは無く、課題1の「ERPの最適配置」や課題4の「言語の問題」など、依然課題が残ります。しかし、それ以上のクラウドERPの持つ威力や潜在的可能性に気が付いていただけたでしょうか。

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