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過剰な期待は禁物、来るべきAI戦争に向けて知力を備えよすご腕アナリスト市場予測(1/4 ページ)

メディアも世間も賑わせる人工知能だが、本当に新しいビジネス価値を生み出しているか。AIの虚像をアナリストが一刀両断する。

» 2016年09月14日 10時00分 公開
[亦賀忠明ガートナー ジャパン]

アナリストプロフィール

亦賀忠明(Tadaaki Mataga):ガートナー ジャパン リサーチ部門 バイス プレジデント 兼 最上級アナリスト

1985年、大手ベンダー入社。メインフレーム、ネットワーク、オープンシステムに至る各種システム開発業務に従事。米国製品の受け入れと導入、顧客へのシステム提案、設計、開発、運用といった開発工程全般を手掛ける。1997年にガートナー ジャパン入社。ITインフラストラクチャ全般を中心とする調査分析を担当。国内外の主要なベンダー、インテグレーターや一般企業ユーザーに対して、さまざまな戦略的アドバイスを行っている。


 人工知能、機械学習、ディープラーニングという言葉を耳目にしない日はないほど、メディアも世間も人工知能の話題を賑わせており、「AI搭載、利用」をうたう製品やオンラインサービスも次々に登場するようになった。確かにコンピュータは囲碁や将棋のプロに勝ち、普通の言葉で会話らしきものが成り立つようにはなっているが、新しいビジネス価値を生み出すには至っていない。果たして現在の人工知能にはSF的な夢をはぐくむ以上の利用価値があるのだろうか? 今回は言いはやされるAIの虚像をアナリストが切る。

振りまかれるAIの虚像

 「人工知能」「AI」を冠した製品やサービスが身の回りに次々に登場している。「AI搭載ロボット」「AI搭載情報共有システム」「人工知能による広告配信サービス」「人工知能利用のコールセンター自動化」などなど、枚挙にいとまがないが、これらの全ては「言い過ぎ」だ。なぜなら現時点で本物の人工知能と呼べる技術はまだ存在していないからである。

 人工知能やAIという言葉は1956年に計算機科学者のJohn McCarthy氏が初めて使ったとされている。それが意味するところは「テクノロジーが人間の知能を超える」ことと解釈できよう。人間にはできないことを技術の力で実現している例は至るところに見られるが、「知能」の面で人間を超えるような技術はまだない。例えばGoogleの技術は確かに人間の能力をはるかに超えているとはいえる。しかしそれは検索などの特定の目的に絞った場合のことで、人間のようにさまざまな問題を自分で解決していく能力は備えていない。

 人工知能技術の代表例としてメディアに採り上げられる筆頭はIBMのWatsonだが、IBM自身はこれを人工知能だとは言っていない。「コグニティブコンピューティング」というのが彼らの呼び方だ。

 人工知能に関する書籍も豊富に出版されていて、既に一般的な用語になっているようだが、言葉の使い方は曖昧で、未来のSF的な話と、現在のコンピュータサイエンスの話や機械学習技術を取り入れた製品やサービスの話がないまぜになり、非常に混乱した状況にある。

「AI的なもの」に惑わされるな

 「シンギュラリティ」(技術的特異点)と呼ばれる、技術が人間の知能を超える日は確実に来るといわれているが、2045年と想定されていて、まだ30年ほどもある。その時点よりも先のことと、現在のこととを混同してしまってはいけない。

 「AI的なもの」は現時点でいくらでもあるのだが、人工知能そのものは実現にはまだまだ遠いのだ。科学的な裏付けもなく人工知能という言葉を使ってあおる「バズワードビジネス」も増えつつある。一部企業やメディアが振りまく幻想的な人工知能の姿に惑わされず、時間軸をはっきりと意識して、夢の話と現実論とを混同しないように心掛けなければならない。

 図1は、人工知能技術がどのように成熟してきたかのイメージを示したものだ。人工知能という言葉が生まれてから60年たつが、機械学習の技術はだんだんと成熟度をあげ、単一の規則性から物事を予測する単一マシンラーニングから複数の予測式を利用する集合マシンラーニングへと発展し、現在話題の多くのデータの中から自分で規則性を見つけ出すディープラーニングが主流となっている。

 ここまでに30年以上はかかっている。その間、IT領域ではフィルタリング技術やレコメンデーション技術など、役に立つ応用も登場してきた。同じように今後の30年間には利用価値の高い応用製品やサービスを生み出しながら(自動走行車両などはその例)発展していくだろう。やがて、特定目的ではなく、汎用(はんよう)的に問題解決が図れる汎用インテリジェンスの登場を1つの節目として、さらにその後にスーパーインテリジェンスと呼ばれる「人間の知能を超える」技術が実現する見込みだ。

時間軸で見た人工知能技術の成熟度のイメージ 図1 時間軸で見た人工知能技術の成熟度のイメージ(出典:ガートナー)

 今から30年前といえば、PCの時代が始まったころ。その時代に現在の技術の夢を見ていたとしても、ビジネス上で何か価値を生み出せたかというとかなり考えにくいだろう。これから30年先の技術の夢を今見ていても、同じようにあまり意味はない。

 しかし30年前からPC技術やネットワーク技術が脚光を浴びる時代が来ることを確信して関連スキルを磨いた人は確実にいる。そうした人たちがその後のオープンシステムやネットワークの時代を切り開いてきたはずだ。夢と現実を混同してはならないが、未来を見越して今できることを具体的に探り、実践していくことには大きな価値がある。

 ここで言いたいことは、現在の「AI的な」製品やサービスに惑わされずに、本当のAIに真剣に取り組む必要があるということだ。何やら先進的な響きのある製品やサービスを見て、それが未来のAIの先取りでもあるかのように錯覚してしまうことを危惧している。

 現在の「AI的な」ものは、実際にビジネス上の利益をほとんど生んでいない。またベンダー側でも、それで売り上げがきちんと計上できているわけでもない。相当なから騒ぎが生まれているという状況だ。

 その騒ぎの渦中で、待っていれば人工知能による恩恵が与えられるのではないかというような感覚でいては、世界各国で真剣に人工知能の研究、開発に取り組んでいる企業に必ず負ける。やがて本物の人工知能のテクノロジは各国、各企業に破壊的なインパクトをもたらす可能性がある。そのときに、日本がグローバル企業にごして戦えるのか、今の混乱状況を見ていると不安を感じざるを得ない。

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