1000以上の項目がある社内規定について、従業員からの問い合わせが殺到していたメタルワン。チャットbotによって担当者の業務はがらりと変わった。同社のチャットbot導入プロジェクトとは。
働き方改革が叫ばれ業務を自動化するツールが多く登場したが、いまだに人海戦術に頼る企業も少なくない。ツールは魔法の道具ではなく、導入して効果を出すまでに高いハードルがあるからだ。
大手鉄鋼総合商社のメタルワンも業務の効率化が長年の課題だった。特に数千ページにも及ぶ社内規程への問い合わせ対応は、専門チームをもってしても大きな負担だった。「チャットbotで回答を自動化できたら……」。
道のりは決して平たんなものではなかった。当初は「膨大な選択肢が表示されるだけで、求める正解に行きつかない」「日常的に使う言葉では、規程用語や専門的な内容を検索できない」といった課題が山積したのだ。
だが、ある工夫を施すことでチャットbotの回答精度が、まるで問い合わせ対応のエキスパートの頭脳を移植したかのように改善した。その鍵は意外にもAIによる機械学習に頼り切らないことだった。
2003年に三菱商事と日商岩井(現、双日)の鉄鋼事業を統合して生まれたメタルワンは、複雑な社内規程への問い合わせ対応に課題を抱えていた。規程や権限の項目は1000以上もあり、1つの手続きについて調べるにも複数の項目を参照しなければならない。営業現場の社員が自力で答えにたどり着くことは難しい。
当時、同社の事業投資総括部に出向していた三菱商事 鉄鋼製品本部 戦略企画室長の炭元成介氏は「窓口として専門チームを設けましたが、例えば『こういうケースの投資案件の決裁権限はどうなるのか』など何度も同じ問い合わせが殺到して業務負荷が増大しました」と振り返る。
社内規程はコンプライアンスやガバナンス、サービス品質に関わることだけに正確な回答が必要になる。一方で、ノウハウの属人化や人事異動などで回答の品質がぶれる可能性もあった。これは事業全体に関わる大きなリスクだ。
業務の折々に生じる疑問に対し、チャットbotが社内規程の中から適切なものを選んで応答すれば、長年の課題を解決できるのではないか。同社のチャットbot導入プロジェクトが始まった。
導入したのは豆蔵が提供する対話型AIエンジン(チャットbot)「MZbot」だ。業務の悩みに対する丁寧なアドバイス、チャットbotの機能による具体的な解決策、チャットbotを社内で複数構築しても追加費用がかからないといったライセンスコストが決め手になった。
だが質問に対して正確に答えられるチャットbotを作成することは容易ではなく、効果を出すまでは試行錯誤の連続だった。MZbotはExcelなどで作成した電子データを教師データとして学習する。当初はAIによる統計的な方法で社内規程から適切なものを絞り込み、回答する手法を試したが、うまくいかなかった。
「社内規程は大項目、中項目、小項目と階層的に整理されていますが、同じキーワードが全ての階層に存在するため参照すべき規程を絞り込むことが難しかったのです。膨大な候補が提示されれば、社員にとっては規程を読むことと変わりありません。AIが階層構造を意識せず、はじめから間違った規程や権限基準を提示することもありました」(炭元氏)
そこで質問に対して、チャットbotが必ず大、中、小の順に項目を提示するようMZbotを設定した。まずは、大項目を4.0、中項目を3.0、小項目を2.0という具合にスコアリングする。このスコアと項目内のキーワードのペアをMZbotに登録し、スコアの大きさに従って候補を提示するよう設定したのだ。これは、AIによる回答の選定よりも、人間のルールを優先してキーワードを提示するMZbotの機能(特願2017-179473)を活用している。チャットbotは、大項目から小項目にかけて絞りこむように回答候補(キーワード)を提示し、ユーザーは「Yes/No」を回答するだけで自動的に回答に辿り着ける。
回答精度を高めるために、有識者がMZbotに操作を学習させ、回答までの道筋を最適化する工夫も行った。「求める答えを得られたかどうか」のユーザーフィードバックを分析し、より適切な回答へ導けるようチャットbotをチューニングする。プロジェクトメンバーの地道な努力によって、対話回数を大幅に削減できた。
回答候補を自動選出するAIエンジンと、人間が作成したルールに基づいて回答候補を選出するルールベースエンジンを組み合わせたハイブリッド構造のMZbotによって、AIに全てを任せるのではなく、部分的に人為的なコントロールを加えた最適な仕組みを構築できたという。
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