従業員にRPA活用を取り組むよう仕向けるにはどうしたらよいのか――「ロボットコンテスト」という一風変わったアイデアで、全社の”RPA熱”を高めた企業がある。
RPAのPoC(概念実証)を終え、本格導入に進もうという企業が増えた。しかし多くの企業がつまずくのは、社内でRPAを普及させ、ロボットを内製化できる環境を整える場面だ。
大手鉄鋼総合商社のメタルワンもそうした課題を抱える企業の1社だった。同社で経営企画部 デジタル・イノベーション室の室長を務める齊藤桂司氏は、「社内にRPAに詳しい人は一人もいなかった。どこから手を付ければよいのか分からなかった」と語る。
同社がRPAに目を向けたのは2017年。デジタル活用による働き方改革の一環として着手した。しかし、業務に追われる従業員はRPAの知識もなく、時間もない。何とかRPA活用を促進させようと実践したのが、社員を巻き込んだ「ロボットコンテスト」だった。その結果、IT分野に特別な経験のない“一般社員ITユーザー”の立場にある従業員が作成したロボットで年間に6000時間も削減できると確認できた。
2018年度はロボットを開発し、運用するためのルールや体制づくりに取り組み、社内でRPAを内製化する土壌を整えている。2017年度、2018年度のロボットコンテスト運営を手掛ける事務局のメンバーに話を聞いた。
メタルワンがデジタル活用による働き方改革に本腰を入れたのは2017年のこと。「会社の成長のために、新しいビジネスを創出することが経営課題だった。しかし従業員は現状の仕事に追われ、新しいものを生み出す余裕がない。そこでデジタル活用による時間作りを目的に、RPAの利用にたどり着いたと齊藤氏は振り返る。
当時はRPAが熱い視線を集め始めた時期だった。だがRPAに目を付けたのは単なる流行からではなく、現場ごとに異なる自社特有の業務に対応し、効率化できると考えたためだ。
鉄鋼製品のトレーディングを事業とするメタルワンは、国内外で鉄鋼製品の流通と加工機能を提供し取引先にきめ細かな対応を行う。その過程では各現場が独自の工夫を積み重ねていた。
「取引先企業さまは多岐にわたり、取扱う製品(品種)ごと、企業ごとに必要な対応や資料も異なります。その違いを現場で吸収し、情報を整理して、サービスを提供するのです。さらに繁忙期には、もともと膨大な各種明細書類がさらに増えます。各部署や担当者が異なる業務の進め方をせざるを得ず、『その人にしか分からない』という業務の属人化が問題になっていました」と営業現場の経験を持つデジタル・イノベーション室の安藤友紀氏は語る。
業務の標準化と業務品質の維持は長年の課題だが、従来のシステム化では現場の「違い」をカバーしきれない。そこで、現場が自分たちで効率化を進められるRPAに白羽の矢が立った。
「現場が積み重ねてきた工夫を生かすにはRPAがベストだと考えました。以前から手元の業務を効率化するためにExcelのマクロを駆使するといった取り組みはありましたが、作りこまれたマクロはもはや一つのシステムと化しており、その取り扱いはベンダー頼みです。一方、RPAは業務を一番に知る従業員が自分たちで開発し、メンテナンスもできます」(齊藤氏)
現場が主体になることを念頭にツールを選定した。最終的に「ユーザーインタフェースが日本語で、操作もシンプル、現場の従業員が使い方を理解しやすい」と評判の「WinActor」(NTTアドバンステクノロジ)に決めた。
かくして始まったメタルワンのRPA導入。どのようにして現場にRPAを浸透させ、皆が「作って使える」環境を整えるかに頭を悩ませた。現場ごとに異なる業務が林立するため、センターで対象業務を選定してスケールするという方法は無理がある。肝心の従業員は多忙でRPAに着手するモチベーションも時間もない。
悩んだ末、経営企画部内からロボットコンテストというアイデアが出た。コンテスト形式をとり、上位入賞者は経営陣にプレゼンする機会を与えることで、モチベーションも高まるのではないかという声が上がったのだ。現場と同じ目線を持った営業出身のメンバーが出したアイデアということもあり、「これはいける」という確信が生まれ、開催が決まった。
早速、各部署から運営事務局のメンバーを指名し、手探りでプロジェクトを始動した。まさにゼロからのスタートで試行錯誤の連続だった。まずこだわったポイントは自由に参加が可能なコンテストとすること。これには、やりたいと思う人にRPAを取り組んでもらう狙いがあったと人事部 人材開発ユニット 植田聖子氏は話す。
「上から強制する方法では、従業員のやる気も起きません。『現場の業務課題をRPAで解決してみませんか』と参加を呼びかけ、やりたい人が自分のできる範囲で取り組めるようにしました」(植田氏)
さらに、コンテストの期間を明確に区切ることで、多忙な従業員がモチベーションを保てるように配慮した。それは通常業務と兼務でロボコンの運営やルール作りに尽力し、めまぐるしい日々を送った運営事務局も同様だ。スケジュールは厳格に区切りを設け、短期間で集中した取り組みを促した。
2017年度ロボットコンテストのスケジュール | |
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7月 | ロボットコンテストの開催を発表、エントリーの案内開始 |
8月 | WinActorの集合研修 |
9月 | 現状業務の文書化とRPAツールを使ったロボット作成 |
11月末 | 完成したロボット(シナリオ)、文書(業務の現状と将来像を記述)、稼働中の動画、効果検証レポートをセットで提出 |
植田氏は「魅力的なイベントとして従業員を盛り上げ、期間限定とすることでモチベーションと時間の問題に対処しました」と振り返る。結果的にエントリー数は120件、10月には90件の文書が提出され、11月の締め切りには79件のロボットが出そろった。
3カ月という短期間にロボットを作成し、必要な書類をそろえることのハードルは高い。それでも79件ものロボットが提出された背景には、運営事務局のさまざまな工夫と現場へのサポートがあった。
エントリーを開始したころは、RPAとは何かが分からない従業員も多かった。まずはRPAで何ができるかをイメージしてもらいたい。そこでWinActorに関する2時間半のカリキュラムを組み、8月に集合研修を開催した。その後もツールに関する相談会を設けるなど、技術面で手厚いサポート体制を用意した。さらに「業務の視点」からも事務職経験のある事務局のメンバーが絶えず助言を行ったとITソリューション部 システムユニット 兼 デジタル・イノベーション室の小林玲子氏は語る。
「ロボットのシナリオを作る前に現状の業務を文書で整理してもらいましたが、ここでつまずく従業員が多かった。文書化の作業はシナリオを起こしやすくするだけでなく、業務を客観的に振り返り、改善ポイントを見つけるための大事なフェーズです。アドバイスを丁寧に行いました」(小林氏)
ロボット作成の期間に入ると、月次で進捗(しんちょく)を確認するフォローアップ会議を設けた。この会議には「部を超えた人のつながり」を生み出すという大きな狙いがあった。
「部署を超えた交流の機会を設けることで、情報共有の場と助け合う環境を作れたらよいと思っていました。実際に、早々にロボットを完成させた営業職の参加者が、会議の場でロボットの動く様子を見せてくれました。皆のモチベーションが一気に上がったことを覚えています。この従業員は以降部署を超えた“RPAの先生”として慕われ、親身になって参加者の相談にのってくれていました」(小林氏)
提出されたロボットの中から経営層の前でプレゼンを行う10位までを選抜した。100点満点で評価し、50点を「ロボットによる削減時間」に配点した。RPA活用の背景には新しいことを始めるための時間創出という目的があり、その貢献度に重きを置いたのだ。その他、業務プロセスの改善や取り組みへの姿勢といった観点で評価した。今回選ばれるロボットは、今後現場で開発する際の指針となるため、評価ポイントは極力明確にした。
一方、WinActorのシナリオの中身までは考慮しなかったという。
「当社はRPAツールのプロを目指しているわけではありません。RPA活用で何を目指しているかが明確に伝わるようにするために業務をどう変えられるのかを見る、という軸で評価しました」(齊藤氏)
優勝を決めるプレゼン大会には130人が詰めかけ、大いに盛り上がった。1位を獲得したのは決算情報の特定数値を実績と比較してチェックするロボットだ。上位の応募者、団体には副賞も用意した。またMVP3人を選出してシリコンバレーに出張させ、新しい動きを肌で感じてもらうとともに、米国子会社でRPA活用のプレゼンを実施してもらった。安藤氏は「表彰された従業員をはじめ、参加者の成功体験は次のモチベーションにつながり、参加していない従業員のRPAへの関心も高くなったと感じます」と話す。
現在開催中の第2回ロボットコンテストでは、前回を超える168件のエントリーが集まっている。コンテストを通じてRPAに対する従業員の意欲は確実に上がっている。
大成功を収めたロボコンは単なるイベントとして終わらず、部を超えたコラボレーションと業務標準化の契機にもなった。それぞれの現場が違うアプローチで行っていた仕事を並べて見つめることで、お互いに標準化できる部分が見えてきたのだ。バラバラだった仕事のやり方を俯瞰する視点で「そろえられるプロセスを標準化し、ロボットに任せてみよう」というアイデアも生まれた。
具体的な成果としては、「全社標準ロボット」が挙げられる。これは、コンテストで幾つか応募のあった、共通性の高い業務を行うロボットを、全社で使えるロボットとしてあらためて開発したものだ。こうした取り組みは技術サポートを行っている豆蔵による週1回2時間の社内相談会「RPAラボ」で育まれている。同社がかねて抱えてきた「業務の属人化」という問題もコンテストを機に解消へと向かっている。
ロボットコンテストという「エンジン」によって、メタルワンは現場におけるRPAの取り組みを促した。コンテストで作られた79台のロボットが生み出す時間は6000時間にものぼる。コンテスト終了後もロボットは増えており、効率化の可能性は広がりをみせている。現在は、これらのロボットを本格的に活用するためのルール作り、環境作りに尽力していると齊藤氏は説明する。
ルールは「開発や運用のしやすさ」を損ねず、かつ必要な統制を実現できるよう議論を重ねて策定した。統制の考え方は内部統制チームや情報セキュリティ管理チームも交えて整理したという。
例えば、ロボット開発では現状業務およびロボット化のフローを文書化したもの、ロボットが止まった際のバックアップ手順書、テスト計画およびテスト結果の報告書、利用申請などを求める。さらに、「野良ロボット」が生まれないように稼働中のロボットを全て把握し、その実行をサーバ上で集中管理する「WinDirector」(NTTデータ)も導入した。
環境作りも進行中だ。基幹システムの「ログイン機能」のような共通部品を提供するポータルサイト「MetalOne RPA Portal」や開発申請を簡単にするためにワークフローを整備して、現場がロボットを作りやすくなる工夫を重ねる。齊藤氏らの取り組みは今後も続く。
多忙な現場の業務を何とかして効率化したい――「ロボットコンテスト」という一風変わったRPAの推進方法は、こうした思いから生まれた。それ故にロボコンの運営からルール作りまでを主導するメンバーは、「現場が無理なく楽しんで取り組むにはどうしたらよいだろうか」「現場にとって、業務がどうなればよいか」ということを念頭に置き、工夫を重ね続ける。常に業務を中心に考えるメンバーの軸があるからこそコンテストが成功し、バラバラだった業務の標準化が前進できたのだろう。同社は今、RPAで創出された時間を企業の成長につながる新しい事業に振り向けるための構想を練っている。
「RPAによる効率化をグループ企業にも広げ、モチベーションを高めることで、新しいビジネスの創出につなげたいと思っています」(齊藤氏)
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