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こんなAIプロジェクトは嫌だ 本当にあった「5つのアンチパターン」を経験者が語る

AIの導入現場では必ずしもプロジェクトがスムーズに進んでいないという。製造業のDXリーダーと、AI開発エキスパートが5つのアンチパターンと回避策を本音で語り合った。

» 2022年06月28日 09時00分 公開
[土肥正弘ドキュメント工房]

 DX(デジタルトランスフォーメーション)推進において、AI(人工知能)を活用した事例が華々しく取り上げられることもあるが、導入現場では「必ずしもプロジェクトがスムーズに進んでいない」。その要因として幾つかの「アンチパターン」があるようだ。成功プロジェクトを量産する製造業のDXリーダーと、AI開発エキスパートが5つのアンチパターンと回避策を本音で語り合った。

本記事は「NexTech Week 2022【春】AI・人工知能EXPO」の氏の講演「こんな〇〇はいやだ 〜発注者・受注者・研究者から見たAI PJあるある〜」を基に編集部で再構成した。

モデレーター

connectome.design 代表取締役社長 佐藤 聡氏

パネリスト

矢崎総業 AI・デジタル室 丹下 博氏

ブラザー工業 開発センター 須崎与一氏

connectome.design 佐藤 聡氏

佐藤氏: AIプロジェクトには幾つかの失敗パターンがあります。矢崎総業とブラザー工業のAIプロジェクト推進リーダーのお二人に、取り組みの概要と考えをうかがいます

丹下氏: 矢崎総業は自動車部品メーカーです。一般に製造業は“間違いのない製品”を作ることを使命としており、“100%失敗しないこと”を目指します。ですが、その使命がときに保守的な社内文化につながることがあります。

 その中でDXを成功させることは難しい問題ですが、当社は経営者の強力なリーダーシップの下、外部人材を採用してDX組織を構築し、改善を図っています。

須崎氏: ブラザー工業では、各事業部門のプロジェクトをDX組織が横ぐしで統括しています。当社の取り組みの特徴は、社内の人材がボトムアップでプロジェクトを主導していることです。「AIを知り、技術を学び、それを使うという」ライフサイクルを、全て自分たちで賄っています。

5つの失敗例「ディープラーニング至上主義組織の末路」

アンチパターンその1 AIについて「相談は無料」

佐藤氏: AIプロジェクトは、相談対応が無報酬というケースが多いですよね。開発側としては無報酬の相談に時間をとられるのは困るのですが、発注側としては実現できるかどうか分からない相談にお金がかけられないのも事実でしょう。これについてどうお考えですか?

丹下氏: 矢崎総業は、相談された案件をできるだけプロジェクト化するという方針です。「ミスをしない前提のプロジェクト」という考え方を180度転換して、「フェイルファスト(早く失敗せよ)」を掲げています。これに即した人事評価制度も導入しました。

 AIプロジェクトではPoC(概念実証)を10回以上繰り返すこともありますが、どれだけ慎重を期しても、失敗はあります。それなら先に10のプロジェクトをスタートさせて、9つのうち1つを成功できるように経験を積んだほうが得策です。

佐藤氏: 確かにAIプロジェクトで100%を求めると終わりが見えません。まずは経験を積み、理解することが重要です。最初に失敗をしておくと、その方向には道がないことが分かります。それを早期に確認することが大切です。

須崎氏: ブラザー工業は従来の方式でかなり苦労しています。社内から無料で相談を受け、生産設備や開発設備につながった時点で有料にしています。

佐藤氏: ブラザー工業の場合は「IT部門拡張型」のDX組織だと思います。情報システム部門内にDX推進チームを作る方法です。

 一方、矢崎総業の場合は外部から人材を採用してAI組織を作っている。これは「専門組織型」と言えますね。他にも事業部門が主導する「事業部門主導型」の組織もありますが、少なくとも「IT部門拡張型」と「専門組織型」のどちらかでないとダメということではないでしょう。相談と対応の考え方は組織のタイプにもよるようです。

アンチパターンその2 DXへの理解がない

佐藤氏: 経済産業省の「DX推進ガイドライン」はとても参考になりますが、その存在を知らない経営層も多いようです。ガイドラインが定義するDXレベル(0〜5)に当てはめると多くの企業はレベル1前後という状況です。

 とはいえ、少し大げさな記述もありますから、ガイドラインは参考程度にしつつ小さい失敗や成功を積むのがよいのではないかと思います。

矢崎総業 丹下 博氏

丹下氏: 矢崎グループはDXレベル0と1の間になりますね。つまり、「伸びしろしかない」。一般的にはDX組織を設置して、社内人材を教育することが多いようですが、当社では外部から人を集めて従業員を巻き込むことで変革のスピードを早めています。

 3年前に5人で始めたDX組織は今や50人以上の人員を抱えています。その8割が外部からの人材で、合計40プロジェクトを回しています。もちろん各事業部と協力しないといけませんから、私は社内営業として各事業部長を説得して回っています。

須崎氏: スピード感が必要な点は同感ですね。全社のDXはなかなか難しい。DXが進展するか否かは依頼部門のやる気にかかっています。私たちはやる気のある部門と一緒に仕事がしたい。やる気のない部門との取り組みは時間の無駄です。やる気のある部門をどんどんサポートして成功事例を出しつつ、他の部門はその成功事例を見てやる気を出してもらいたい。

アンチパターンその3 AI、ディープラーニング至上主義

佐藤氏: 製造業の例でいうと、ここ数年は不良品の判別モデルをディープラーニングで作成する取り組みがブームでした。ただ、実際には全てAIに任せるのではなく、全体の数%を画像認識AIで自動判別するという試みが一般的です。何もディープラーニングでなくとも従来の画像処理で実現できることも多いのです。

 ディープラーニングを使うことは手段の一つですが、目的と手段が逆転し、ディープラーニングを利用することが目的化しがちです。プロジェクトメンバーにAIの専門家や研究者であるメンバーが多く参画している場合に「手段が目的化」しやすいようです。画像処理や統計処理の研究者がメンバーに加わるとまた違ってくるのではないかと思います。

丹下氏: データをリアルな体験に落とし込むための手法は、何もディープラーニングに限りません。矢崎総業は、画像処理技術によるエラーハンドリングに取り組んでいます。

 公用車のデータで交通事故の原因を地道に解析したところ、スピードや急ハンドルは交通事故との関連性があまりないことが分かりました。ドライバーがぼうっとしながら遅いスピードで運転している時に事故が起きやすいのです。こうした解析結果をトラック運転の安全確保に生かしています。

ブラザー工業 須崎与一氏

須崎氏: ブラザー工業では、AIを利用したいという依頼は多いものの、いざ要件を確認すると、必ずしもAIが最善な手段とは限りません。「顧客は誰か」「課題は何か」「投資効果はどれだけあるか」「どんな手法が適するのか」を依頼部門と一緒に検討し、AIが適切でないと判断された場合は他の手段で解決を図ります。

アンチパターンその4 教師データがない

佐藤氏: AIを適用できるとなると、次にデータの話になります。かつては教師データの重要性が強調され、「データがないとAIを生かせない」という考えが広まってしまいました。まずはデータを収集しなければならないと、AIプロジェクトは後回しにされることもあります。しかし現在では少数のデータでAIモデルを構築できるケースがありますね。

丹下氏: 現場の事象は必ずしもデータ化されているわけではありません。矢崎総業では、人間が目視で電線の巻取りを検査していたために、検査を自動化するためのデータがありませんでした。そこで現場の画像を撮影し、その画像にアノテーションをひたすら付けることで教師データを作り出しました。

佐藤氏: 「レトロフィット」という言葉もありますが、古い設備に新たな技術を追加してデジタル化を進める発想には市場性がありますね。異常データがなくても正常データの外れ値をディープラーニングで探す事例が増えているようです。

須崎氏: ブラザー工業もAIで不良状態の教師データを作成しています。5年前は「データがないからディープラーニングを適用できない」と言っていましたが、GAN(敵対的生成ネットワーク/Generative Adversarial Networks。教師なし学習の手法)で作成したデータを使ってAIモデルを構築したところ、不良品を高い精度で判別できるようになりました。

アンチパターンその5 GAFAなど大手IT業者にロックインされる懸念

佐藤氏: 製造業のデータはノウハウの塊ですから、クラウドにデータを出したくないケースが多いという印象でした。ところが今はGAFAのような大手テック企業が製造業のエリアに参入し、ゆくゆくは製造業界の囲い込みが起きそうだという懸念があります。大手テック企業のサービスを使えばAIを簡単に利用できますが、サービス利用者側にノウハウが蓄積しません。

丹下氏: 矢崎総業ではAWS(Amazon Web Services)を利用していますし、外部パートナーにも協力してもらっています。必要なものがセットで提供されるので、外部に頼りすぎるとこちらのノウハウがたまらない。またセットでの提供は高額になりがちです。バランスを取りながら、「頼れる事業者に頼りつつ、頼りっきりにはならないように」注意しています。

 AI業界はベンチャー企業に優秀な人材が集まっているという特徴があります。そのような企業をパートナーにすることも含め、大手ベンダーにロックインされないようにすることを意識しています。

須崎氏: ブラザー工業では、最終的にシステムにAIの機能を組み込むことが重要なので、大手テック企業のサービスを利用しにくいというのが現状です。こうした特有の課題もありますが、大手テック企業のノウハウも事業に生かしたいとは思っています。

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