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相棒としてのロボット活用を当たり前の文化に――マインドセット改革を目指すディップの挑戦

» 2018年11月02日 10時00分 公開
[相馬大輔RPA BANK]

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RPA BANK

厚生労働省が発表した「一般職業紹介状況」(2018年7月28日)によると、2018年8月の有効求人倍率は1.63倍となっている。これは前月比と同様の数値で、1974年の1月以来の高水準が続いていることを示す結果となった。人材サービス業界は今、空前の売り手市場となっており、よりタイムリーで適切な高品質のマッチング力が求められ、市場からのプレッシャーは相当なものとなっている。

こうした市場環境を背景に、日本最大級のアルバイト・パート求人情報サイト「バイトル」をはじめ、「バイトルNEXT」「はたらこねっと」「ナースではたらこ」を運営する総合求人情報サービス会社、ディップ株式会社では社内の働き方改革を推進。働き方改革により生まれた余剰時間を有効に活用し、より付加価値の高いサービスの提供を実現することを目的に、RPAをはじめとする業務自動化テクノロジーを積極的に採用、全社的な取り組みに拡大している。

現在、広告制作部を中心に、人事、総務、経理、営業事務など幅広い業務分野において約30体のソフトウェアロボットが稼働しているが、RPA導入の根底には、それぞれの業務担当者が“相棒”としてロボットを活用しながら自らの業務を改善し、働き方の質や満足度を高めていくマインドセット変革の狙いがあるという。

ディップ社へのインタビューを通じて見えてきた、下記4点を解説していきたい。

  1. 【RPA導入推進のポイント】RPA推進のポイントは、部署・部門に置く“推進役”の存在
  2. 【RPA導入の巻き込みポイント】RPA導入の意志決定に一役買う“ロボットデモ動画”
  3. 【RPA導入効果の測定方法】RPAの経営効果は、業務削減時間+余剰で出来た時間の生産性で測る
  4. 【ロボットの運用方法】ロボット運用トラブル発生時に設けている3段階のルール

RPAの導入を進めるにあたって、現場レベルでどのような課題に向き合い、どのようにそれを克服し、さらにどのような効果を上げつつあるのか、4名の担当者にお話を伺った。

RPA推進のポイントは、部署・部門に置く“推進役”の存在

(左から)商品開発本部 マネジャー 亀田重幸氏、クリエイティブ統括部 統括部長 森田 亮氏、クリエイティブ統括部 マネジャー 小久保江里氏

――全社的にRPAに取り組んでいこうとなったときに、課題や懸案事項が出てきたと思いますが、そうした課題をどのようにクリアしていったのでしょうか?

亀田重幸氏(商品開発本部 マネジャー): すでに多くのRPAツールが出ていますが、問題は使い勝手が難しいということ。日本語になっているものはまだしも、いきなりロボット化と言っても、システム開発などの経験がない人にはハードルが高い。そこで部署や部門で“推進役”になってもらう人を決めました。その人を媒介にして少しずつツールに触ってもらう機会を意図的に作り、できあがった汎用性の高いロボットは他のメンバーと共有して、適宜、改良しながら使うというような運用の仕方をしています。

小久保江里氏(クリエイティブ統括部 マネジャー): すでにAccessやExcelなどを使って業務効率向上の取り組みの形ができている部署があったので、「せっかく自分たちで作り上げたものをまたRPAに置き換えなくてはいけない」とRPAに置き換える利点を正確に説明できないと抵抗にあうのではないかという課題がありました。また、そもそもロボットのようなものが苦手な人、馴染みのない人もいるので、そういう人たちにどのように波及・浸透させていくのかが当初の課題だったと思います。

森田亮氏(クリエイティブ統括部 統括部長): 業務担当者が自分たちでツールを改良していくような文化をどう根付かせていくかということに主眼を置いています。RPAだ、ロボットだと言うと、誰かが来て、ぼろぼろに錆びた包丁を“いい包丁”に変えてくれるものだと思いがちですが、それではいい包丁はできない。「自分たちの力で、自分たちにあったピッタリのいい道具を作っていく」という考え方が大事だと思っています。RPAで何かが劇的に変わるというわけではなくて、これまで使っていた業務効率化のためのツールの延長にあるものなので、とりあえず便利なものは取り入れましょうということ。業務改善としては当たり前の話なのです。ただ、使いこなすうえではリテラシーが一つの障壁になっているという気がします。

RPA導入意志決定に一役買う“ロボットデモ動画”

――現場が積極的でも、意志決定権のある上司がRPAに馴染みがないため、導入がスムーズに進まないというケースも見られます。良策はありますか?

進藤圭氏(商品開発本部 室長): 最も効果があったのは、トライアルで実際にロボットを作り、そのロボットを使ったデモンストレーションを見せたことです。企画書ベースだとそもそも何の話なのかわかりにくいので、見て実感してもらうことを優先しました。同じ業務を人間がやる場合とロボットがやる場合で、どれだけ作業時間が違うのかわかるようなイメージ動画を作り、それを見てもらいました。この違いをコストに換算すると、これだけになりますと理解してもらったことが決め手になりましたね。デモをする場合に気をつけてほしいのは、絶対に失敗しないような業務フローの短いものを選ぶことがポイントです。最初は複雑ではない業務を選び、分かり易い効果を示すことが大事です。

――RPAを導入するにあたっては当然、業務の選定をされたと思いますが、これはロボット化する、これはしないという対象業務の見極めはどうされたのでしょうか?

小久保: 最初は部署の中でロボット化したい業務をリストアップしてもらおうと思ったのですが、結局、それがロボット化できる業務なのかどうかの判断が現場ではつかないので、なかなか出てきませんでした。そこで、普段「面倒だ」「やりたくない」と思っている業務を挙げてほしいと伝え方を変えたところ、300近い項目が噴出しました。その中から、この部分を切り出せばロボット化できそうだとか、これは通常の業務整理で改善できるというふうに切り分けて行きました。それで、最初は3件ほどの業務を対象にロボット化を開始しました。

――具体的には、どういう業務でしょうか? また、こういう業務にはこういうRPAツールを使っているという実例を教えていただけますか?

小久保: 私が所属するクリエイティブ統括部は、求人広告の制作を業務とする部署で、制作した広告素材を求人サイトに掲載する際に、管理画面からデータベースに登録していく一連の業務プロセスがあります。その業務プロセスの中の「広告素材に掲載するための勤務地のデータをウェブ上から取得する」「住所情報を緯度・経度に変換する」といった一部の作業をロボット化しています。

森田: そのほか、「他社サイトに掲載されている求人件数」や「特定の求人の掲載の有無」など、同業種の動向を把握するための情報調査も、これまでは人の手による業務として行っていました。この業務も今はクローリングロボットとしてロボットに代替し、活躍してもらっています。

亀田: ポイントは、各ツールやテクノロジーが持つ特性が生きるよう、適材適所でツールを組み合わせて使うことです。例えば、インターネットから情報を取ってくるだけの業務には、クラウド型RPAを。Excelを使う、社内の共有フォルダーに入るといった、PC上での操作が必要となる業務についてはオンプレミス型RPAを使うなどです。ツールにより出来ることは異なるので、一つのツールですべてを自動化しようとすると、遅かれ早かれひずみがでてきます。

RPAの経営効果は、業務削減時間+余剰で出来た時間の生産性で測る

――導入効果の測定は、どのような指標や基準を用いているのでしょうか?

亀田: まずは単純に、どれくらい業務時間を減らせたかという削減時間ですね。

森田: 正直に言いますと、RPAを放り込むための事前準備の時間や、後加工の時間など、RPAによって増える時間もあります。でも、トータルでは削減されるので、そこは現場に理解を求めなくてはいけない。減った時間を単純に金額換算して、これだけコストを減らせましたというのもいいのですが、ロボットに代替することで生まれた余剰時間で別の業務ができる。そちらの生産性もしっかり見ないと、ROIは正確には捉えられないと思っています。また、RPA化の前段階で改めて自分たちの業務の定義づけや整理ができるという副次的な効果もあります。

進藤: 時間削減ということでは徐々に効果が見えてきています。さらに、例えば制作チームですと、これまで人がやってきた単純な入稿作業やコピペ業務をロボットに任せることで、新しい企画のバナーや動画を作れるようになったりと、お客様の課題解決や付加価値を高めるための時間に業務時間を移行できるという効果はやはりありますね。

森田: 求人情報サイトとしては、仕事を探している人を企業さんに結びつけるのが仕事ですが、その仕事が本当に自分が働きたかった仕事なのかどうかという、マッチングの“質”が問われるます。そのためにはぴったりだと思わせる、あるいはがっかりさせないためのキャッチコピーやコンテンツを作るクリエイティビティが必要で、そこに時間を割かなくてはいけない。そのための時間をどう確保するか。導入によって単純に業務時間を削減したからOKという話にはならないと思います。

――多くのビジネスメディアでは、大手企業を中心にRPAで何万時間の業務を削減したという話題が取り上げられますが、RPAを導入すれば業務削減が実現できてしまうといった期待値が高まりすぎていることも否めません。御社ではこの期待値とどのように向き合われてますでしょうか。

進藤: 当社の場合、大手企業のような一つの業務をロボット化することで何万時間も削減できるような業務はありません。少量多品種の業務を対象に、一つずつRPAで改善蓄積していくことが、適切なアプローチであり、RPAの最大の強みだと思います。少量多品種であるからこそ、ロボット化する、しないという判断のもと、「作業時間5分以内」というルールを設けています。それ以上、時間を要するような複雑な業務だと、失敗する要素が増えるため、その時間内でできる業務のRPA化を進めております。それだけでも結構な業務量の削減になります。5分以内でできる小粒な業務を1件、1件、RPAでロボット化して減らしていく。そういう形で、減らす業務を雪だるまのように増やしていくという考え方です。

ロボット運用トラブル発生時に設けている3段階のルール

――今後、ロボットを量産していくフェーズに入るのだと思いますが、ロボットの管理やトラブルが起きたときの対応については、どういう運用をしているのでしょうか?

亀田: クラウド型RPAは、作成したロボットを一元で管理できるので、さほど大きな課題はありません。ただし、自社のサーバーやソフトウェアに直接導入するオンプレミス型RPAや、個別のPCに導入するデスクトップ型RPAなどは、作成したロボットを一元管理できないため、知らないうちにロボットが増えたり、誰が作ったのかわからない「野良ロボット」が発生したりする可能性があります。そうしたトラブルを防ぐため、ロボットに応じて使用するPCを固定したり、業務ごとにPCを分けたりするなどの工夫が必要になってきます。ツールの特性上、集中管理が難しいため、全員が把握できる形で管理していくことが重要になると思います。

進藤: 色々な管理方法を試したのですが、今は皆が見えるところに大きな表を用意し、そこに各ロボットの付箋を貼って管理しています。ツールのタイプごとに色の違う付箋を使い、それぞれに「作成中」「稼働中」「停止中」といった文字を書いて、見える化するような形ですね。アナログですが、これが現在の現実解として一番効果的でした。

トラブル対応に関しては、3段階に切り分けて対応するルールを設けています。

  1. 画面の変更などに伴い発生する軽微なトラブルは現場で修正
  2. エラーやシステム側からのアラートが出た場合は情報システムが対応
  3. それでもわからないものはベンダーにエスカレーション

という流れです。ほとんどの場合、現場レベルで解決できる画面系のトラブルです。

――RPAを導入した業務の現場からは、実際にどういった声が出ているのでしょうか? また、そうした声を踏まえて出てきた新たな課題や、今後の展開をお聞かせください。

小久保: 毎回、みんなが同じことをやるような定型業務に関しては、ロボット化してすごくよかったという声は入ってきています。私たちの部署でRPAツールを使い始めたときに、他の部署でも現在の業務に課題を持っている人たちが結構いて、そういうツールがあるなら、うちでもぜひ使いたいという声がかなりあって、導入を推進している側としては驚きでもあり、嬉しさでもありました。

亀田: RPAの導入で弊社が大きなポリシーとしているのは、極力、自社でのツール開発はしないこと、専任のエンジニアをつけないことです。それをすると結局、開発費やエンジニアのコストがかかってしまい、コスト削減につながらない。現状のツールを改良したり、組み合わせたりしながら、メンバーがより使いやすいものにしていこうと思っています。これまでの取り組みを通じて、横軸でロボット化を捉えることができるフェーズに入ってきましたので、今後は部署間で直接、ロボット化の取り組みに関する情報を共有できるようにし、ナレッジの蓄積、業務改善の高度化を目指していきたいと思っています。そのためのコミュニケーションツール作りが次の課題ですね。

――本日は、貴重なお話をありがとうございました。

RPAが丸ごとわかる注目の書籍登場!

進藤圭氏からのメッセージ

避けられない事実として、今後日本では労働力となる若年世代がどんどん減っていきますが、相対的に高齢者が増えていくため、消費そのものは大幅に減らないと考えています。

こうした社会環境の変化をとらえた時、安定的に製品やサービスを供給していくには、労働力を供給する形態が「人間+α」になる可能性が高くなります。そうした状況の中でAIに投資したり、RPAに投資したりするのが、労働力の供給に関わる求人情報サービスを提供する企業としての使命であり、将来的にあるべき姿かな、と私達は考えています。

そうした会社のミッションを実現する過程で、世の中にRPAという概念が急速にかつ大きなうねりとなって現れてきました。私自身、10年以上前から業務の自動化ツール活用に取り組んできたこともあり、その経験をもとに、躓くポイントなども全部シェアすることで、当社のミッションの実現に少しでも貢献できるのではないか、またRPAの普及促進に役に立てるのではないかということで今回の本を出すことにしました。

私自身、RPAの導入にあたってはだいぶしくじっています。多くの人がここで失敗するというところでは、僕もたいてい失敗しています。どのみち失敗するのなら、その失敗の話をしておくことも無駄ではなかろうというのが、今回の本を書いた一番の動機です。

今回の本は、会社や団体でRPAの導入や推進を担当している方々に読んでいただければと思います。また、RPA導入支援をしているコンサルタントの方々やSI関係の方々にも読んでいただき、参考になれば幸いです。導入計画の作り方からロボットの作り方、トラブル対応、社内での波及や浸透のアイディアなど、そのまま使えるテンプレートを付けたり、画面付きで解説しています。こうしたものをすべて入れ込んだ類書はないと思います。

読んだ通りの考え方や手順で物事を進めていただければ、そのままRPAの導入が進められるはずです。RPA導入検討で悩まれている方は是非、読んでみてください。何かひとつは、RPAに関するヒントを得ていただけるのではないかと思います。

プロフィール

進藤圭

新卒でディップ株式会社に入社。営業職を経て新規事業担当となり、現在はM&A、AI開発などを担う次世代事業準備室室長として活躍。AI開発の一環としてRPA導入にも積極的に取り組み、RPAの「しくじり先生」としてセミナーやイベントなどでも多数講演している。


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