日本的な雇用制度を見直して欧米型の合理的な仕組みを取り入れるべきという声は、過去幾度も提唱されました。しかしいずれも定着せず、現在も日本型の雇用制度は残っています。一方で、昨今注目される「ジョブ型人事制度」は浸透を始めています。これまでの「脱日本型雇用」との違いとこれからの日本の雇用の変化について解説します。
新卒一括採用、年功序列賃金、終身雇用を前提とした日本型人事制度は「メンバーシップ型」と呼ばれます。これらは昨今注目される欧米型の人事制度「ジョブ型」との対比として呼ばれますが、実は欧米において「ジョブ型」という呼称や明確な定義はありません。
雇用の在り方は欧州と米国においても少しずつ異なり、専門家の中でも定義は分かれます。経団連は「2020年 経営労働政策特別委員会報告」の中で、AI技術者などの高度専門人材の雇用についてジョブ型雇用の普及を指摘していますが、本稿ではジョブ型人事制度を「ジョブディスクリプション(職務記述書)で定義した特定の職務内容(業務・タスクの集まりである「ジョブ」)における成果基準を遂行するために必要となる人材を適正な対価(市場価値)で雇用するシステム」と定義し、過去の経緯と導入が進む背景を解説します。
日本においては、1960年代初頭から「終身雇用と年功序列型賃金を見直すべきだ」という声があり、職務に応じて報酬を支払う欧米型の雇用システムへのシフトが検討されてきました。
実際に「脱日本型雇用制度」の取り組みが進むきっかけとなったのは、1990年代に起きた「バブルの崩壊」です。人件費の抑制を主な目的として、業績や評価と連動して報酬を支払う(Pay for Performance)「成果主義」制度の導入が進みました。また、年功序列型賃金になりがちな職能等級制度を是正する目的で、職務等級制度(ジョブグレード)の導入による年功序列型から職務型の等級制度への移行(Pay for Job)も進みました。
当時、多くの企業が成果主義を導入しましたが、その全てが成功したわけではありません。以下に成果主義の失敗事例を紹介します。
富士通は他社に先駆けて1990年代に成果主義制度を導入しました。しかし当時の結果としては失敗に終わっています。
当時の制度は「それぞれの社員に目標を設定させて、その達成度を上司が後から評価する」というものでした。しかし「目標に対する達成度」で評価が決まるため、社員は達成が難しい目標を設定しなくなり、チャレンジが生まれにくい環境になってしまいました。その後、同制度は廃止されています。
三井物産は1999年に個人の成果を賃金や処遇に反映する制度に移行しました。同社は従業員の人間性や組織のチームワークを強みとしていましたが、制度の変更で個人成果が優先して評価されるようになったことから、チームとしての強みが生かされなくなってしまいました。同社は2006年から、チームワークや人材育成などを重視する制度に回帰しています。
2000年代後半からは少子高齢化に伴う国内市場の縮小や海外企業との競争の中で、人事領域においてもグローバル化が求められるようになり、日立製作所や味の素といったグローバル大手企業を中心に「グローバルジョブグレード」(日本と海外共通のグレード)の導入が進みました。この取り組みが現在国内で言及される「ジョブ型」雇用の原型となっています。
ジョブ型は、定着させるまでに「グローバル人材データベースの整備」や「タレントマネジメントの構築」など、情報の整備や仕組みの構築などですべきことが多く、大手企業においても簡単に導入して定着するものではありません。先述した日立製作所でも、ジョブ型への移行に10年以上をかけています。
過去2回(1960年代と1990年代)、ジョブ型雇用のブームが来たものの、ジョブディスクリプション(職務記述書)を定義/修正し続けることの難しさやジョブディスクリプションの範囲を超えた人事異動ができなくなること、等級に定員を設けずに全員の給与を上げていく賃金制度を捨てきれなかったことなど、企業内の事情に反していたため定着はしませんでした。しかし2020年以降のブームは、これまでとは様相が異なります。
まず、日本企業の国際競争力の低下です。特に新卒の優秀な人材は外資系コンサルティング企業を選ぶ傾向が高まっており、日本企業において専門性の高い優秀な人材の獲得が難しくなっています。例えばITやエレクトロニクス関連の産業など技術革新のスピードが速い分野においては高度IT人材の需要が高く、データサイエンティストの募集にあたっては1200〜1800万円程度の年収が提示されています。これは現在の日本人の平均年収を大きく上回る額で、日本企業の既存の人事制度では提示できません。さらに、既存の従業員と給与格差が大きく、柔軟に受け入れる仕組みやバランスを勘案した対応が難しいため、人事制度そのものの変更が必要になっています。
次に、コロナ禍をきっかけとしたテレワークの普及です。離れて働く従業員を正当に評価するために、役割や仕事を明確に可視化する必要性が出てきました。アフターコロナ時代においてもテレワークが定着する見込みは高く、2020年以降のジョブ型雇用の盛り上がりは「一過性のブームでは終わらない」と予想されています。
終身雇用と年功序列型の賃金体系を前提としたメンバーシップ型雇用の維持が難しくなっていることを受け、2018年9月3日、当時の経団連会長だった中西宏明氏が「終身雇用制や一括採用を中心とした教育訓練などは、企業の採用と人材育成の方針からみて成り立たなくなってきた」と記者会見で発言しました。2020年からは、新卒採用を対象としたジョブ型雇用の積極的な導入も呼びかけています。
大企業にとって「人材獲得で海外の競合他社に負けないため」であるジョブ型は、中小企業やスタートアップ企業にとって「メンバーシップ型から脱却できない日本の大企業よりも高い給与を提示して優秀な即戦力を獲得できる仕組み」になり得ます。
例えば中小企業やスタートアップ企業では新卒採用に新卒採用にジョブ型の人事制度を適用すれば、初任給を低く抑えている大企業よりも優秀な人材を獲得しやすくなります。欧米では大学生が在学中のインターンシップや卒業後のトレーニングプログラムで職種にかかわる知識やスキルを身に着けておく例も多く、日本の中小企業も同様の戦略が有効です。在学中からインターンシップを実施して入社前から人材育成に力を入れておけば、卒業後に即戦力として活躍できる人材を獲得できます。
たとえ明確にジョブ型を導入していなくても、優秀な人材を確保するためにスカウト型の人材紹介サービスを利用している企業であれば、必要なスキルをジョブディスクリプションに近い形で定義し、遂行能力を高い人をスカウトできます。また、キャリア人材や派遣人材の募集においては、求人要項に職務内容を定義し、その定義から大幅に外れるような業務はまず割り当てません。
また、エンジニアやクリエイティブ系など、専門性の高い職種は異動によるジョブローテーションを前提としないことが一般的です。医療や士業など、国家資格に基づく専門性が不可欠な職種も同様です。いずれも事実上、ジョブディスクリプションに従った雇用を進めており「すでにジョブ型が適用されている」とも言えます。
従来、人事制度の見直しは「人件費削減」や「労働力の再配置」と捉えられ、反発の対象になってきました。しかし企業にとっては「企業の競争力を保つ手段」、雇用される側にとっては「キャリアと所得を上げる制度」でもあるのです。
ただし、ジョブ型にはメリットがある一方で、既存の制度とのすり合わせが課題とされます。既存の人事制度で評価されてきた人たちが新しい評価制度に納得できるか、自分より給料の高い中途採用者を受け入れられるかなどの問題はあり、単純な移行はできません。過去の歴史の中で「脱日本型雇用」が超えられなかった壁は、相変わらず存在すると言えます。
企業は人材の育て方を見直してタレントマネジメントを取り入れ、既存の人材と新規の人材の双方にメリットのある取り組みを進める必要があります。そのためには既存の評価や管理の仕組みを見直す必要があり、人事部門とそれ以外の部門の連携も不可欠になります。
ただし、現在は国内外にジョブ型のロールモデルがあり、日本においても一部の先進的な企業は「日本版ジョブ型人事制度」へのシフトを進めつつあります。
次回はジョブ型とメンバーシップ型を比較し、それぞれのメリットを取り入れた「日本版ジョブ型人事制度」のあるべき姿と、それを実現するために何が必要なのかを解説します。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
製品カタログや技術資料、導入事例など、IT導入の課題解決に役立つ資料を簡単に入手できます。