全世界に拠点を持つ東京エレクトロンはなぜ人事制度改革に踏み切り、グローバルな人事管理システムを導入したのか。その裏側には海外企業との経営統合交渉があった。
半導体製造装置で世界をリードする東京エレクトロン。18の国と地域に83拠点を抱えるグローバル企業だ。
同社の成長の裏にあったのは、海外企業との激しい競争を勝ち抜くためのグローバルな人事制度と、それを支える人事管理システムの世界規模での導入だった。
そもそも、東京エレクトロンはなぜ人事制度改革に踏み切ったのだろうか。その背景には海外企業との経営統合の検討があった。
同社は2013〜2015年の間に米国の大手半導体製造装置メーカーと経営統合の交渉を進めていた。結果的に交渉は破談となったものの、同社はその過程で海外の人事管理手法を目の当たりにし、大きな影響を受けた。そして、2016年から海外の手法を取り入れた人事制度改革に乗り出した。
売り上げの80%以上を海外が占める同社は、海外拠点の人材マネジメントを強化することでさらなる競争力の向上を目指した。しかし、従来は地域ごとに等級制度や報酬制度が異なり、グローバル規模での人材マネジメント改革は難しい状況にあった。
人事管理システムの運用にも課題があった。システムの更改をリードした竹内 かおり氏は次のように語る。
「地域ごとに導入しているサービスが異なるため、マネジャーの人数を調べるにも、各拠点にメールで聞いて回る必要がありました。職位の定義も地域によって異なり、どの職位をマネジャーと見なすかも統一されておらず、データが標準化されていませんでした」
また、日本の本社ではオンプレミスの人事管理システムを導入しており、アップデートやデータの項目追加はベンダー頼みで、その度にコストがかかっていた。そういったことが各地域で起きており、大きな課題だったという。
そこで、同社は2017年7月に全世界で等級制度と報酬制度を一本化し、等級、報酬の見直しや人材の配置、研修の実施などを世界規模で効率的に行える基盤を作った。職能ベースの賃金制度も見直し、年齢を問わず職務等級に応じた賃金が支払われるよう制度を変更した。今でこそ「ジョブ型雇用」の導入が進みつつあるが、同社では5年以上も前から導入していた。「これも(経営統合を検討した)米国企業から学んだことです」と竹内氏は述べる。
世界中の人材を一括管理するには、グローバルでデータを統合できる人事管理システムが必要だ。東京エレクトロンはそのシステムに「Workday ヒューマン キャピタル マネジメント(HCM)」を選んだ。その理由を竹内氏は以下のように振り返る。
「類似のサービスを複数検討しましたが、最終的には『情報源を1つに統一する』というWorkdayの”Power of One”のコンセプトに共感し、Workday HCMの導入を決めました。内製化を目指していたので、データソースが一元化されており、バックエンドの仕組みが複雑すぎない点も評価しました」
東京エレクトロンは世界規模でのシステム導入をどのように進めたのだろうか。
まず、日本とシンガポールで2015年に導入を開始し、2016年にはその他のアジア諸国、2017年には欧米で導入を進めた。全世界で正式に運用が始まったのは2018年4月だった。
足掛け3年の導入プロジェクトでは苦労も多かったようだ。特に欧米の拠点とはコミュニケーションやデータガバナンスの調整が難航し、当初のスケジュールよりも半年程度導入がずれ込んだ。導入後も欧米の拠点では新しい運用方法がなかなか浸透せず、2018年からの4年間は竹内氏が米国の拠点に駐在し、サポートを務めた。同氏は当時を振り返り、以下のように述べる。
「アジアの拠点は本社の意向が比較的スムーズに浸透しましたが、欧米との調整は少し苦労しました。また、給与管理や勤怠管理のようにシステムを統一するとかえって業務効率が悪くなってしまう部分においては、従来のシステムを残すことを許容しました。導入後、実際にWorkdayを使ってみてその便利さを理解いただいたようで、残りの部分も徐々にWorkdayにリプレースしています」
導入プロジェクトをリードしたのが人事部内の専門組織「HRテクノロジーグループ」だ。経営統合を検討した企業では、人事部が自ら人事管理システムを運用しており、ベンダーに頼らずスピーディーな運用を実現していた。そういった体制に刺激を受け、東京エレクトロンも人事部にエンジニアを配置し、ベンダーに頼らない人事管理システムの運用を目指した。竹内氏によれば、各拠点の人事データを統合する必要があるため、データベースや他システムとのデータ連携の設計が可能な人材を集めたという。各拠点にもシステムの運用担当者を配置しているが、システム全体の管理機能は日本の本社に集約している。
東京エレクトロンでは、グローバルな人事管理システムの導入によって3つの成果が得られた。
1つ目は戦略的な人事データの管理が可能になったことだ。配置や評価など、人事関連の判断を下す際に必要なデータをタイムリーに取得できる環境が整った。女性管理職の比率や男女の賃金格差、男性の育休取得率など、人的資本のデータ開示への準備も進んだという。社内のダイバーシティー施策も担当する竹内氏によれば、同社で活躍する女性を増やしていくためにも、集めたデータをモニタリングして女性がキャリアから脱落することのないようにサポートしたいという。
2つ目は人事データの分析が可能になったことだ。データ管理の環境が整ったことで、人事データ分析のハードルが下がり、離職予測や採用傾向の分析が進んだ。今後は従業員サーベイや退職者データ、人事評価データも組み合わせ、より高度な分析にも取り組む予定だ。
3つ目は人事関連業務の効率化だ。人事情報がシステムに集約されたことで、各拠点の人事情報を聞いて回る必要がなくなった。別のシステムが担っていた報酬管理をWorkdayに移行する拠点も現れ、大企業でありがちな類似システムの散在も解消し始めている。
「人事データが拠点ごとにサイロ化している」「開示する人的資本データを集めるのが大変」などの課題を抱える企業は、より働きやすい職場を作るためにも人事管理システムの導入を検討してほしい。
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