生成AIやAIエージェントの取り組みが活発化している。ただ、その取り組みが検証止まりになるケースも多い。グーグル・クラウド・ジャパンの北瀬公彦氏は、そうした「AI活用のカベ」を乗り越えるために「スピードと守りを両立が重要」と語った。
生成AIは、単なる業務支援ツールから、企業の業務プロセスそのものを変革する技術へと進化している。だが、多くの企業では依然としてPoC(概念実証)やチャットツールとしての活用にとどまり、AIの価値を十分に引き出せていない。
こうした状況を打破する鍵として、グーグル・クラウド・ジャパンの北瀬公彦氏が挙げるのが、ITの統制とセキュリティを両立できるAI活用基盤の構築だ。
北瀬氏は、2026年5月19〜20日にかけて米国で開催された「Google I/O 2026」の発表内容を踏まえ、企業がDXのスピードとITガバナンスを両立するためのポイントを解説した。
紹介したのは、「Google Gemini」シリーズのAIモデルと最新機能だ。Geminiシリーズには、高度な推論能力を備えた「Pro」、主力モデルの「Flash」、軽量かつ高速な「Flash-Lite」などがある。
またGoogle I/Oでは、24時間365日稼働するエージェント「Gemini Spark」や、AI検索時代に向けた「検索体験のエージェント化」「エージェント型コマース」などが発表された。
北瀬氏は、これらに共通するテーマとして「エージェントの自律化」を挙げる。
「これらの発表に共通しているのは、エージェントが自律的に行動し、業務スピードを極限まで高めるという点です。誰もが必要なときに強力なエージェントを活用できる時代が到来しています」(北瀬氏)
生成AIは、チャットツールの活用から、業務を自律的に遂行するエージェント活用へと進化している。一方で、現場主導でAIエージェントが増加することで、管理されていない「野良AIエージェント」の乱立や、ツール・MCPの増加によるデータ管理やセキュリティの課題もある。
こうした課題に対し、北瀬氏は「AI活用のスピードを維持しながら、安全な統制を実現する仕組みが必要だ」と言う。
では、なぜスピードと統制の両立は難しいのか。
北瀬氏は、AI活用を進める上での大きな課題として、現場部門とIT部門の間にある役割や意識のギャップを挙げる。
現場部門は、競争力向上に向けて迅速にAIを活用したい。一方でIT部門は、データ管理やセキュリティ、利用コストの管理を担う立場にある。だが、現場が独自にAIを利用するケースも増えており、IT部門が利用状況やデータの流れを十分に把握できないという課題がある。この分断が、AI活用のスピードと統制の両立を難しくしている。
「情シスにAIを使うなと言われても、現場では使われているのが実情です。Geminiに限らず、さまざまなAIを活用しなければ競争力が低下すると考えています。今後はエンジニアだけでなく、誰もがエージェントを作り活用する時代になります。一方で、IT部門にはセキュリティやコスト管理の責任があります。重要なのは、この分断された両者をつなぐことです。誰もが簡単にエージェントを作れるスピードと、アクセス管理や監査ログなどを適切に管理できる安全性、その両方を実現する基盤が必要です。それがGemini Enterpriseです」(北瀬氏)
こうした企業のAI活用を支えるため、Googleは用途に応じて複数のGemini製品を提供している。一般ユーザー向けの「Geminiアプリ」、ビジネスユーザー向けの「Google Workspace with Gemini」、開発者向けの「Gemini API」、そして企業全体でのAIエージェント活用を支援する「Gemini Enterprise」だ。
Gemini Enterpriseは、AIエージェントの作成から実行、管理までを単一のセキュアな環境で実現でき、企業データや業務システムとの連携を可能にするプラットフォームだ。個人の生産性向上だけでなく、組織内の知識やデータを活用し、意思決定の高度化・高速化を支援する役割を担う。
北瀬氏は、「Google Workspace with Geminiが従業員一人一人の生産性を高めるツールだとすれば、Gemini Enterpriseは社内に散在するナレッジを集約・連携し、企業の意思決定を高度化・高速化するエージェント統合プラットフォームです」と説明した。
Gemini Enterpriseの特徴の一つが、社内ナレッジを安全に活用するためのデータ連携基盤だ。アクセス制御付きのデータコネクターにより、「Google Workspace」だけでなく、「Microsoft 365」や「Salesforce」「Slack」などのサードパーティーツールとも連携し、マルチクラウド環境で横断的にデータを活用できる。
その中核となるのが、IT部門向けに提供される「Gemini Enterprise Agent Platform」だ。AIエージェントの開発から運用、管理、最適化までを一元的に支援し、企業全体で安全にエージェントを活用するための基盤だ。
北瀬氏は、「Gemini Enterprise Agent Platformは、AIエージェントを全社規模で活用するために、構築から拡張、管理、最適化までをトータルで支援します。ノーコードからフルコードまで柔軟に対応し、作成したエージェントを展開できます。また、エージェントがどのデータへアクセスしているかを制御するガバナンス機能や、利用状況・リソース・コストを把握し最適化する管理機能も備えています」と説明する。
続いて北瀬氏は、Gemini Enterpriseの具体的な活用シーンをデモで紹介した。
1つ目は、「現場部門が自らエージェントを作成し活用する」シナリオだ。Gemini Enterpriseは、社内のさまざまなAIエージェントを統合するハブとして機能する。
さらに、ノーコードでエージェントを作成できる「Agent Designer」や、バイブコーディングによる開発を支援する「Google Antigravity」、組織内でエージェントを共有・管理する「Agent Gallery」なども紹介された。
デモでは、営業、マーケティング、法務といった部門ごとに、社内外のデータを横断的に活用し、調査や商談準備、契約業務を効率化する様子が示された。
一方で、現場のAI活用を進めるには、IT部門による安全な統制も欠かせない。北瀬氏は、セキュアなマルチエージェント環境を実現する要素として「認証」「エージェント保護」「可観測性」の3点を挙げる。
「これらの機能によって、プロンプトインジェクションやbot攻撃からの保護、個人情報(PII)の保護、認証・認可の制御、生成AIモデルの適切な利用、モニタリング、監査、ログ管理を実現します。また、アクセス制御機能付きのデータコネクターや、従業員ごとに最適化できるコンテキスト設定も提供します」(北瀬氏)
例えば、アクセス制御機能付きのデータコネクターでは、「Microsoft SharePoint」や「Salesforce」などのデータへアクセスする際、既存の権限設定を引き継ぐことで、安全なデータ活用を可能にする。さらに、カスタムコネクターを作成するためのフレームワークも提供される。
また、従業員ごとのパーソナライズ機能では、役職や専門領域、社内ナレッジなどをもとに利用者ごとに適切な情報を提供できる。例えば「この案件は誰に承認を依頼すべきか」といった質問にも、社内情報を踏まえて回答できるという。
Gemini Enterpriseの活用事例として、北瀬氏は再春館製薬所と全国共済農業協同組合連合会(JA共済)の取り組みを紹介した。
再春館製薬所では、社内用語や組織情報を理解するAI基盤を構築し、企業理念に沿わない企画に対してAIが注意喚起や代替案を提示する仕組みを整備している。現在では約850人の従業員がAIを日常的に活用し、独自エージェントの開発も進めているという。
一方、JA共済では、担当者によって判断が異なっていた電話対応時のガイドライン解釈を支援するAIエージェントを開発した。ガイドラインや過去3年分の照会データを活用し、判断根拠を示しながら回答することで、照会業務の負荷削減を目指している。
講演の最後に北瀬氏は、「生成AIのビジネス価値を生む実装が進んでいます。エージェントはさまざまな方法で開発でき、ガバナンスについてもアクセス制御、認証・認可、監査ログなどの機能が組み込まれています。スピードと守りをトレードオフにせず、両立できることがGemini Enterpriseの価値です」と強調した。
本稿は、2026年6月2日に開催されたカンファレンス「Al Market ExCon 2026」(主催:BizTech)のグーグル・クラウド・ジャパン講演「Gemini Enterprise 活用術:社内の情報資産を使いこなし、業務効率を最大化する」における内容を基に、編集部で再構成した。
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