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太平洋セメントによる6年がかりの大規模Notes移行プロジェクトの舞台裏

2017年から大規模なNotes移行プロジェクトに取り組んでいる太平洋セメントは、859ものDBやワークフローの移行をほぼ完了した。成功のために各フェーズですべきこととは。

» 2023年07月20日 09時00分 公開
[元廣妙子キーマンズネット]

 30年以上にわたり企業の業務アプリケーションを支えてきたグループウェア「HCL Notes/Domino」(以下、Notes)の「v9.0.x」と「v10.0.x」のサポートが、2024年6月1日に終了する。移行を先送りできない状況だが、Notesは機能の柔軟性から、膨大な数のDBが稼働していたり、複雑なワークフローを実装している業務アプリケーションが存在したりするため、移行は容易ではない。

 本社をはじめ、グループ会社約100社でNotesを利用していた太平洋セメントは、2017年から大規模なNotes移行プロジェクトを開始した。方針立案から運用の各フェーズにおける工夫が功を奏し、2023年には859ものDBやワークフローの移行がほぼ完了したという。

 太平洋セメントの加藤 勉氏(経営企画部 IT企画グループ リーダー)と濱野達朗氏(同グループ)、パシフィックシステムの山本究一氏(ソリューション本部 ソリューション3部 第2グループ 第1チーム リーダー)がプロジェクトの経緯や成功の秘訣を語った。

【方針立案フェーズ】メールの容量不足、グループウェアの動作が悪い……明らかになった課題

 本社及びグループ会社でNotesを利用していた太平洋セメントは、本社では約3000ユーザーがメールを利用し、ワークフローを中心とした約2800の業務アプリケーションが存在していた。また、約230のDBをWeb化して社内及び社外のポータルとして利用していた。グループ会社約100社もNotesのサーバを立て、レプリカという形で本社サーバとデータベースを連携させて、掲示板や内線電話帳などを共有していた。

 太平洋セメントは、まず従業員のシステム利用実態を把握するための調査を実施した。2017年7月から12月の間に、1000人にWebアンケートを実施し、さらに60人に対して詳細インタビューを行った。

 その結果、メール容量の不足、グループウェアの動作が遅い・検索性が悪い、TV会議システムの操作が難しい、会議室予約が使いづらいといった課題が明らかになった。利用したい場面のランキングでは1位が在宅勤務、2位が外出中の電子稟議の利用、メールスケジュール利用、3位が遠隔地の相手とのオンライン会議、相手が忙しい際の円滑なコミュニケーションという結果だった。

図1 アンケート調査の結果(出典:太平洋セメントの発表資料)

 これらの結果を踏まえ、同社は課題を早期に解決し、新たなツール導入に加えユーザーの利用動機を高める工夫が必要との結論に達した。

 太平洋セメントは、システムに関するプロジェクトをトップダウンで進めるのが難しかったという。加藤氏は「プロジェクト推進には、経営から現場までが納得できるコンセプトを設定する必要があった」と話す。

 同社の経営方針には「経営基盤の強靭化」という言葉があり、これに関連して部門方針に「コミュニケーション基盤刷新による業務革新とワークスタイル変革」という言葉が掲げられた。この言葉とアンケートやヒアリングで得た傾向を踏まえ、システム方針として「時間や場所に縛られない柔軟な働き方」という言葉が導き出された。「いつでも どこでも 自宅でも」「スマートなコミュニケーション」がコンセプトとして掲げられ、社内に展開された。

【予算策定フェーズ】2732のDBを棚卸し、SharePointの選択肢は消える

 続く予算策定フェーズでは、一つ一つのDBの棚卸しと見直しを実施した。その結果、2732のDBが最終的に859にまで絞られた。加藤氏は、「絞ったとはいえそれなりの数になるため、『Microsoft SharePoint』ではなく、Web系のグループウェアを検討することにしました」と語る。

 新システムへの移行では、まずDBの全体像を把握し、「文書管理」「掲示板」「ワークフロー」のようにタイプごとに仕分けした。そして、掲示板や申請系のワークフローといった代表的なDBを新システムで再現して検証した。

図2 DBの仕分け結果(出典:太平洋セメントの発表資料)

 次にDBの設計を確認して「低、中低、中中、中高、高」の5つの移行難易度別に振り分け、移行難易度ごとに標準工数を算出し、それを基にして移行計画を立てた。移行計画は3〜5年の中期計画で、毎年度実施する内容を決め、実績を踏まえて年度単位で予算感を把握できるようにしたという。

 「各事業部署のヒアリングで要望を整理し、いかにDBの難易度を下げられるかがポイントでした。難しい機能の中には移行しない判断をしたものもあります。過去データのうち、移行しない範囲を明確化することも重要でした」(加藤氏)

【製品選定フェーズ】選定した4つのサービス

 続く製品選定フェーズでは、コンセプトに基づいて製品検討が行われた。プロジェクト管理や開発・運用を担当したパシフィックシステムの山本氏は、当時を振り返って次のように話す。

 「新たなコンセプトの実現を考えると、複数の製品を組み合わせて適材適所で利用し、Notesのオンプレミス・クライアントサーバの考え方を脱してクラウドシフトする必要がありました」(山本氏)

 製品選定は、提案依頼書を各メーカーやベンダーに提示して実施した。「Microsoft 365」の採用はこの時点で決定しており、「ポータル」「グループウェア」「カスタムアプリ」「ワークフロー」「共通基盤」の5つの機能をそれぞれMicrosoft 365と比較し、より適した製品やサービスがあれば採用する形にしたという。

 製品検討はユーザーや開発者、運用者といった、多角的な視野を持つメンバー30人が担当した。提案書やプレゼンテーション、デモンストレーション、見積もり、Q&Aなどを2カ月かけて評価しただけでなく、実際にDBを複数開発し、操作感を検討チームで確認したという。また、現場のシステム担当者60人への説明とデモンストレーションを実施した。

 提案依頼書は、「機能系」「移行と運用」「会社評価」「費用」「システム担当者評価」の5つの観点から評価を行った。機能系では特に「要件の適用度」「システム間連携度」の項目を重視し、移行と運用では特に「移行の容易性」「作業依頼の生産性」を重視した。

 その結果、ポータルや掲示板、リンクは「InsuiteX」、DBやワークフロー、カスタムアプリは「SmartDB」、SmartDBで対応できない複雑なDBはローコードツールの「GeneXus」、メールやカレンダー、Web会議やチャットはMicrosoft 365を利用することになった。

図3 Notesの移行先として選定した製品(出典:太平洋セメントの発表資料)

【製品導入フェーズ】現場の理解を得ることに苦心した

 2018年度に始まったInsuiteXとSmartDBへの移行プロジェクトは、1年目はDBの検証と計画立案を実施し、特に最初の半年を移行可否の検証とその結果を受けた計画立案に費やした。

 2年目は新システムに移行することを社内にアピールする目的で、新たなポータルの公開と低難易度DBの移行を実施した。

 3年目は製品の提供元であるドリーム・アーツからパシフィックシステムへの技術移転を行い、低難易度DBの移行を進めつつ、紙の申請をSmartDBで承認する仕組みを導入し、電子化も推進した。この段階で低難易度DBの移行はほぼ完了する。

 4年目はシステムの利用範囲を拡大し、中難易度DBと社内で利用するワークフローを中心に移行させた。濱野氏によると、ここが製品導入フェーズの山場であり、DBの難易度が高い点やユーザーとの調整に苦労したという。この年はSmartDBをグループ会社にも展開し、共通基盤としての利用を開始した。

 現在は最高難易度DBの開発に着手しており、2024年度までに移行を完了してグループ会社にも展開し、プロジェクトを完了する予定だという。

 移行のための開発は、常にユーザーに確認しながら進め、移行が完了したDBから組織や拠点単位で順番に切り替えを行った。濱野氏は、「実務的、現実的な時期に合わせて切り替えを行い、強引に進めないことがポイントです」と強調する。また、移行ツールの利用によって、登録されている文書を確認しながら効率的に移行することができたという。

 プロジェクトの推進で特に苦労した点は、ユーザーの理解を得ることだったと濱野氏は振り返る。

 「ボトムアップで推進したため、ユーザーの理解を得ることに非常に苦労しました。ユーザーは従来のNotesの機能や操作方法をSmartDBにも求めがちですが、システムが異なるために実現が難しいことを、代替案を提示しながら丁寧に説明する必要がありました。また、事業部署に対してフレンドリーに接し、表面的ではない本当のニーズを引き出すことも重要です」(濱野氏)

【運用フェーズ】野良DBを制御する仕組みを構築

 最後に山本氏が、プロジェクトの運用方針と運用の仕組み、運用体制を説明した。

 山本氏はプロジェクトの運用方針として、「運用のコストダウン」「仕組み化・見える化の徹底」「運用の在り方を導入プロジェクトを通して形づくる」「運用保守部隊がプロジェクト最初期から参画する」の4つを挙げる。

 また、運用の仕組みで特に有効だったのが、全DBを管理するマスターDBをSmartDB内に作成し、運用の中心に据えたことだという。マスターDBに登録されていないDBは野良DBと見なし、全DBの棚卸しや変更履歴、利用状況の一元管理が可能になった。また、メールによるワークフローの作業完了確認を廃止し、ほぼ全ての管理の仕組みをSmartDB上に整備した。

 運用は、ユーザー3700人に対してヘルプデスク5人、運用チーム5人の体制で行っている。InsuiteXとSmartDB関連の問い合わせは月間40件弱であり、運用チームが適宜対応しているという。

本稿は、2023年6月15日に開催されたウェビナー「脱Notes!の現実解 大規模プロジェクト成功の秘訣」の内容を編集部で再構成した。

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