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ハイパフォーマー量産組織は「作れる」時代に 幸福度を指標化する「ハピネス指数」とは何か

人間や組織の「よい状態」を可視化する技術を基に、新しい価値評価基準が提案されている。提案するのはテレワーク導入やジョブ型雇用の推進など、日本企業の変革に率先して取り組む日立だ。ハイパフォーマーを生み出す組織づくりを科学的に提示できるという。

» 2020年07月03日 08時00分 公開
[原田美穂キーマンズネット]

 大規模なテレワーク移行、ジョブ型雇用に進む日立製作所が、「ハピネス&ウェルビーイング産業」を創生することを目的とした新会社「株式会社ハピネスプラネット」を2020年7月20日に設立する。本社直属の「出島」組織として10人規模でスタートする計画だ。代表は日立製作所フェローでIEEE(米電気電子学会)フェローでもある矢野和男氏が就任する。事業には大塚商会や電通が共創パートナーとして参画する。

人の幸福度合いを計測する技術を開発、出島でプラットフォーム提供

オンライン会見に登壇した矢野和男氏 オンライン会見に登壇した矢野和男氏

 事業の核となるのは「幸せ」の状態を科学的に可視化し、指標(「ハピネス指数」)として計測する技術だ。既に発表されているスマートフォンアプリ「Happiness Planet」を利用して複数のパラメータで行動や生化学現象を計測し、幸福度合いを測る。7社10組織5000人の計測データを基に判定する。

 アプリは既に日立製作所内で利用しており、「新型コロナウイルス感染症(編集部注:COVID-19)拡大の影響で広まった在宅勤務におけるマネジメント支援や組織活性化に活用しており、ニューノーマル(新常態)時代における働き方の基本ツールになると期待」しているという(プレスリリースより)。

 ハピネスプラネット代表に就任する矢野氏は、個人だけではなく将来的には「ハピネス指数の高い企業」「ハピネス指数の高い地域、不動産」なども評価できるようになるともくろむ。

 日立といえば、この数年の積極的な働き方改革の実践に加え、COVID-19拡大を契機としたテレワーク従業員の拡大、雇用のあり方の見直しなどが注目を集める。だが矢野氏によると、今回のハピネス事業の創出は、働き方改革などの議論が生まれる前から進めてきた研究の成果であり、直近で日立グループが示してきた働き方改革の文脈とは別の動きだという。どちらかというと「出島」による新しい価値創出の試みだと矢野氏は説明する。

 出島は、経団連が「Society 5.0実現に向けたベンチャーエコシステム」の中で提起した仕組みだ。母体企業とは物理的、組織的に切り離した組織を置き、既存の安定した事業や組織に影響を与えずにオープンイノベーションを進められる。出島組織に一定の権限と予算を与えることで意思決定プロセスの独立性を維持しながらスタートアップ企業との共創を進めやすくする仕組みだ。

出島によるオープンイノベーション構想 出島によるオープンイノベーション構想

 今回の新会社設立には矢野氏を中心とした日立における10年以上に渡る研究の下地がある。

 「この20年ほどの間にさまざまな分野で『幸福』に関する研究が進んだ。幸せは生産性や健康、株価にも影響があることが分かってきた。幸せを作る組織や人の関係も明らかになっている。さらに幸福度そのものも訓練や施策で高められることも分かっている」(矢野氏)

ハピネス指数はどう算出されるか、裏付ける技術を追いかけてみた

 企業においては、収益力を高めるためにとにかく効率化やコスト削減を進めるアプローチもあるが、従業員個々が持続的に「良い状態」を維持することで、パフォーマンスを高め、組織全体の価値創出能力を高める方法も重視されつつある。

 一方でCOVID-19の影響からテレワークで業務を遂行する場合、従業員の状態を把握することが難しいため、マネジメント担当者が組織の状態を判定する情報が不足しやすい。こうした場面で「ハピネス指数」は有効だという。

 「ハイパフォーマーを見るには従業員満足度やエンゲージメントだけでは見えない情報が多い。ハイパフォーマーが『この会社で働き続けたいか』というエンゲージメントを確認する問いに対して『yes』と答えるとは限らない一方で、ハピネス指数は必ず高くなることが分かっている」(矢野氏)

 事業の核となる「ハピネス指数」を計測する技術はどういったものだろうか。過去に発表してきた技術などをたどり、詳細を見てみよう。

 ここで使われた技術は、2004年から矢野氏が取り組んできた人間行動の客観計測技術の研究の成果だという。身体運動の「持続時間」と「集団のハピネス度」の相関を分析した。集団のハピネス度は米国立精神保健研究所(The National Institute of Mental Health:NIMH)が開発した抑うつ傾向の自己評価尺度「CES-D*7を元に算出したものを使っている。

 

幸福感と生化学現象の関係 幸福感と生化学現象の関係

 複数の組織を比較すると高ハピネスの集団では、持続時間の頻度分布が、富士山のように曲線を描きながら裾野が長く伸びる(富士山型)のに対し、低ハピネスの集団では直線的に低下する(絶壁型)という。

2015年のプレスリリースより 2015年のプレスリリースより(リンク

 この成果が具体化したのが2015年2月のプレスリリースだろう。日立ハイテクノロジーズが行動データを解析して組織生産性に相関がある「組織活性度」を計測するウェアラブルセンサーを開発していた。

 日立はこの開発の際に、人間の行動に関連する多様な活動データの中から、「集団の幸福感と強い相関がある身体運動の特徴パターン」を見出し、身体運動の特徴パターンから集団の幸福感を組織活性度として定量的に求める予測モデルを開発していた。実際にコールセンター従業員の複数の集団を計測したところ、ハピネス度が高い集団は受注率が34%高いことが明らかになったという。

 一方、幸せな集団が持つ特徴が明らかになったことで、悪影響が考えられる行動を是正し、良い状態に導く方法も見えている。

幸せな集団が持つ特徴 幸せな集団が持つ特徴
1年間の身体運動の計測結果の例。個人によって行動パターンが異なる 1年間の身体運動の計測結果の例。個人によって行動パターンが異なる

アドバイスするAI、ウェアラブル端末と同等の計測をスマホで実現する方法の開発

 そこで2016年にはウェララブルデバイスのデータを分析して幸福感を高めるアドバイスをするAI(人工知能)「Hitachi AI Technology/H」を開発していた。「Aさんとは5分以下の短い会話機会を増やすとよい」「Bさんとの面談は午前が良い」など、組織ごとの最適な状態を作るようにAIが行動を提案する仕組みだ。

2016年のプレスリリースより 2016年のプレスリリースより(リンク

 2017年にはここまでで培った名刺型センサーによる計測をスマートフォンのみで実現する仕組みを完成させている。具体的には名刺型センサーの計測データとスマートフォンの計測データの関係性をAIに学習させ、詳細な生体情報が取れなくてもスマートフォンの加速度センサー情報をAIで補正するというものだ。

幸福度計測+エンゲージメント強化アプリによる組織強化

 日立ではスマートフォンでのハピネス指数計測技術とは別に、2018年には働く人が自身の個性や状況に合わせた働き方の目標(働き方チャレンジ)を毎朝登録し、その効果をハピネス度としてフィードバックするクラウドサービス「ハピネスプラネット」を発表している。参加者が工夫を凝らし、主体的に楽しみながら施策を実践することで、モチベーションの維持に効果があるのだという。こちらはSNS的な機能も持ち合わせており、どちらかというと従業員エンゲージメント強化に寄与するものと捉えられるだろう。

2018年に発表した「ハピネスプラネット」のイメージ 2018年に発表した「ハピネスプラネット」のイメージ

 今回の発表はこうした矢野氏らによる幸福に関する長年の研究と実証実験の成果を基にAIやモバイルアプリの機能を生かしたしたものといえる。アプリは経営方針を反映したミッションなども登録でき、個々の従業員の働き方チャレンジに組み込める。スマホによる活動計測に加えて各従業員のチャレンジに対して従業員同士でフィードバックを送ることもできる。

 幸福度を判定する、と言われると近未来的な印象を受けるが、ハピネスプラネットが提供するアプリは、各自がゴールに向けた個人活動を可視化したり、相互に評価したりと、チームのコミュニケーション活性化やエンゲージメント強化につながる機能も持ち合わせるため、働き方改革の文脈で活用しやすい内容になっている。ハイパフォーマーを生み出す組織に向け、テレワーク中の上司だけではなく手元のスマホからAIがコミュニケーションの作戦を提案してくれるとなれば、心理的な安心感を生みやすいかもしれない。人事やマネジャーからみても勤怠情報だけでなく幸福度も確認できるとなれば管理上の安心を得られるだろう。ハピネス指数が今後の組織評価の基準として普及するかは注視していきたい。

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