大量のデータがあるのに、なぜ手探り? 150年企業・資生堂のAI奮闘記
長い歴史を持つ企業には、AIで生かせるデータや知見が豊富にある。それでも、データ改革はスマートには進まなかった。資生堂のデータチームが直面した、150年企業ならではの難しさとは。
「豊富なデータがあるのだから、AI活用もスムーズに進むはず」――そう思うかもしれない。だが、創業150年を超える資生堂のデータ改革は、その見立てを裏切る泥臭い道のりだった。
AI活用の第一歩は、AIが参照するデータを集めることだ。だが、集めるだけでは足りない。どの数字が何を意味し、どう使えばよいのかが共有されていなければ、使うたびにデータ部門へ問い合わせることになる。それでは、AIを導入しても現場が自律的に使いこなす状態にはならない。だからこそ、データに意味を持たせ、誰もが使えるようにするデータ基盤の構築が鍵となる。
資生堂も同じような課題を抱え、AI活用の前提となる基盤整備に乗り出した。鍵を握ったのは、基盤の完成を待たずに、組織とデータをつなぎ続けるという進め方だった。150年企業は、何を起点にそれを成し遂げたのか。
4つのフェーズで「Data as a Product」を推進
資生堂では、DX&AIX戦略部がAI変革とデータ活用の推進を担っている。同部が目指すのは、単なる業務効率化ではなく、「AI-Readyなデータ基盤を構築し、競争優位の源泉となるデータを発掘、資産化すること」にある。
その取り組みを実務面で担うのが、データマネジメントグループだ。グループマネージャーを務める李隆浩氏は、データ基盤の構築と、意思決定を支えるデータ分析、現場の自立に向けたデータ活用の民主化、社内に眠る暗黙知やデータの資産化という4つを軸に、資生堂グループ全体のデータ整備と活用を推進している。
その取り組みの一つが「Data as a Product」(DaaP)だ。DaaPとは、システムにデータをため込むだけではなく、データそのものをAIや人間が迷わず使いこなせるプロダクトとして扱うアプローチで、データ活用と価値創造を加速させる実践的なアプローチだという。
ただし、その実現までの道のりは「決してスマートなものではなかった」と李氏は振り返る。分厚い組織の壁やサイロ化された複雑なデータ、事業部門との意識の溝にデータチームが向き合った過程を、李氏は「泥臭く情熱的にぶつかっていった、真実の奮闘史」と表現した。
DaaPの取り組みは、大きく4つのフェーズに分けられる。1つ目は、サイロを解消し、AIが理解できる意味のあるデータを構築する「DaaPの基盤整備」。2つ目は、自立のための技術伝承に向けた「DaaPの伝承と浸透」。3つ目は、自社の強みを利益化する「AI-CXによる価値加速」。4つ目は、AIとともにビジネスの最前線をデザインする「われわれの役割進化」だ。
李氏は、この過程について、完璧な準備を待つのではなく、ビジネスの最上流から逆算しながら、組織とデータをつなぎ続けた取り組みだったと説明した。
サイロを解消し、AIが理解できる意味のあるデータを構築する
1つ目の「DaaPの基盤整備」は、大企業の宿命ともいえる縦割りとサイロ化を解消する取り組みだ。資生堂では、複雑なビジネスモデルと組織の縦割りが引き起こす個別最適が、横断的なデータ活用を阻んでいた。
そこで、既存資産を生かしつつ、点在するデータを「Google Cloud」に集約した。購買履歴などの構造化データに加え、店頭の会話ログやマニュアルなどの非構造化データも対象とした。生データを集約して加工するメダリオンアーキテクチャを採用し、他社クラウドで動くデータも一元化したことで、李氏が「戦える基盤」と呼ぶ、AI活用を始動できる環境へと再編成した。
ただし、データを集約しただけでは活用は進まない。李氏によると、そこで重要になるのがデータの意味付けだという。
AIが自律的にコンテキストを理解するには、データへの意味付けが欠かせない。しかし、膨大なデータに人手で意味を付与するのは現実的ではない。そこで資生堂は、メタデータの生成を「Google Gemini」で自動化・標準化し、AIにデータの文脈を教えるとともに、人にも見やすいカタログとして可視化した。さらに、LookMLを使ってセマンティックレイヤーを構築し、誰が実行しても同じコンテキストで動く分析基盤を整えた。
このように「DaaPの基盤整備」のポイントは、分断を越えてデータに共通のビジネス言語を組み込むことで、DaaPとして機能させるための前提条件を整えることにあると、李氏は訴えた。
事業部門をナーチャリングし、共に成長する共創組織を目指す
2つ目の「DaaPの伝承と浸透」は、構築したDaaPを組織に浸透させ、現場の自立を図る取り組みだ。ただ、事業部門とデータ部門では、重視するものが異なる。
「事業部門とデータ部門は、言葉も目的も異なる別人種です。データ側はガバナンスや実装の内容で物事を語りがちですが、事業部門はスピードや売り上げを追求します」(李氏)
このギャップを乗り越えるため、資生堂はDX部署の組織形態について、事業部傘下や別法人、横断部署などの形を試してきた。横断部署は全社ガバナンスを浸透させやすい一方、依頼が集中しやすい。実際、DX&AIX戦略部には、営業やマーケティング、美容、R&Dなどの各部門からデータやAI活用の要望が寄せられ、個別対応がボトルネックになっていたという。
そこで推進したのが、分断をつなぐ共通言語としてのDaaPだ。
資生堂のDaaPは、購買履歴や社内文書、音声などのデータに、ビジネス用語、使い方やユースケース、品質、ガバナンスといったビジネス文脈を付加したものだ。これによって、事業部門がデータ部門に頼らず、自らデータを分析できるようにする。
実際のDaaPの利用例の一つが、営業部門のユーザーがAIエージェントを通じて、データプラットフォーム上のデータを直接利用する仕組みだ。ユーザーが自然言語でエージェントに問いかけると、スキンケアの売り上げ推移などを確認しながら、即座に仮説を検証できるようになる。李氏によると、思考からアクションまでのスピードが飛躍的に向上したと、現場からも高く評価されたという。
また、戦略部署向けのDaaPの例として、BIダッシュボード(Data Studio〈旧Looker Studio〉)とLLM(BigQuery data agent)の画面を統合した環境も提供している。BIのグラフを見ながら、気になった点をその場でAIに問いかけられる。
「DaaPの伝承と浸透」のポイントは、李氏の言葉でいう「魚を与えるのではなく、釣り方を教える」ことにある。頼られるだけの御用聞きを脱し、DaaPによって事業部門をナーチャリングし、ともに成長する共創組織を目指すものだ。
AI-CXの取り組みを通じて、事業成長を直接ドライブする「火付け役」に
3つ目の「AI-CXによる価値加速」は、コストセンターからプロフィットセンターへの展開を目指す取り組みだ。
かつてのデータ部門は、集計やレポートなどの定型業務が中心で、効率化や工数削減を担うコストセンターだった。李氏が目指すのは、データ部門と事業部門が共創し、自社のデータや知見を競争優位につなげることで、意思決定やCX、事業の変革を支えるプロフィットセンターへの進化だ。
その一つが、エージェンティックコマースの取り組みだ。現在は、検索や比較、検討、購入といった購買プロセスの中にAIが入り込んできている。李氏は今後、AIエージェントに購買プロセスのほとんどを委託する一方で、情緒的価値を求めて人間による購買体験を追求するという二極化が進むとみている。
この二極化に向けて、資生堂は、AIに理解・推薦されるためのAIO(AI検索最適化)対策と、感性に響く模倣困難な体験価値(AI-CX)の提供を目指している。ブランドAIアシスタントやAIエージェントなどの顧客接点を構築し、対話データ(VoC)のデータベース化・資産化や、AI-CXを支えるナレッジ基盤の整備を段階的に進めているという。
「AI-CXによる価値加速」のポイントは、自社独自の情報とAIを掛け合わせたAI-CXへの挑戦を通じて、事業成長を直接ドライブする「火付け役」となることだ。
資生堂の変革精神でAIを能動的に手なずけ、人間×AIの新しい価値を共創
4つ目の「われわれの役割進化」とは、データ部門における担当者の役割が変わったことを指している。
従来のデータアナリストは、データを抽出、分析してレポートする「答えを出す」役割を担っていた。現在は、問いを設計し、AI活用を構想して事業変革につなげる「問いと価値を設計する」ビジネスデザイナーへと役割が変わりつつあるという。また、DaaPを管理して継続的な価値向上を主導するデータプロダクトマネージャーという専門領域も生まれている。
最後に李氏は、資生堂が「The Shiseido Way」として掲げる「変わらないために、変わり続ける」という考え方を挙げながら、AIをポジティブに乗りこなすことが重要だと訴えた。
「AIによって『奪われる恐怖』を、AIによる『進化の好機』と捉えたいです。資生堂の変革精神でAIを能動的に手なずけ、人間×AIの新しい価値を共創していきます」(李氏)
資生堂の事例から見えるのは、AI活用が技術の導入だけでは完結しないということだ。データを整えるだけでなく、事業部門が自ら使えるようにし、データ部門の役割も変えていく。長い歴史の中で生まれた分断に向き合うには、基盤、運用、人の役割を一体で見直す必要がある。
※本稿は、2026年7月30~31日に開催された「Google Cloud Next Tokyo 26」のセッション「資生堂流『Data as a Product』――AIで加速するデータ活用と価値創造」を基に、編集部で再構成した。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
この記事の著者
関連記事
こんなメディアも見られています
キーマンズネットに関連する情報をお探しであれば、こちらのメディアもお役に立てるかもしれません。
SpecialPR
アクセスランキング
-
1
Windowsを使い続けるのは正解か? 「Linux化」というモダナイズのもう一つの選択肢
-
2
「Gemini Notebook」で利用者10倍 シニア社員をAIヘビーユーザーにした首都高の考え
-
3
スウェーデン発、AI議事録Klangが日本上陸 無料で文字起こし無制限
-
4
スクエニ開発陣が「ドラゴンクエストX」の世界観を守るのに「Gemini」が必要だったワケ
-
5
なぜNTTは「小型LLM」にこだわるのか 国産AI「tsuzumi 2」に込めた狙い
-
6
「社内情報をAIに食わせればいい」だけでは足りない、情報検索精度向上の鉄則
-
7
ランサムウェア対策の3ステップ AWSが提唱する「3-2-1-1-0」ルールとは
-
8
禁止しても無駄? 社員が勝手にAIを使う時代、情シスはもう止められない
キーマンズネット SNS
インフォメーション
注目情報をチェック
キーマンズネットをフォロー