知らない企業から訴えられたり、ライセンス契約を要求されたりといったリスクは大企業だけのものではない。中小ベンチャーが自社技術をちゃんと評価するために特許庁がガイドラインを公開レビュー中だ。
公的機関の公開議論プラットフォームにオープンソースソフトウェア開発の方法論が採用されるケースが増えてきた。ソフトウェアを公開する取り組みとしては、オバマ政権下の米国政府で行われたソフトウェアソースコードを公開する「Code.gov」の取り組みがよく知られている。連邦政府が利用した何らかのプログラムのソースコードをWebサイト上で一般に公開、自由に改変して利用できるようにしているものだ。この仕組みは、Gitというソフトウェアを使ったサービス「GitHub」で提供されている。
Gitはソフトウェアのバージョン管理を効率よく行うためのツール。差分や履歴を効率よく管理し、複数のメンバーが協同編集して1つのプログラムやドキュメントを構築する際に用いられる。このGitの機能に加え、SNS機能を持つWebサービスプラットフォームがGitHubだ。GitHubは、現在オープンソースソフトウェア開発ではデファクトスタンダードに近い存在になっており、Code.govでもGitHubが使われている。
修正を提案したり、新たなアイデアを提供したりといった活動を誰もが行え、提案内容や修正の履歴、関係者間での調整や議論の過程も公開されるため、透明性が高い。多くの場合、ソフトウェア開発に利用されるが、ドキュメント制作や設計図面の協同編集などでも利用されている。
日本国内でも、コミュニティーでの公平な合意形成を促す装置として多くの実績を持つこのGitHubを議論の場として、業界の知見をとりまとめたドキュメントを作成しようという試みが行われる。
2017年11月21日、特許庁、NTTデータ経営研究所、ギットハブ・ジャパンの3者は、知的財産に関する調査(知的財産デューデリジェンス、知財DD)の「標準手順書(SOP)」策定のために、GitHubを採用した「オープン検証事業」を開始すると発表した。事業は、SOP作成のための調査研究事業として、特許庁から事業を受託したNTTデータ経営研究所が実施するもの。
ギットハブ・ジャパン エバンジェリスト池田尚文氏は、米国政府での採用例を挙げ「誰でもオンラインで意見交換や提案、議論を行える点がGitHubの特徴。Code.govプロジェクトでは、市民参加型プラットフォームとして評価された」と、その公益性を説明、オープンソースソフトウェア開発プロジェクトにおける合意形成プロセスが、公共の議論でも有効であることを示した。
検証事業を担当する特許庁 法制専門官 足立昌聡氏は、近年の技術革新の波がかつてない規模で企業を取り巻く環境を変えている状況が、企業の知財戦略や法的リスク対策にも影響を及ぼしていることを説明した。
「従来、知的財産の管理は近しい業界ごとのごく狭い範囲に関心を払っていれば十分だった。しかし、各業種・業界へのIT技術の浸透やFintech、Legaltechなどのように従来と異なる分野の技術同士の融合が進んできたため、一見すると『畑違い』に見える業界であっても、特許紛争に関わってしまうケースが増えている」(足立氏)
さらに、今後は知的財産戦略や技術開発戦略に相応の人員を割けるような大企業だけでなく、スタートアップ企業や中小企業でも、企業丸ごと、あるいは一部の事業やビジネスアイデア、技術を個別に別の会社に提供したりといったM&A案件が増えてくることが想定される。
M&Aでは、財務情報など評価と同様に知的財産の評価が必要だが、中小企業やスタートアップ企業ではこうした点への準備が十分でないことが多く、弁理士などに業務を依頼する場合でも相応の費用がかかるため、資金や人員に余力のない小さな企業には負担が大きい。今回の事業は、この手順を簡易にするためのガイドライン(=知財DDのSOP)の検討を、誰もが参加・閲覧できる場で行おうというもの。
「行政手続き法に即した意見公募では『e-Gov』というシステムがあるが、こちらは法案などへの意見を募る仕組みであり、あくまでも事務局が意見を受け取ってレビューしたり回答したりする仕組み。今回の事業は民間企業と投資家などのコミュニケーションを支援するガイドラインであり、法令ではないため、インタラクティブかつアジャイルな手法で進めたい」(足立氏)
このオープン検証事業の実施期間は2017年11月21日から12月28日の約1カ月間。誰でも参加できるが、特に知財DDに関心があり、経験や意見を持つ方、あるいは関連する業務に従事している専門職、ベンチャーキャピタル、財務分析者などの参加を募っている。ギットハブ・ジャパンが場を提供、NTTデータ経営研究所はリポジトリ管理や、有識者との意見交換などの調整で事務局としての役割を担う。草案はNTTデータ経営研究所と潮見坂綜合法律事務所が提供する。
レビュー内容を取り込んだSOPを基に、2018年1〜3月の間にさらに日本各地で説明会や意見交換会を実施、最終成果物をSOP1.0としてクリエイティブ・コモンズライセンスの下で公開、一般企業が利用できる形で配布する。
「知的財産を扱うには、法と技術の双方を理解する必要がある。スタートアップや中小企業であっても、ディールブレーク(取引停止)にならないように致命的なリスクを事前に避けるために自身による評価が必要だが、現状では不十分な場合が多い。特に投資家ら支援者の理解を得る必要があるスタートアップ企業では、自社が持つ知的財産を可視化し、広くその価値を知らしめる努力も必要だ。特許庁では、2018年度以降もスタートアップ支援事業を推進していきたいと考えている」(足立氏)
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