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人事権を手放せますか? 弁護士が語る「ジョブ型雇用」の問題点と生涯現役時代の人事労務

コロナ禍がもらたしたパラダイムシフトにいち早く乗って変革を始めた企業と乗り遅れた企業の違いを、人事労務の側面から弁護士が解説する。人材を70歳まで就業させる「努力義務」が課される今後、企業はどのように優秀な人材を引き止めるべきか。

» 2021年04月09日 07時00分 公開
[BUSINESS LAWYERS]

本記事は2021年1月18日のBUSINESS LAWYERS掲載記事をキーマンズネット編集部が一部編集の上、転載したものです。

サマリー

  • 新型コロナで変わる人事戦略と人事部門の悩み
  • ジョブ型雇用の問題点とエンプロイアビリティ(雇われる力)
  • 産業医と考えるコロナ時代の安全配慮義務
  • 4月まで待てない、中小企業の同一労働同一賃金対策
  • 「本来する必要のなかった勤務」

 2020年、新型コロナウイルス感染拡大によって大きく変わった日本人の働き方。先行きが不透明なまま迎えた2021年、企業の人事労務担当者は、リモートワーク、ジョブ型雇用、新型コロナの労災問題、同一労働同一賃金などの実務課題にどのように対応していくべきでしょうか。

 企業人事労務の実務に詳しい倉重 公太朗弁護士に聞きました。

新型コロナで変わる人事戦略と人事部門の悩み

――2021年についてお話をお聞きする前に、まずは2020年の人事労務分野を一言で振り返ってください。

倉重氏: いきなり難しいお題ですね。強いて表現するなら、「パラダイムシフト」でしょうか。コロナ前後で働き方を大きく変えた企業があった一方で、緊急事態宣言解除後すぐに元に戻した企業もありました。そのような差が生まれること自体がこれまでにはなかったことですし、3年後、あるいは5年後の大きな変化を予感させるスタートになりました

倉重 公太朗弁護士

――確かに大きな変化を感じた1年でした。パラダイムシフトを経た2021年の人事労務分野の注目ポイントを事前にあげていただいています。中でも倉重先生が最も注目されているのはどのトピックですか。

倉重氏が注目する2021年の人事労務分野のポイント

  1. 新型コロナで変わる働き方(テレワーク規程、評価制度・賃金制度の改定、労働時間管理)
  2. 働き方改革
  3. 同一労働同一賃金関連
  4. ハラスメント関連
  5. その他の法改正

倉重氏: やはり「新型コロナで変わる働き方」でしょうね。

――企業からの相談内容に変化はありましたか。

倉重氏: 緊急事態宣言下にあった2020年4〜6月期は緊急対応の側面が強かったですが、7月以降は今後に向けた規程の見直しの段階にシフトしました。典型的な例がテレワーク規程です。

 また、在宅勤務が恒常的な制度になると、これまでの制度では不都合が出てくるので、評価制度、賃金制度も変えなければなりません。賃金の根幹部分と通勤手当や在宅勤務手当といった各種手当の要否の検討ですね。今は各社が「新しい働き方における人事制度をどうするべきか」という問題の解を模索しているタイミングと言えます。

――人事制度については、各社が知恵を絞っている段階だと思いますが、人事部門の担当者はどのような課題を持っているのでしょうか。

倉重氏: 会社ごとに悩みは違いますが、あえて抽象化してお話します。まず、人事戦略は事業戦略にひも付いています。そして事業をどこに向かわせるかは、経営者が決めなければならないことです。それを理解したうえで事業戦略の変革を後押しする制度を作ることが人事部門の役割と言えます。「チェンジ・エージェント」、つまり変革のお手伝いですね。

 チェンジをするとき、どうしても変わりたくない人が一定数いて、この人たちはかなり抵抗します。ウェブ会議1つ取っても「やっぱり対面じゃなきゃ駄目だ」と言う人、毎回「接続の仕方がわからない」と言う人、ミュートにできない人など、きっと皆さんの周りにもいますよね。でも、還暦を過ぎてもしっかり対応できる方も大勢いますから、これは年齢の問題ではなく意識の問題でしょう。そういった一人一人の意識を変えていくことに、人事の担当者の皆さんは苦労されているようですね。

――どうしてもリモートでは難しい業務もあると思います。その点についてどのようにお考えでしょうか。

倉重氏: これまでにも、例えば従業員の解雇については、注意や指導を積み重ねて改善命令をするといったプロセスがありましたが、会社と敵対的になっている従業員の対応をリモートで行うのは難しいでしょう。そういう場合には出社してもらう必要があると思います。

ジョブ型雇用の問題点とエンプロイアビリティ(雇われる力)

――テレワークが普及するなかで、「ジョブ型」の人事制度への注目も高まってきました。現状をどのようにご覧になっていますか。

倉重氏: 「ジョブ型」という言葉が一人歩きしているように思いますね。「ジョブ型」の対義語は「メンバーシップ型」です。今、ほとんどの日本企業はメンバーシップ型を採用していますが、その制度のなかでもジョブ型的な発想を取り入れて、その日のタスクを明確にすることはできます。それは明日からでも、どの企業でもできます。仕事をタスク単位に分解して、評価をしていくことも可能です。

――日本型雇用である「メンバーシップ型」と欧米型雇用である「ジョブ型」の違いはどのような点にありますか。

倉重氏: 一番の違いは人事権です。日本型雇用の最大の特徴は、人事権が非常に広いことにあります。ジョブ型と言われる欧米では、基本的に契約によって担当するポストが決まり、そのポストに基づく仕事と責任があります。ポストに金をつける雇用慣行か、人に金をつける雇用慣行かというところが両者の大きな違いです。「ジョブ型を導入しよう」と簡単に言う人には、「人事権を手放せますか?」と聞いてみたらいいと思います(笑)。

 配置転換のように、一方的に社員を別の部署や地域に異動させられるのは、日本と韓国くらいのものです。ジョブ型雇用を進めるときに最大の論点となるのは、これほど強大な人事権を手放せるかどうか。おそらく、手放さないのではないかと思います。

――ではここから、「働き方改革」についてお伺いします。例えば、テレワークを前提に人材が地方の企業に転職するといったケースも見られるようになりました。新しい働き方を模索する流れは今後も加速していくのでしょうか。

倉重氏: これは、副業・兼業とも関係する話ですね。場所の制約がなく働けるわけですから、軽井沢に暮らしながら東京の会社の仕事を本業とし、空いた時間に地元の企業を手伝うといった事例も生まれています。

 エンプロイアビリティ(雇われる力)が高い人は、おそらくこの先も、そのようにポジティブにやっていけるでしょう。個人のセーフティーネットという観点で考えたとき、1社で終身雇用というのは困難な時代ですので、社会全体で終身就業することを考える必要があります。働くことの自由度が高まっていく中では、一人一人が自分の「可処分労働時間」をうまく組み合わせながら、共通するスキルやスペシャリティを発揮できる人材になること。そういう方向を目指すことが大事ではないでしょうか。

――そのようなエンプロイアビリティの高い人材を確保するために、企業側には何が必要でしょうか。

倉重氏: 会社の「思い」をきちんと言語化して、「こういう人材が欲しい」と明確に要件定義することだと思います。そこまで意識している会社はまだそれほど多くはありませんが、日立のグローバル戦略人事※1や三菱ケミカルのKAITEKI健康経営※2など、ポジティブな人事戦略を持つ企業が増えてきました。そのような企業はすでに「言語化」が持つ重要性に気づいているのだと思います。

産業医と考えるコロナ時代の安全配慮義務

――新型コロナ問題に関連して法令面で注目されているポイントはありますか。

倉重氏: 安全配慮義務です。そもそも安全配慮措置を講ずればよい話であって「義務」なのか? という議論もありますが、新型コロナでは労災に関する特例があり、従業員が新型コロナにかかった場合、業務起因性が推定されれば労災になります。そして、一般的に労災案件では、安全配慮義務違反が主な争点になります。

 安全衛生の分野も正解のない時代に突入しましたが、ここで重要になるのが産業医の存在です。産業医の良いところは、医学一般の知識を持ちながら企業の現場も知っていることです。各企業の現場を見て「こういう対策をしましょう」と言ってくれるのは大きなメリットです。

 「義務だから」となんとなく産業医を置いていた会社もあると思いますし、月に1回会社に来て決まったことだけをやり、ハンコを押したらすぐに帰ってしまう産業医も少なくないでしょう。しかし、今は産業医のなかにも、きちんと企業に寄り添い、課題を見つけ、対策を考えてくれる人もいます。

 ウェブ面談で従業員のメンタル不調を見つけたり、相談相手になってくれたりといった柔軟な動きをしてくれる産業医もいます。そのような産業医がいる企業といない企業の間では、安全配慮の面で小さくない差が出てくるでしょう。新型コロナの時代には、そのような産業医の使い方が人事部門の大事な役割の1つになると思います。

4月まで待てない、中小企業の同一労働同一賃金対策

――「同一労働同一賃金」に関しては、企業法務の現場にどのような影響を与えるとお考えでしょうか。

倉重氏: 同一労働同一賃金に関しては、2020年10月に5つの最高裁判決が出されました。判決では、賞与や退職金に関する正社員と非正規社員の待遇差は不合理ではないと判断されましたが、どのような場合でも「不合理ではない」というわけではありません。基本給と連動する賞与や退職金は人事制度の根幹部分にあたり、あらゆる会社で大規模な点検作業が必要になりますから、非常にインパクトが大きいです。

――パートタイム・有期雇用労働法の施行により、同一労働同一賃金は2020年4月から大企業で適用されていますが、2021年4月には中小企業でも適用が始まります。

倉重氏: 2021年4月以降は中小企業も従業員から待遇差について理由を聞かれた場合に説明しなければならなくなるため、事前に対応方法を整理しておかなければなりません。誤った説明をしてトラブルに発展するケースも予想されます。非正規社員が多い企業は、特に注意が必要です。

――企業からはどのような相談がありますか。

倉重氏: 2020年10月の最高裁判決以降、企業からは「賞与はいくら払えば良いですか?」とか「手当てはどうすれば良いですか?」などといった相談があります。ただ、それは会社によって違うんです。「この就業規則なら大丈夫」という話ではなく、企業の実態、もっと言えば、正規非正規の役割分担を踏まえた適正な差であるかどうか、という点がポイントです。

 パートタイム・有期雇用労働法※3が中小企業に適用されるのは2021年4月からですが、「4月まで大丈夫なんだ」と勘違いしている会社も少なくありません。現在の労働契約法20条に基づいて数年前に訴えられたものが、2020年10月に最高裁で判決が出されているわけですから、企業としては「明日にも従業員から訴えられるかもしれない」という感覚を持つことが大事です。

――「ハラスメント関連」も注目点にあげられました。いわゆるパワハラ防止法が2020年6月に施行されましたが、各企業の対応がどの程度進んでいるのか気になります。

倉重氏: コンプライアンス意識が高い会社では、規程の作成や、トップによる「ハラスメントは認めない」というメッセージの発信などが行われています。一方、法律で義務付けられた相談窓口を設置した会社でも、相談窓口がどこにあるかを従業員が正しく答えられる会社はそれほど多くないでしょう。社員や窓口担当者の研修、相談窓口の周知徹底などが不十分な会社がまだまだ多いと思います。

「働く理由」を考えさせる「70歳までの就業機会確保の努力義務化」

――その他の法改正には、看護休暇等の時間単位取得(2021年1月施行)や70歳までの就業機会確保の努力義務化(2021年4月施行)、常用雇用労働者数301人以上の事業主の中途採用比率の公表義務化(2021年4月施行)などがあります。

倉重氏: それらの法改正ももちろん重要ですが、企業の実務が変わるという話ではなく、規程化すべきものはしてくださいということに尽きます。1つ大きな話と絡み得るのは、70歳までの就業機会確保の努力義務化ですね。

 ポイントは措置義務ではなく努力義務で「雇用」に限らないというところにあります。現在、高年齢者雇用安定法によって65歳までの雇用が義務化されています。70歳までは努力義務で雇用にも限られませんから、個人事業主やフリーランスでもいいわけです。「ブラック的に使われるんじゃないか」と不安視する声も聞かれますが、今の65歳は元気な方がとても多いですから、労働力人口が減少するなか、社会全体としてできる限り就労可能年数を上げていくことは重要です。

――なるほど。ところで、倉重先生は何歳まで働きたいと考えていますか。

倉重氏: 私自身は生涯現役でいたいと思っています。皆さんはどうですか? 退職金をしっかりもらったら、もう働きたくないですか? 「少し休みたい」「旅行に行きたい」という人も多いでしょうが、そんな生活はたぶん1年くらいで飽きるでしょう。社会と関わり、必要とされ、自分の仕事に「ありがとう」と言ってもらう。これは、いくつになっても重要なことだと思います。

 その意味では、「われわれは何のために働くのか」「何歳まで働くのか」「何をやるのか」ということを考えさせられる法改正と言えますね。進んだ企業のなかには、社員の起業のサポート制度を導入する企業も出てきました。先日、私の事務所にも導入を検討している企業から相談がありました。

――40歳以上の一部の社員に10年間の契約で「個人事業主」として働いてもらうという電通の取り組みも話題になりました※4

倉重氏: 私自身、事務所の独立に踏み切ったときは、本当に仕事が来るか保証がなく、とても怖かったです。電通では契約期間が10年もあるわけですから、手厚い制度であることは間違いないですね。このような制度を活用して起業し、人生を豊かにする人が増えてくることは日本社会にとって大事なことだろうと思います。

――社員を個人事業主に切り替える制度はタニタでも採用されています。

倉重氏: 実は、タニタの谷田千里社長と対談させていただいたことがあるのですが※5、タニタの場合は、優秀な人材を引き留めるために制度を導入したそうです。何かやりたいことがある人が収入を保証されたなかで起業のスキルを磨いたり、収入を増やすチャンスを与えられるということは、個人的にはいいところ取りじゃないかと思います。これはおそらく、特定の企業に雇用され続ける人には得られない力になりますから。

 70歳就業、生涯現役でいるためにも、必要とされるスキルを身につけるという意味でも、自分の力でやっていくための助走期間を長期間保証してくれるのは、非常に良い制度だと思います。

「本来する必要のなかった勤務」

倉重氏: 最後に、1つだけ付け加えさせてくだい。2020年10月に同一労働同一賃金が争点になった日本郵便事件の最高裁判決が出ました。その判決文には、非正規社員に夏季冬季休暇を与えないことは不合理だと示されています。それ自体に異議を唱えるつもりはありませんが、判決文の最後のほうに損害の理由付けとして「本来する必要のなかった勤務をせざるを得なかったものといえるから、上記勤務をしたことによる財産的損害を受けたものということができる」※6と書かれています。

 これは、弁護士向けに言えば、財産的損害を認定するための表現です。つまり、精神的損害ではない、慰謝料ではないということですね。ただ、私はふと「『本来する必要のなかった勤務』ってなんだ?」と考えてしまいました。その日一日働いて、その一日の賃金をもらっていて、それでも損害があると言うための便宜的な表現であることはわかるのですが、「働くことって、つらいこと? できるだけ避けるべきこと?」と、問いかけられている気がしたのです。

 先ほどお話したように、働く意味というものは、お金だけではなく、金銭以外の労働の価値、つまり、「働く」ことの面白さ、喜び、やりがいが必ずあります。企業人事はこれを社員に伝えるべきですし、「私たちはなぜ働くのか」、そんな問いを投げ掛ける最高裁に対し、私は、「『働いたら負け』では決してない」と答えたいです。

本記事は2021年1月18日のBUSINESS LAWYERS「「働く」を組み合わせ 組織と人を伸ばす新時代の人事戦略 - 倉重公太朗弁護士が注目する2021年の人事労務分野のポイント」をキーマンズネット編集部が一部編集の上、転載したものです。

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