メディア

日揮グローバルのエンジニアリング環境は? 「すぐ動く」情シスの経済的な合理性の考え方

PoCのコストと本番テストのコストはどちらの負担が大きいか。トライアンドエラーを重視する日揮グローバルのIT投資で選んだ経済性とは。

» 2020年06月15日 08時00分 公開
[指田昌夫キーマンズネット]

 世界各地でプラント建設を進める日揮のエンジニアリング部がITをフル活用して業務の効率化とスピードアップを図る。同社の強みは徹底した情報収集と経済性を最優先した素早い判断と行動にあるようだ。本稿では選定プロセスや判断指針がどのようなものかを見ていく。

震災を機に激変したプラント設計のエンジニアリング環境

 日揮グループで海外のプラント設計から調達、建設を手がけるエンジニアリング企業である日揮グローバル。世界各国にある日揮のプロジェクトをエンジニアリングの面で支えることから事業拠点は世界各国に分散する。

サウジアラムコ社(サウジアラビア)の原油処理プラント サウジアラムコ社(サウジアラビア)の原油処理プラント 日揮グループが油田への注水設備、原油貯蔵タンク、出荷設備などの建設を担当する。出典:日揮グローバル

 セキュリティや企業ガバナンスを考慮して、早くから一部の事務処理環境はVDI(仮想デスクトップ)化して標準化、共通化と一元管理を実現してきたという。一方、設計環境は、10年ほど前まで、プロジェクトごとにワークステーションを前提にパッケージソフトウェアを利用してきた。

 プラントの設計ではインターグラフ社、アヴィバ社などが提供するプラント専用の3次元CADソフトウェアを利用する。設計業務はプラント内の装置の配置などの検討が中心だが、多数の部品を含むパーツの操作や描画には複雑なグラフィクス処理が伴うため、GPUパワーが必要だ。現在のVDIはGPUリソースを活用したり、画面転送を高速化したりといった技術革新が進むが、こと高いレスポンス性能が求められる業務では、個別対応せざるを得なかった。

大規模プロジェクトを担う企業ならではの「規模」と「速度」の課題

 しかし、2011年の東日本大震災が契機となり、災害対策(DR)としても遠隔地を含めた拠点での設計業務を統合管理する必要性が生まれ、VDIを利用する検討が始まった。

 日揮グローバルの杉 修氏(オイル&ガスプロジェクトカンパニー プロジェクトマネジメント本部 ITマネジメント部)は、プラント設計環境のVDI(eVDI)化について、次のように語る。

 「プラント設計には、エネルギー会社などが指定するベンダーの3D CADソフトウェアを使用しなければいけません。しかも、大きなプロジェクトでは一度に数百人のエンジニアを短期間で集め、同時並行で設計にあたることもあります。プロジェクトごとの設計環境を個別にセットアップしたり、各種バージョンを管理したりするのは負担が大きく、eVDI化によって解決しようと考えました」

日揮グローバル 杉 修氏 日揮グローバル 杉 修氏

 案件ごとの設計環境を「プール」と呼んでいるが、eVDI環境によってプールの設定が短時間で終わり、管理も効率化できる。2013年の時点で、3次元CADを搭載したワークステーションは約1000台あったが、それを順次仮想化してきた。

 最初はサーバーラックにマウントするブレードサーバ型のワークステーションを導入し、それをVMware Horizonで仮想化、GPUを直結するシステムを構築した。これによってまずは168台分の仮想化環境を立ち上げた。2017年にNVIDIAからGPU自体を仮想化する技術(NVIDIA GRID)が登場すると、すぐに導入。以降eVDI環境を年々増やしてきた。2020年3月にはeVDIの台数(仮想マシンの数)は912台まで拡大している。

複雑化する計算要求、オペレータの生産性を左右するレスポンス性能

 同社のeVDI環境は、当初からハイエンドのサーバとストレージ製品を組み合わせて構築しており、性能的には満足していた。しかしプール(案件)の増加と設計内容の複雑化によって、さらに高い処理能力が求められるようになってきた。

 「プラントに配置する装置、配管、鉄骨などが所定の位置に納まるかを、3次元CADに配置し、視点を変えながら確認していきます。各機器が干渉しないことはもちろんですが、運転のしやすさや避難経路の確保など、安全性、効率性にも十分配慮する必要があります。複数の視点で多数の検討が必要ですから、待ち時間が増えると行程の遅延につながります。ですから3次元CADのレスポンスと処理能力はなるべく高いものが必要です」(杉氏)

設備の配置検証の他、CAEを使ったシミュレーションや解析も手掛ける。それらは物理演算を駆使するため、基盤システムは高い性能が求められる 設備の配置検証の他、CAEを使ったシミュレーションや解析も手掛ける。それらは物理演算を駆使するため、基盤システムは高い性能が求められる

 ワークステーションからeVDIへの置き換えを進める中で、常にその時点で高いパフォーマンスを求めてきたが、2019年に導入したeVDIシステムでは、ストレージについて従来よりも高性能な製品を求めて検討に入った。

選定は「他社の声を聴く」ことで確度と調査短縮を図る

 杉氏は、実際にシステムを利用している他社のシステム担当者の意見を大事にしている。

 「システムエンジニアの仕事をしていると、他社の同業者との交流も生まれます。業種はさまざまですが、その人たちとの会話のなかで新しいベンダーの製品の情報や、これがいい、悪いといった話を聞けます。現場の生の声ですから、非常に役に立ちます」(杉氏)

 そうした同業の声として評判がよかったのが、Pure Storageだ。杉氏のチームはPure Storageを候補に加えた数社から提案を受け、比較検討することにした。

 「もちろん評判だけで入れられる訳ではありません。既存のベンダー製品や他社も含めて価格、機能、性能、保守といった要素を全て比較検討しました。その中でPure Storageが、総合的に見て最適と判断して導入に踏み切りました。最新のフラッシュメモリ技術であるNVMeに対応していることや、独自のサポートプログラム「Evergreen Storage」があることも魅力でした」

 Evergreen Storageは、Pure Storage独自のサブスクリプション型保守プログラムで、通常の保守に加えて3年ごとに最新のストレージコントローラーへの無償・無停止アップグレードを提供するサービスだ。将来にわたって安心して利用することができる点も評価された。

 また、提案自体も力の入ったものだったという。「こちらが提示した要件を基準に、eVDI以外の用途を含む拡張性を考慮した複数のプランの提示を受けられました。われわれの期待を超える選択肢を与えてくれました」(杉氏)

「PoCをしない場合」のリスクと経済性で判断する

 日揮グローバルはシステム導入に際して、経済性とリスクを評価して判断するという独特の方針をとる。同社独自の事情として、プロジェクト全体の「巨大さ」がある。設計段階のシステム検討に1日、2日と時間をかければそれだけ後工程のスケジュールが遅れる。人員や資材調達、プロジェクト協力会社の人員確保などの状況を加味すれば、システム導入よりもプロジェクト立ち上げの遅延の方がより大きな負担となる。

日揮グローバル 杉 修氏 日揮グローバル 杉 修氏

 そうはいっても、全く新しい技術を取り込む際は検討段階でかなりの情報収集をすることが前提だ。例えばGPUを活用したエンジニアリングを進める際は、システムとの相性を検証するテストには時間を割く。こうした判断そのものも杉氏らに任される点が導入スピードにつながっている。

 実際にPure Storageを導入したeVDI環境は、大きなパフォーマンスの向上が見られている。レスポンスは旧ストレージと比べて最大20倍に高速化。毎朝の業務開始時にVDI一斉立ち上げで高負荷が発生するブートストームも解消した。使用時のパフォーマンスについても、「特にPure Storageは書き込みが速いという評判だったが、その通りの結果が出た」(杉氏)という。事前リサーチを徹底したことから想定通りの結果を得られたという。

 こうした改善に加えて、ストレージ更新に伴うデータ移行ではPure Storageの重複排除機能を使い、データそのものの容量も18分の1に削減し、余裕ができたリソースを他のシステムに統合するなど、リソースの有効活用が可能となりました。

 今回導入した新しいストレージは、昨年受注した北米での大型LNGプラントをはじめ、全世界のプラント設計のeVDI環境としてフル稼働している。

 同社のプラント設計業務を担うCADセンターは国内外にある。このeVDI基盤はアクセス方式をわけて運用している。具体的にはオフィスでは社内LAN、グループ会社ではWAN、テレワーク時にはインターネット経由で利用できる仕組みとなっている。

 Pure Storageの管理ツールである「Pure 1」の使い勝手も好評価だ。現在運用担当者は2名体制だが、スマートフォンでも管理コンソールが見られるので、出社していなくもストレージの状況が確認できる。

 その他の導入効果としては、前述したようにストレージの容量が大きく圧縮できたため、余った容量で別の業務システムのストレージでも利用を始めている。「2019年後半から、IT部門でWindows Server 2008の移行を進めていて、その移行後の統合ストレージとしてPure Storageを使い始めています。そちらでもスピードの点などで問題は全く上がってきていません」(杉氏)。

 今後については、既に購入したPure Storage製品は拡張性があるプランなので、利用状況に応じて容量を拡張する予定だ。また、プラントの運用管理にAIを導入する実験も進めているが、CADが稼働しない夜間の時間帯にAIの分析リソースとしてPure Storageの高速ストレージを利用する計画もある。

夜間の空きリソースによるAI導入も 夜間の空きリソースによるAI導入も

 杉氏のチームの取り組みは、システムエンジニアとしては大胆な印象があるが、それには日ごろから精度の高い情報収集の裏付けがあってのことだ。ベンダーからの営業的な情報提供だけでなく、調査会社や学術的な資料の読み込みも欠かさない。加えて重視するのは、前述したようにユーザー本人の意見だ。

 「IT製品ベンダーが主催するユーザー会には積極的に参加するようにしています。こうした会合に参加するメンバーのモチベーションは高く、情報収集も積極的な方が多いと感じます。こうした方々との情報交換は非常に有用だと感じています。Pure Storageの場合は『オレンジリング』というユーザー会がありますね。ベンダーの製品そのものの話題以外にも近い課題を抱える方がいらっしゃるので、とても参考になります」(杉氏)

 情報収集と検討の品質を高め、確度の高い導入を素早く実行して機会損失をなくす。変化の激しい時代に巨大ITシステムを動かす司令塔として、杉氏のチームの役割と責任はさらに増していきそうだ。

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

会員登録(無料)

製品カタログや技術資料、導入事例など、IT導入の課題解決に役立つ資料を簡単に入手できます。