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カゴメの「野菜あるある言いたい」AIって? 開発秘話から学ぶDXの極意

2016年から基幹システムの刷新に取り組み、成功させたカゴメ。現在は新たなビジネスの創出をテーマに、新しいシステムの開発に奮闘し「パーティ作成アプリ」「野菜あるある言いたいシステム」などを具現化している。その開発秘話から学ぶDXの極意とは。

» 2021年05月25日 11時00分 公開
[土肥正弘ドキュメント工房]

 トマトケチャップなどの野菜食品や飲料で有名なカゴメは2016年から基幹システムの刷新に取り組み、SaaS(Software as a Service)の利用による業務効率化を実現した。今、同社はデジタル技術によって新しいアイデアを形にする、DX(デジタルトランスフォーメーション)のモード2のフェーズにある。性格の似通った従業員を集める「パーティ作成アプリ」や約2000万件のデータを機械学習の技術で解析した「野菜あるある言いたいシステム」など、数々の“わくわくするアイデア”を具現化している。

 しかし、全てがうまくいくわけではない。前者のパーティ作成アプリは、ある理由から従業員の使用頻度が下がってしまった。それでも、300を超える新しいアイデアが生まれ、プロジェクトが進んでいるという。同社は2021年5月にオンラインで開催された「AWS Summit Online」に登壇。これまでのDX推進の軌跡と新しいシステムの開発経験、そこから得られたDX推進の4つのポイントを共有した。

SaaSの利用でレガシーシステムを刷新

カゴメ 専務執行役員 渡辺美衡氏

 カゴメはトマトケチャップや野菜ジュースを主力製品とする企業だ。飲料や食品の老舗ブランドを守り続ける一方で、既存事業だけでは労働人口の減少や食に対する価値観の変化に対応できないという危機感からDXを推進してきた。

 カゴメの専務執行役員の渡辺美衡氏は以下のように語る。

 「ブランドを守るレベルを上げつつ、攻める力も付けなければならない。そのためにデジタル技術を活用して、まずは定型業務を効率化する。さらに、非定形でクリエイティブな業務を増やし、顧客とのタッチポイントを増やすことで、トップラインを上げる」(渡辺氏)

 2016年からレガシーな基幹システムを刷新に着手し、1000以上のアドオンの9割近くを削減した。SaaSを利用することで、ほとんどの業務がクラウドで完結する環境を構築している。また、リモートワークやサテライトオフィスの導入、人事制度の見直しを進め、2020年における新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大時にもリモートワークへのスムーズな移行が実現した。

カゴメアクシス 村田智啓氏

一般的に、DXの取り組みは、業務のデジタル化による効率化や、コスト削減などを目的とする「守りのIT」をモード1、新しい事業を創造する「攻めのIT」をモード2と呼ぶことがある。カゴメは、レガシーシステムの脱却を中心としたモード1の実績を上げ、今はモード2に挑む。カゴメのDXを指揮してきたカゴメアクシスの村田智啓氏は以下のように述べる。

「2018年の『DXレポート』により、当社の取り組みが間違いでないことを確認できたが、同時に今までの概念に捕らわれず新しいものを作る必要性を感じた」(村田氏)

わくわくするシステム「パーティ作成アプリ」とは

 村田氏は、DXのモード2を推進してきた経験を踏まえ、DXで重要なポイントは以下の4つだと説明した。

  • トップダウンと社内の意識の掛け合わせがDXの推進力を生む
  • DXにはカルチャー&ピープルトランスフォーメーションも必要
  • "知らない"ことに出会ったら、とにかく動く
  • パートナーは共創者である

 1つ目は、トップダウンで変革を促すだけでなく、社内に変革の意識を醸成して、両者の力をかけ合わせることだ。

 「普段から多くの従業員が『変わりたい』『変えたい』という気持ちを持っていた。トップダウンによって、絶妙なタイミングで従業員の背中を押すことができた」(渡辺氏)

 実際に、トップがDX推進の号令をかけ、従業員にやりたいことを募った際には、2週間のうちに各部門から46件ものアイデアが集まった。経営層だけでなく、現場にも変革の意識が醸成されたことがDXの推進力になった。

 「DXの取り組みは不確実性が高く、見通しが立てにくい。どうやって進めるのかも分からず、失敗したらどう責任を取るのかということに気を取られて、結局は既存の事業の延長線上にあることに帰結してしまいがちだ。トップダウンだけでは意味がなく、社内に変わりたいと思う人がいなければ何も始まらない。トップダウンによって『いまだ』という空気ができたこと、そのタイミングで社員たちの変わりたいという思いがあったからこそ、社内で変革の芽がめぶいた」(村田氏)

 カゴメでは、現場からできるだけ多くのアイデアを募り、高速でPDCAを回せるような体制作りにも尽力した。DXを推進する前にも開催していた、年に1度の新規事業コンテストでの反省を生かした形だ。このコンテストは、紙ベースで議論を進め、発案チームがアイデアをシステムに落とし込むスタイルだったため、多大な労力がかかった。時には議論に半年を費やすこともあり、スピード感を持ってプロジェクトを生み出せる体制ではなかった。

 一方、モード2ではAmazon Web Services(AWS)の協力を前提としており、AWSがアイデアの落とし込みや、必要なパートナー企業の選定などをサポートしてくれた。AWSとの協力体制を整え、数週間でプロトタイプを作成するアジャイル開発の手法を採り入れたことで、従業員の心理的ハードルが下がり、気軽にアイデアを提案できる体制が作られた。これまでに積み上がったアイデアは300件以上にのぼる。

 しかし、集まったアイデアは玉石混交で、業務効率化に関わるものが多かった。モード2では、既存の枠から飛び出したビジネスの創出を目標としているため、新しいものが生まれそうな「ワクワクするアイデア」を選びプロジェクト化した。

 イノベーション本部発案のパーティ作成アプリはその一例だ。これは「仕事の内容は遠いけれど、性格が似通っている人が一緒に仕事をすれば、これまでにないアイデアを創出できるのではないか」という仮説に基づき、AIを活用して人材マッチングを図るアプリだ。

 図1のようにAWSの各サービスを疎結合で組み合わせながら、アジャイルに開発できた。例えば、従業員の「目標シート」の内容を自然言語処理で解析し「仕事が近いかどうか」の類似性を見いだすシステムのコア部分は、「Amazon Elasticsearch」を使うことで、1〜2週間で検証が完了した。時間やコストを掛けずに投資判断ができたという。全てのAWSのサービスを疎結合で組み合わせているので、拡張性にも富む。

図1 「パーティ作成アプリ」の構成イメージ(出典:カゴメ提供の資料)

忙しい毎日で“新たなパーティ”の作成は困難に

 DXを推進する上で重要なポイントの2つ目は、カルチャーや人の「トランスフォーメーション」も大切ということだ。無事に開発されたパーティ作成アプリだが、人材をマッチングしても、従業員を現業以外の仕事に割り当てることが難しく、結果的にシステムがあまり利用されなくなった。この経験から「魅力的なシステムでも自分たちが変わらなければ潜在的な効力を発揮できない」という教訓を得たという。ピープルトランスフォーメーションがないとDXは進まない。今は、この教訓を生かして新しいプロジェクトを選定している。

知らないことにぶつかっても、燃えるような熱意が突破力に

 3つ目は、知らないことに出会った際にとにかく動くということだ。DX推進は半歩進むごとに壁にぶつかることの連続だったと村田氏は振り返る。

 「高い壁を前にどうしたらいいか分からなくなると、DXのスピードは大幅にダウンする。ここで歯を食いしばり、分からないことをとことん深掘りする、燃えるような熱意が突破力になる」(村田氏)

 一方、サポートの有用性も実感した。「AWSの担当アカウントチームは私たちに寄り添い、分からないことに向き合う際も力になってくれた。社内にエンジニアが少ない当社にとって、世間の技術や事例は別世界の話に思えることがある。だが、技術的な支援やパートナーの紹介など、多方面からの支援があったおかげで最初の一歩を踏み出せた」と振り返る。

「野菜あるある言いたいシステム」で現場の仮説をカタチに

 最後のポイントは、適切なパートナーを選び、協力体制を築くことだ。そのことを痛感した出来事として、村田氏は野菜あるある言いたいシステムの開発プロジェクトを挙げた。

 カゴメの現場には「野菜が高騰すると野菜ジュースが売れる」といった「あるある」があふれている。同社がこれまで蓄積してきた豊富なデータを解析すれば、仮説として埋もれていた「あるある」もエビデンスを備えた情報になり、営業活動にも役立つのではないかとの思いから、プロジェクトに着手した。

 未知の取り組みとなるため、村田氏は「発注元と下請けの関係でなく、ともに議論し、私たちの知らない世界を見せてくれるパートナー」が必要だと判断し、AWSに相談してパートナーの紹介を得た。

 「紹介されたパートナーから、どのようなデータを使うのか、どのアルゴリズムを使うのかといったことで提案を受けたり、時には当社の提案について率直な意見を交わしたりなど、協働体制が生まれた。これまで知らなかった世界に足を踏み入れ、視野が広がった。御用聞きではなく、ともに新しいものを創れるパートナーを得ることが重要だ」(村田氏)

 機械学習で使うアルゴリズムを決定し、約2000万件のデータを解析したところ、仮説として埋もれていた野菜「あるある」が証明された他、新たな発見も生まれた。今はまだ、野菜あるある言いたいシステムのアウトプットが使えることが分かったという段階だが、将来的には営業担当者であっても容易に仮説を検証できるシステムの構築を目指す。

 野菜あるある言いたいシステムは、図2のような構成だ。APIで取得したパブリックデータと、カゴメが蓄積してきた大量のデータをかけ合わせ、「Amazon SageMaker」(以下、SageMaker)で学習と推論を繰り返す。日々更新されるデータをSageMakerに配置し、短い時間で学習させることで、技術や機械学習の知識がない現場担当者でも活用できる。このシステムによって、カゴメの野菜に関する圧倒的な情報量と洞察という強みを発揮するだけでなく、今までデータ活用が十分でなかったフロント業務の効率化も実現する構えだ。

図2 野菜あるある言いたいシステム構成イメージ(出典:カゴメ提供の資料)

 同社は2020年10月にDX専門組織を立ち上げ、従来の枠を飛び越えるような複数のプロジェクトを進行中だ。渡辺氏はカゴメのDXについて以下のようにコメントした。

 「DXとはデジタルを使って私たち自身がトランスフォーメーションすることだ。デジタルツールを使って仕事を変えたい、ワイルドなアイデアを形にしたいと口に出すことは勇気が必要で、『数字が大事、仕事の仕方は二の次だ』という保守的な考え方の壁にぶつかることもある。それを飛び越えるためには、変革の文化や、従業員の背中を押す経営のコミットメントが必要だ」(渡辺氏)

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