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デジタル先進国エストニアが大切にする「利用者視点」──電子政府の成功から日本が学ぶべきポイントとは

» 2019年08月19日 10時00分 公開
[相馬大輔RPA BANK]

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さる7月21日に行われた参議院議員選挙は投票率が48.80%と半数を割り込み、戦後の国政選挙でワースト2位を記録した。一方で、期日前投票の割合は参院選として過去最多(有権者数の約16%、約1,700万人)を記録。投票率改善に向けた、いっそうの利便性向上が課題として残された。

有権者の利便性を高める“切り札”としては、オンライン投票の導入検討も始まっている。もっとも、実施の前提となる「マイナンバーカード」の交付率は2019年4月現在で総人口のわずか13%。投票率が低迷する35歳未満の成人への交付率は、さらに少ないのが実情だ。

そこで参考としたいのが「IDカード普及率98%」「直近の国政選挙(2019年3月)の投票率64%」、さらに「オンライン投票のシェア4割超(同)」を達成している電子政府先進国・エストニアでの取り組みだ。

旧ソ連から独立して30年の若い国で、人口は日本の1%程度(約130万人)という違いはあるものの、民間部門を含めたデジタライゼーションを統合的に進める同国のコンセプトは示唆に富んでいる。

今回は「RPA DIGITAL WORLD TOKYO 2019」(6月7日に東京国際フォーラムで開催)で登壇した、同国のフローリアン・マーカス氏(「e-エストニアブリーフィングセンター」広報担当者)へのインタビュー要旨を紹介。業務のデジタル化にあたって、揺るぎのない“大義”を掲げるためのヒントを共有する。

■記事内目次

  • IDカード普及率98%。重要なのは人の抱える悩みと向き合うこと
  • デジタル化の落とし穴「ユーザー不在」を防ぐチェック機能
  • 電子政府の仕組みを外国人にも開放する「e-レジデンシー」。狙いは優れた人材の招致と経済活性化

IDカード普及率98%。重要なのは人の抱える悩みと向き合うこと

──エストニアの電子政府の取り組みは世界をリードする存在として日本でも関心が高く、関連書籍の刊行も相次いでいます。

私はエストニアの政府系機関で電子政府の広報担当をしており、初めての海外広報として今回日本へやって来ました。本国でも日本からの視察を迎える機会が多く、世界有数の産業国から正しい取り組みとして興味を持ってもらえていることをたいへん名誉に思っています。

──「エストニアでは、行政上の手続き方法に従来のやり方を残すものの、多くの人はオンラインに切り替えている」とのお話が講演でありました。オンライン化をここまで定着させることができた理由は何でしょうか。

もっとも重要なポイントは「オンライン化によって人々が抱えていた問題を解決したこと」だと考えています。

エストニアでは現在、IDカードと一体になった運転免許の更新手続きがオンラインで行えます。役所に出向き、新しい免許証の交付を待つやり方に比べて時間とお金を節約でき、ストレスがかからない上、かさばる何枚ものカードを持たなくて済みます。

「インターネットに接続できるPCを持たない」といった個人のさまざまな事情もあるため、決して100%のオンライン化を目指しているわけではありません。ですから従来どおり、役所で対面の手続きができる選択肢は残しています。

とはいえ、エストニアでも日本でも「往復を含めて数時間かけて免許更新するより、家族との団らんや趣味に充てたい」と感じる人が多いと思います。オンライン手続が普及したのは、そうしたニーズにかなう仕組みが受け入れられたためで、何か特別な策を打ったわけではありません。

2005年に始まったオンライン投票も同様です。さる5月末に欧州議会議員選挙がありましたが、私はこのとき英国で休暇を取っていました。それでも手元のスマートフォンアプリからエストニアの候補に投票し、さらに投票内容がハッキングに遭わず正確に記録されたことまで確認できました。

こうした制度の利便性と信頼性が国民に広く認められ、当初は2%に満たなかったオンライン経由の投票が、今では4割を超えるまでになったのです。

ちなみに、エストニアの選挙は10日間ある投票期間中、オンライン限定とされている最初の7日間は投票を何度でもやり直せる仕組みになっています。これは熟慮する機会を設けるのと同時に、投票を強要されるトラブルの抑止策としても機能しています。

デジタル化の落とし穴「ユーザー不在」を防ぐチェック機能

──ほぼ全国民がIDカードを持つようになったのも、カードで使える機能の便利さと信頼性が認められた結果ということですね。ではなぜ、これほどユーザー重視の姿勢を貫くことができるのでしょうか。

サービスのオンライン化を進める上では、多くの利害関係者が現れます。例えば医療に関する情報をデジタル化するとき、医師は治療に必要なより多くの情報を求める一方、健康保険の関心は医療費のデータにあり、また政府は個人情報保護に注意を払います。

利害調整が進むにつれ、肝心であるはずの利用者視点が抜け落ちてしまいがちなのは世界共通の傾向です。この点でエストニアは、電子政府のコンセプトが当初から「市民志向」を中心に据えており、常に「利用者の利便性が高まるか」というチェックが働いていることが大きいと考えています。

実際に、医療情報のオンライン化では医療機関側の管理負担だけでなく、患者の手間も軽減されています。本人に関するあらゆる情報が関連づけられるIDカードで受診するため、健康保険証も、紙の処方箋も必要ないほか、長期の服薬をするときは医師にメールなどで連絡して許諾を得ることで、再診を経ることなく最寄りの薬局ですぐ薬を入手できるのです。

──電子政府のプラットフォームを、企業が利用することもできるそうですね。

ええ。運転免許証や健康保険証だけでなく、店舗での買い物で付くポイントなどもIDカード1枚で管理することができます。

企業による個人情報の利用としては、首都タリンの住民が無料で乗れる路線バスの例が挙げられます。住民以外は正規料金で利用するよう、事業者が乗客のIDを無作為に選んで住民登録データベースへの照会を行っているのですが、ここで乗客の具体的な住所を知る必要はなく、もし開示されれば違法になってしまいます。

そのため「この人はタリン在住かどうか」という必要最低限の結果だけが得られる仕組みになっています。

──必要以上の内容は明かされないとしても、行政が管理する個人の情報に企業のアクセスを認めることについて、国民から懸念や反発はありませんか。

この点については、透明性を確保することで解決しています。個人について政府にどのような情報が登録されているか、またそれらの情報に対し、どの組織からいつアクセスがあったかは全て、情報の持ち主である本人専用のウェブサイトから確認することができます。

たとえば私は「今年1月27日に、バスの事業者からタリン在住かどうかについての照会を受けた」ことを把握しています。「政府や企業が、私のことを知っている」だけでなく「私も、彼らの動きを知っている」ことが重要で、もし情報の不正利用が見つかれば厳罰に処せられるのが決まりです。

こうした体制が完備されているからこそ、情報の活用を円滑に進めることができるのです。

電子政府の仕組みを外国人にも開放する「e-レジデンシー」。狙いは優れた人材の招致と経済活性化

──運用の透明性を保ちながら多くのデータベースを連携させ、分散したデータを有機的に結びつけている印象ですが、たとえば「データベース間で登録情報が一致しない」といった不都合は生じないのですか。

私の知る限りではありません。これは、そもそもデータベース間で登録情報の整合性をとる必要がない仕組みになっているからだと思います。

エストニアでは、省庁や企業などが個別に管理しているデータベース同士が「X-ROAD」と呼ばれる共通基盤を介して必要な情報をやりとりしています。これらのデータベースは、最初から統一的に構築されたものではありませんが、相互接続にあたって「他のデータベースと重複するデータ項目を持たない」という大原則に従っています。

しかるべきデータベースからの参照を徹底し、同じ項目を複数立てさせないのは、煩雑なデータ修正作業を回避するといった運営側の事情だけが理由ではありません。ここでもやはり「あちこちの窓口で何度も同じことを記入しないで済む」という、利用者側のメリットが重視されています。

──運用・ユーザー双方の立場で、徹底的に合理性が考え抜かれているのがよく分かりました。このように優れたデジタライゼーションの仕組みを日本にも普及させていくため、何かヒントがあれば教えてください。

若者が国外で就職する「頭脳流出」に悩まされてきたエストニアでは、電子政府の仕組みを外国人にも開放する「e-レジデンシー」の制度を2014年から導入しています、世界中の意欲ある人々に対し、現実の居住地に関係なく、巨大なEU市場へアクセスする方法を提供することによって自国の経済も活性化できると考えています。

国内の少子高齢化が進む日本も同様に、このような国境を越えたデジタライゼーションを推し進める十分な理由があるように思います。

合理的な制度へのアップデートで人材を国内につなぎとめるだけでなく、優れた文化を誇る日本がアジア諸国と一体となって経済成長をリードするための基盤としてデジタライゼーションを活用していく発想が重要なのではないでしょうか。

──海外の勢いを呼び込んで国内の課題を解決する姿勢は、ぜひ見習いたいものです。今回は貴重なお話をありがとうございました。

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